第5話 狐の神様、内輪もめする
ここはゲロ娘の視点になっております
「え?狸小路様は出て行かれました?
なぜで御座いましょうか?」
あのおじさんが何を思ったのか私と稲荷狐“よの16番”が言い争う中、外へ出て鈴を鳴らし賽銭を上げるとそのまま帰ってしまった。
稲荷神さまに私に対して無実の弁護をお願いしたからと財布ごと賽銭として献納して。
《豪くすっきりとしたご様子で家路に就かれましたな。
あまり現世に未練もないご様子で御座いましたな》
「私、色々やらかしてしまっているのにまだ謝罪もお礼もしておりませんのに」
色々言い過ぎたし一方的に手を出してしまったし・・・鼻血を出してらしたのに止血もしてあげてないのに・・・でもこの床でのびている男とは知り合いのようでしたが。
急に埃っぽかった祠の中が清浄な空気で満たされていく、何が起きてるの?
【何を自分ら騒いでおるんや】
《こ、これは稲荷神さま!おなりになるとは聞いておりませなんだな!》
「え?稲荷神さま?
倉稲魂命様であられますか?」
まさかの神様の降臨とは!私は興奮を抑えきれない。
【そうや?なんや玉藻の前やあらへんか。
800年振りに現世に舞い戻ってきたんか?いいヒトにはもう巡りおおたんか?】
「玉藻の前?いえ、私の名前は狐塚葛葉と申しますが」
神様と話が今一つ噛み合わない、なんかくやしい。
【あぁ、前世に記憶は置いてきたんか。まぁ、ええ事あんまりあらへんかったさかいしゃあないか】
「そう申されましても私は私でしか御座いませんので・・・」
【そうか、それもまた人生や。逞しう嫋やかに生きていくんやで。】
稲荷神さまに深く頭を垂れて謝意を表す、でもこの神様ってなんで関西弁っポイしゃべり方をするんだろ?それに逞しく嫋やかって矛盾しているんじゃないかしら?
【それはそれとして“よの16番”、ここになおらっしゃい】
《はっ!この“よの16番”稲荷神さまに忠義と臣従を旨に日夜邁進している次第で御座いますな!》
【あほんだら!
己はやらかした事に気ぃついとらんのか!
さっき全財産を馬鹿正直に置いて行った男はタマちゃんの前世よりの思い人や!】
《それは重々承知しておりますな》
ちょっと待って、私それ初耳なんですけど!
【あれは前世のもう二つ前の頃からの果たされずにきた縁なんや。
あれがおらなんだらタマちゃんはとうに悪霊と化しておるわ、それも神に近い存在としてこの世を滅ぼしてまうほどのな】
稲荷神さまが私の事を玉藻の前と同一視してタマちゃん呼ばわりしているのにはとても異論があるけどあのおじさんが私の王子様?・・・夢も希望もないですわ。
いえ、見た目が釣り合わないとか経済力が無さすぎるとかそういう事を言ってるんじゃないんです。
おじさんと私の父が同い年なんです。
絶対父から反対されてしまいます。
【とにかくあの御仁から預かった浄財は丁重にお返しせい】
《なんと!本人が納得して差し出した浄財に御座いますぞ?
正当な報酬に御座いますな、お返しする事は叶いませぬな》
【ほう、眷属の分際でワテに逆らおうって言うんか。
ワテが返せ言うんはちゃんと返しくさらんかい!】
《稲荷神さまといえども、正当な理由もなく返納とは悪しき前例となってしまいますな》
【己のした事をちゃんと弁えて物を言わんか、この罰当たりめ!】
《神の使いである私めに罰など当たる訳が御座いませんな》
【ほほう、そうまで言うなら降格させてやってもかまへんのやで】
《そ、そんなご無体な。私めは正当な理由が無いので無軌道な返納は承服しかねると申し上げている次第で御座いますな》
【正当な理由ならちゃぁんとあるわ。
己はタマちゃんの都合も確かめへんで物品を召喚しおって、あらぬ騒ぎを起こしおったやろ】
《それはちゃんと終息させましたな》
【タマちゃんが怒ってんのに便乗しおって、タマちゃんのアレから全財産巻き上げる約束を取り付けてからやったな】
《それは人聞きの悪いと言わせて頂きますな。
あれは本人からの申し出を受けてやった事ですから正当な報酬に間違いありませんな》
【タマちゃんのアレがここが神域の内やという事に配慮してくれとった事も含めて正当やと言い腐るんかい】
《本人も納得したのですから動かしようが無いではありませんかな》
【もうええ、己には二度と物を頼まへん。己は“の”に降格や。
正式な辞令は後日寄こすさかい、後任の為にかたしときや】
どこかの役所にいるみたいな怒涛の押し問答だったわ。
憐れな“よの16番”は呆然としているみたい。
一息置いて白狐に横座りした稲荷神さまが、中空より降りてこられました。
さり気なく動き出したネコババ男の上に乗っかって押さえつけてくれています。
【すまんな、タマちゃん。見苦しいもんを見せてもうて。
ほな何も解っとらんくせに全てを牛耳りたがる阿呆の成れの果てを見とってや】
「倉稲魂命様、少しお伺いさせて頂いて構いませんでしょうか?」
【他人行儀やなぁ、タマちゃん。ワテの事はウーちゃんて言ってぇな、自分とワテの仲やないか。】
「う、うーちゃんですか・・・恐れ多いと申しましょうか何と申しましょうか。
それにずっとフレンドリィに接して頂いて誠に恐縮なのですが、わた【もう、いつまで他人行儀なんやろうねぇ。
自分はずっとそれこそ自分の3つ前の前世からのワテとの友情が続いてるんやで?
まぁ、今は記憶を封印してなんも判らんやろうけど其れもその内思い出すやろさけ気長に時が来るのを待てばええ】・・・そうで御座いますか。
では、そちらは気に掛けないように心掛けさせて頂きます。
うか、ウーちゃん・・・違和感が・・・ええい、前に進まないわ!
ウーちゃん、一つお伺いさせてください」
全然前に進まないのに少しいら立つ私にう、うーちゃん?が微笑みながら先を促す。
「稲荷神社ってお賽銭のノルマが厳しいので御座いますか?」
【ん?そないな事は無いなぁ。それでどうこうするような事はなんもあらへんで】
「では、眷属さんはなぜ賽銭返納に強硬に抵抗されておられたのでしょうか?」
【ん?・・・あぁ、そうやったか!】
「やはり何かが?」
【・・・あ奴は昇進が近うてな。実績が欲しかったんやろうな・・・
おい、己の降格は無かったことにしたる。
そやさかい、浄財はタマちゃんのアレに帰してやってぇな。
この事はあんたの功績に積んどくさかい特別やで?そやけどな、次あくどい事やったらもうあらへん事だけは肝に銘じときぃや】
《ははぁ、この“戦場ヶ原に住まいし四尾狐の三男坊”、深く深く肝に銘じ、心を改め、誠心誠意稲荷神さまの為に身を粉にして任務に邁進する所存でありますな。
・・・ただ、誠に申し訳なき儀が御座いましてな・・・》
【なんや、言うてみ】
《あの田貫光司なる御仁・・・行方不明になって御座いますな・・・》
空気が凍り付いて思わずみんなが黙り込んだ後、ウーちゃんの怒声が響き渡った。
それはそれは凄まじい怒り方で、怒りの波動でこの祠から100キロほど離れた町の稲荷狐が失禁して寝込んだほどだったそうです。
【このドあほう!大至急そこいら辺の眷属知り合い友人ええいもう親の仇かて構へんがな!ええから使えるもん全部を叩き起こしてでも草の根分けて、うんにゃ河原の石全部ひっくり返してでも見つけ出すんや!
もし、タマちゃんが悪神にでもなったらどうしてくれるんや!】
夜明け前の冬と春の狭間の頃合いの薄寒い街は、霊的に大騒ぎになっていました。
できる事でしたら星を1個でも頂けると老後の楽しみが増えるんですけど・・・