第40話 狸、化けの皮を剥がす
「本当に宗旨替えしてるの?あれだけ熱心に修行してたじゃない」
元“千里眼”(能力が戻るかどうかは不明)のとんちんかんな返事に、ちんちくりんの目が怖い。
「話を逸らすな整形不美人。あたしは今でも修験者のはしくれだと思ってる。ただ、この件に関してあたしたちの大切な霊場“出羽三山”を守る顔をお持ちのお稲荷様に無理をお願いし、その伝手で少しでも自分たちの勝率を上げるためにお諏訪様、八幡様の助言を頂いている。
ただ、山を下りていざ決戦へと思ったら訳の分かんない委員会が場を取り仕切ってて、あたしたちを弾き出している。決戦相手はあたしたちの不戦敗でもこの国を壊すつもりなのにね。
お稲荷様が『クトゥルフの猫』を発表したのは、今の同盟の状況から見てこの国の危機が尋常じゃないレベルになるって判断したからなのよね。でもそれは同盟以外がやれってんじゃなくて同盟を手伝えって意味なのよ。お稲荷様、これで合ってますか・・・よかった、あたしの早とちりじゃなくて」
ちんちくりんの洞察眼、侮りがたし。僕がウーちゃんにお願いした意図は大凡理解しているじゃないか。
「そんな事言っても誰がそれを信じられるというのかしら?神道に寝返った仏教系を信じろとでも?」
奥から男の怒鳴り声が響き、何かがひっくり返るとか何かを投げつけるとかそんな感じの音が聞こえる。
「そろそろやってるのかしら?非常口も窓も、お諏訪様が開かないようにしちゃったから逃げらんないわよ」
会長が逃げる時間を稼いでいたのか、ソウル大卒整形不美人(主観的には充分過ぎるほどの美人だけどね)は。
立ち尽くすソウル大卒整形不美人をよそにお諏訪様が柏手を一つ打つと、あの騒音を撒き散らしている向こうに繋がるドアが開いた。それ、できるんならさっさとやって欲しかったんですけどね。
ドアの向こうに立っていたのは・・・僕のドッペルゲンガー?
すだれ頭に突き出たおなか、短い脚に血走った眼・・・あそこまで人相悪くない筈ですよね?
「オマえたちは、タレた!ワシかいつハイていいとイタ!イ!オマえはなにをシテイたのた!
ムノなやつナトいらン!ササとトカえイテしまえ!」
日本に30年は住んでるって聞いてたけど随分とまた日本語ヘタだね。ソウル大卒整形不美人が敬愛してやまない崇高で荘厳だと誉めそやしてたのが・・・コレ?
僕、これより更にランクが低いの?
「こそこそやって逃げられないんじゃ恥の上塗りじゃない、みっともない。アンタは逃げられる筈無いじゃない、だって“討伐実施委員会委員長”でしょ?
アンタは討伐が失敗した時、荒れ狂う『クトゥルフの猫』が下す世界への断罪を当事者の長としてその体にしっかり受け止める義務があるわ」
「ナニをイテる!ワシはスウコうなるシメいをアタえらてイルのた!ソレをハタすためニ、コノ街をハナれなけはナラんのタ!」
「流石、世界一無責任な民族は言う事が違うわ。フェリーの船長じゃあるまいしヤバくなる前に逃げようとか甘い事赦す筈が無いでしょう、うちのおじさまがね」
ゲッここで話をこっちに振るのかよ!
「タレた、コノウスヨコれたハケは。ミタくもナイ。ササトシね」
口の悪い禿だね、鏡でも見せてやろうか。
「誰かと言われても名乗る気は無かったんですけどね。まぁ、有体に名乗るとしたら正体不明の小男でしょうかね。未だに除霊業界では僕の名前を知っている奴と会った事が無いんですよ。
同盟の猫田からはタナカと呼ばれ、日霊連の狐塚には狸小路と呼ばれ、他にもサイトウ、イトウ、タカサキ、タカハシ・・・サトウもあったな、まぁそんな奴ですよ」
「ネコたにキツねすか?・・・ナニものた!」
「孤独を愛する男、行く先々で異形の者と遭遇する男。そして、八幡様の御宣託に『新しき神と約定しうるのは、先に『落ち武者』なる神の覇業を阻みし者の同胞のみなり』ってあっただろ?
落ち武者を退治したのは誰だった?」
「ちむシリウすは、チチオやのキツねすかかオサえてウコけなイはスタ。タカらワシはニケ、ウォホン・・・ソいえバちむシリウすはフンレつしたキイたそ?」
「分裂なんかしていませんよ。単独行動しているだけですよ、僕だけがね」
「まさか、噂に聞いたシリウスの“番頭”なのか?ええい、なんで働いてくれないんだ私の霊能は!」
出て行けって言われたのにまだいたんだ、ソウル大卒整形不美人。アンタの持ってた能力は、聞いてる限りじゃどう考えても遠くを見渡す“千里眼”じゃなくて相手を見定める“鑑定”だろ?情報を制する者が有利なのにアドバンテージを失くしたんだからこの先大変だろうね、合掌。
それにしてもキムのあの罵詈雑言は日常茶飯事なのか?でも、ボディーガードは叩き出していたよな。ただなぁシリウスの番頭って僕の二つ名って事?裏番の方が断然かっこいいよな。
「裏番みたいに裏でこそこそしてるみたいな綽名じゃなくてうらやましいですよ。実直なおじさまにぴったりだと思います」
そう言い切られると反論がしづらいな・・・
それはそうともう時間が無い!さっさと本題に入らなきゃ。
「ええと、逃走実施委員会の会長の金さんでしたか」
「トハつシしインかいた、パカモのめ!」
「ああそうですか、さっきの御宣託は理解されていると思いますがいかがですか?」
「フン!ニホんのカミのユコとナトシンシらるものカ!」
「自分たちの霊能が消滅しててもそう言い切れるのは凄いな」
【旦那さん、コレが動じてへんのは霊能が元からあらへんから身に染みとらんだけやで。なんせ、指図はしても手は出さへんさかい】
猫田かぶれと同じ手合いかよ。能力じゃなくて政治力やら謀略やらでのし上がってきたタイプか。
「『猫』がなんて言っていたか知っていますか?『逃げたら喰う』ですよ。討伐実施委員会が使者やら刺客やら出してくれたから会長もしっかりロックオンされてますよ。よかったですね、逃げられなくて。
逃げてたら今頃、首と胴が永遠の別れになっていたでしょうね」
「ソなパカなことアルか!」
「ウーちゃん、この不信神な異教徒にもわかるように顕現出来ませんかね?」
ヒュ~ドロドロドロとお気に入りのBGMに乗せて、ウーちゃんが恨めしげに袖を咥えながら床から湧いてくる。この悪趣味さはちんちくりんには真似て貰いたくない。もちろん、カオルン少年だって同じだ・・・葛葉嬢に至っちゃ厳禁だよ。
【なんぞワテに用事でもあるんか?】
八百万の神とのファーストコンタクトに毒気を抜かれたキムが、顎でも外したかのように口を開いて呆然としている。
元々霊能も無かったみたいだからお化けとか妖怪とか見るのは初めてだろうからな、ご愁傷様。
【誰がお化けか妖怪じゃい!己はワテと言う者を敬うっちゅーことから勉強せなあかんようやな!】
喋らなきゃ美人で慈悲深い神様で通るのにね。
「ウチャンてタレた?」
ローカルローカルってバカにしてたけど、ホントに知らなかったか・・・
「世界にはキリスト教しかないとでも思ってるのかい、薄汚れた禿デブさん」
「マサか、ワシのコとをイテいるノか?コノ%#%£*&¥#*$…!!!」
「冷静に見て僕とどう違うのか判らないから、言われたとおりに返しただけなんだけどね。
人間ってホントの事をデリカシーなく言われると怒るものらしいからな。
ウーちゃんってのは僕たちの言う所の“お稲荷様”の主祭神“倉稲魂命様”の事だよ。宗教関係者なんだから系列が違うからって無下にしない方がいいんじゃないのかい?
時間が無いから僕からの希望は一つだけだ。
とにかく『猫』と話をさせて欲しい」
決戦開始まであと55分。尻に火が付いてきたぞ・・・
毎度問題発言が多くてすいません。伏字にすると意味が通じ無くなるもんで(確信犯)・・・