第39話 兎、鼻で笑う
「へぇ、“千里眼”のあんたにあたしとおじさましか“視えない”んだとしたら、八幡様のお力は異教徒にもちゃんと効くみたいね」
“千里眼”がちんちくりんを歯牙にも掛けてないとばかりにフンと鼻であしらうと、ちんちくりんがニヤリと笑い鼻を鳴らす。龍虎激突の図を見ているようで、こっちの心臓にはあまりよくないんだけどね。
「裏番ともあろうものが八百万とかの浮塵子か蝗みたいに群れなきゃ何もできない土着の神如きの戯言を真に受けるとはね。
ああそう言えばあなた達、宗旨替えして土着の何かに修業を付けて貰ったってホントなの?こんなのが嘗てライバルだなんて呼ばれてたなんてね。まぁ、貧すれば鈍するとかこの国じゃ言うらしいからその通りなのね。今ならあなた一人くらい面倒見てあげるわよ」
「あら、あたしはアンタの事をライバルだなんて思った事、一度も無いわよ。だってアンタはソウル大卒、あたしは根首垣高校商業科卒、比べる根拠を知りたい位だわ。学歴ならウチの宇宙人が相手になる程度かしら?」
「あの宇宙人はいらないわよ。あなたの事務能力なら、私の代理位何とかできそうだから声かけてるだけよ」
「そうね、アンタんとこ程度なら半分寝てても完璧にやって見せるわよ?あっ、そうか・・・ゴメン言い過ぎたわ。あたしには出来ないけどアンタなら完璧にできる事があったわ」
「あら、何かしら?」
「物言う豚の飼育と下の世話やら夜のオツトメなんて、商業簿記に出てこないからさぁ。ウチのバカ猫だったら盛りが付いたところで折檻するから問題ないんだけどね」
・・・あの猫田かぶれ、年端も行かん子供に手を出そうとしてたのか、このロリコン野郎!とはいえ、さしものソウル大卒も今の言葉には聊か腹に据えかねた様子で・・・
「あなた如きに、我が敬愛なる会長様の側仕えの尊さが解られてたまるものですか!あなたには、その後ろに控えてるちびで薄汚れた禿男程度がお似合いよ!」
愛人関係は否定しないんだ。その上で“物言う豚”ことキム会長より数等下に設定した“ちびで薄汚れた禿男”こと僕がせいぜいの対象だろうと決めつけてきた訳ね。
それに対してちんちくりんはと言うと・・・喜んでる?
嬉しいか?こんなおっさんがお似合いだなんて言われて。
「あたしがお仕えしてるおじさまに向かって、よくも偉そうな事が言えたもんだわね。
まぁ、尤もアンタ程度じゃおじさまの素晴らしさなんてランクが上過ぎて理解できないだろうし、当然っちゃ当然か」
「何が言いたいの?」
「今のアンタがあたしたちを二人きりだと思ってる事。あたしのステータスに何の興味も持たない事、言い換えればステータスに何も疑問が持てない事が今のアンタを表してるって事よ」
ソウル大卒がハッとした表情に変わり、何やら呪文らしきものを唱えて愕然としている。僕としてはいつから仕えられてるのか小一時間ほど追求したいところなんだがね。
「何をした!この私の栄光ある霊能力に何をした!」
「さっきから言ってるじゃない。八幡様のお力が異教徒にも効いたって。
それとも、“八幡様の御宣託”を聞いてなかったとか言わないでしょうね?」
「どうして世界を支配する私たちが、辺境でささやかに蠢く零細神どもの戯言に耳を傾けねばならない!私たちの言葉は世界の言葉だ!それに楯突く微細な土着信仰の大言壮語など我が崇高なる会長様の耳に入れるなど言語道断!
私が我が荘厳なる会長様にお伝えする前に、優秀な部下たちが全て排除しています!」
・・・つまり部下が握りつぶしてて知らないって事みたいだね。それにしても『会長様』の前に付く飾りが凄いよね。僕のボキャブラリーじゃもうフォローできないよ、なんとも西の国の人らしい表現だこと。
つらつら考えてみると『世界を支配する私たち』ってところから発想が着いて行ってないんだけどアンタ教皇とか大統領とかなんかなの?そりゃあ失礼しましたね。
「作りもんの中の現実しか知らないアンタじゃ埒空かないからさ、いい加減物言う豚を出してくんない?10歳の時の写真じゃ顔認証して貰えない誰かさんさ」
一瞬醜く引き攣るソウル大卒の顔が全てを物語ってるね。相当整形してるって事か。
「八幡様、さっき出していただいた御宣託をもう一回ここで出してもらえませんか、この人やら会長さんとやらが知らないって逃げられない様に」
僕の言葉に深く頷いて、八幡様が宙に巻物を浮かべてさっきの文章を読み上げてくれる。
〖日ノ本を守る八百万の神々を代表して八幡神が遥か西より参られた神の使徒に告ぐる。
我らが人の営みに手出しせぬ事を良い事に、新しき神が約定を交わせし者を除外しそれと成り代わらんとするは笑止千万なり。
成り代わらんとする者共には、我がその権能を以って霊能を奪うものなり。
新しき神と約定しうるのは、先に『落ち武者』なる神の覇業を阻みし者の同胞のみなり。
新たなる約定は速やかに行うべきものなり。
決して背く事無かれ。
背くは如何なる教えに従うものであろうと須らく我が力を目の当たりにするであろう〗
静かに読み上げる宣託は、建物を揺るがしてその存在を誇示する。
「ハチマンサマ?裏番!もしかしてそこに世間を不用意に騒がせる元凶がいるとでも言うの?」
「元凶っちゃ随分な言い方よね、天罰貰いたいんだ。物好きよねぇ、アンタって」
「くずのような辺境の土着神が怖くて、世界に冠たる教えに従う事などできないわ。異教の神が私に何ができる?」
「現にアンタ、今、霊能が発揮できずに騒いでたじゃない。
御宣託にあったでしょ?新しい神と約束を交わした人間を除外して成り代わろうとした奴の霊能を奪うって。討伐実施委員会を立ち上げてあたしらをはじいたアンタらの霊能は無くなったって事よ」
「あれは光の会が言い出した事じゃない!私たちは反対していたのよ?」
「でも委員会を立ち上げて支配してるのはアンタらよね?だってここが本部なんだもん」
「それは、光の会が大手に仕切って貰えればイベントが賑わうからとこっちに押し付けてきたからで、私としては傍観者で居たかったのに・・・」
【【【あぁ?】】】
ウーちゃん、お諏訪様、八幡様の八百万三人衆が一斉にお前俺を舐めてんのかよ的な声を上げる。
「流石、息を吐くように嘘を吐く国の人は演技が上手いわね。
今、アンタの霊能はゼロだって事は解ってる筈よね。そしてあたしたちが二人じゃないってこれだけ言ってるのに信じてないでしょ?
さっきおじさまが八幡様にお願いをして御宣託を読み上げて貰ったのだってトリックだと思ってる、違う?
ぶっちゃけた事言うわね。ここにはお稲荷様にお諏訪様、八幡様の三柱が顕現されてるわ。
そしてそのお三方が口を揃えてアンタにギルティって言ってんのよ」
「本当に宗旨替えしてるの?あれだけ熱心に修行してたじゃない」
嘘がバレた事よりそっちが驚きなのかよ・・・と言うより時間稼ぎをしてないか、こいつ?
決戦開始まであと90分。
ガラの悪い神様ですいません。お稲荷様がキャラ崩壊してるのが他の神様にまで伝染してまして神社の方々怒らないでね(懇願)
懇願ついでに評価を頂けたら嬉しいんで御座いますけど・・・