第38話 兎、恫喝する
世界救世教会受難編のはじまりはじまり。
【うっしゃ!ほんちゃん、よう言うた。流石は道鏡の頃よりの“告ぐる神”や!ワテも鼻が高いで】
血の気の多い豊穣の女神さまの雄たけびにも似た激励に、一瞬ビクつきながらも引き攣った笑顔で答える武神八幡様。
それじゃ、当座の役割を終えてほっとしている二柱の武神にねぎらいの言葉を、
「お疲れさまでした。しばらくは高みの見物で下々の右往左往を楽しんでいってください」
【楽しむも何もこれからが正念場ですよ、九尾の狐を抑えられる唯一の人間さん】
【いつでも助けに入れるようにしてるから頑張ってくれよ、兄貴】
八幡様、僕は貴方より遥かに若いんですから兄貴は止めてくださいよ。
さて、ちんちくりんに、例のなんちゃら委員会が設置してある世界救世教会の宿舎へと案内してもらおう。
ちんちくりんが、ハンドルとフロントボードの隙間から前を見て運転するなどと言う器用な芸当を惜しげも無く見せつけながら軽自動車を操る。ウーちゃんも至極当然のような顔をしてお諏訪様八幡様と後部座席に乗り込んでやがる。父兄同伴で授業参観か!
道すがらちんちくりんが、それまで我慢してきた確認したい事を意を決して僕に話しかける。
「ウーちゃんさまはともかく、お諏訪様や八幡大菩薩様ともお知り合いだなんて、おじさまって何者なんですか?」
【知りたいんか、小娘?】
「もちろん、差支えが無ければですけど」
【そうかぁ、身の程を知る言うんは大事なこっちゃで、ほんま。
さて、こ奴の事か・・・さっきタケ坊が余計な事抜かしよったんの聞いとったん?】
「九尾の狐がどうしたこうしたとかですか?」
お諏訪様が硬直するのが、助手席で前を見ているのにわかるよ。
【そや、これから先の事は関係者やあらへんかったら聞いちゃあかん事や。
その覚悟があるんやったら・・・言うたるで】
絶対このおばはんクッソ悪い顔してる。見なくても解るって・・・なんでこんなのを神様にしちゃったんだろうな?
「聞いちゃったら、おじさまの関係者って事になるんですね!お聞きします!」
この底の浅い駄女神め。脅しを逆手に取られて言質を取られるなんて問題外もいいとこだよ。
案の定、後部座席は地獄絵図みたいだね。巻き添えを食わされる武神様たちに憐れみさえ感じてしまうのは不敬なのかねぇ。
「ウーちゃん・・・一番大人なんだから・・・ね?」
【クッソーっ!最初に会うた時は生きたまんま標本にされてもうたゴキブリみたいやったんに、何えらそーにしてんねん!】
「あの頃は純粋に神様は・・・って思っていましたからねぇ」
【その思わせぶりな伏字がむかつくっちゅーんねん!あんなぁ、こいつはやな】
車が止まる。目的地みたいだな。
「着きました。一緒に来られますか?八百万の神様方」
どやどやと車から降りる一同。そしてウーちゃんの暴露話は有耶無耶になってしまった。まぁ、別にバレた所でちんちくりんと真面に会話が出来ていない現状からある程度の事情は察していると思うし、ウーちゃんが思うほどの成果は上がらないとは思ってたけどね。
なんちゃら委員会の本部は、もろに教会が泊まっている部屋だった。これは誰に突っ込んでいい話なんだろうね、自分たちの私利私欲の為に勝手な事ばっかりやっちゃってくれて、その上それを隠そうともしない傲岸さ・・・西の国らしいさね。
サングラスを掛けた黒服の男が、委員会の本部だか教会の宿舎だかわからない部屋の前で踏ん張ってちんちくりんと押し問答をしている。
「何度来ても結果は変わらんよ、落ちぶれ果てた同盟さんよ。
『当委員会は前述の日程で悪神の討伐の参加団体を募っており、貴会は明らかにその日程を逸脱し不当な介入を行っているものと判断し当該の討伐戦への参加は到底認められないものとす』
これが委員会が出した答えだよ。山籠もりだか何だか時代遅れの修行なんてもんをしてるから、せっかくのチャンスを逃して有終の美を飾る事無く朽ちていく事になるんだよ」
「はぁ、だから脳の髄まで筋肉が蔓延っている輩は困るのよねぇ。
抑々あの神と交渉してたのはウチらよ?それが何で訳の分かんない委員会が立ち上がって勝手に日程を決めてんのさ。寝とぼけんのも大概にしなさいよね。
とにかく、アンタみたいな雑魚と1000年話したって1ウォンの得にもならないから、さっさと会長のキムを出しなさいよ。今ならキムの土下座にキムチを添えてチャラにしてあげるからさ」
流石は“裏番”、喧嘩を売らせりゃ日本一だね。真っ赤な顔のボディーガードが口パクパクさせて少ないボキャブラリーでちんちくりんをやり込めようとしてるけど、格の差が酷過ぎてワンサイドにもなりゃしないね。
尚もやり込めようとちんちくりんが口を開けたところでドアが開き、中から若い女が出てきた。
泣きそうな顔したボディーガードが一瞬嬉しそうな表情を見せた所で、その顔に火のついた葉巻が押し付けられて無様な悲鳴が周囲に響き渡った。
「会長からの餞別だそうです。役にも立たない番犬を飼ってあげる程、地球は広くないとの事でした。
当然、今日までの報酬もありませんからサッサと出て行きなさい」
まぁ、なんと言うか。キツイ女が出てきたよな。
ぱっと見は美女、なんだけど・・・なんだろう、この女。
肩口で切りそろえた黒髪に無表情で殺意のこもった眼差しのいかにも秘書らしい服を着たマネキンみたいな感じの女だな。目を細めてみるとキッチリ生首が宙に浮かんでいる。霊能は無い奴だな。
たった今クビになった元ボディーガードも生首野郎だし、同盟の事を考えても除霊業界って意外と霊能を持っているヤツ少なくないか?
“霊能団体”とかって名乗ってるけど、こんなに能力者がいないんだとしたら僭称って言われても仕方が無いだろうにね。
「おやまぁ、いつにもましてお子ちゃまぶりが凄いですわね“裏番”さん。それと後もう一方は・・・」
「へぇ、“千里眼”のあんたにあたしとおじさましか“視えない”んだとしたら、八幡様のお力は異教徒にもちゃんと効くみたいね」
・・・えっ?この作り物臭い美人が千里眼?要するに能力持ちって事か?ちらりと僕の横に来ていた八幡様を見ると、得意げに胸を張っていた。
まじで能力を封じちゃうのって、マジで神様みたいじゃないの!
年末の話なのに季節感ゼロなのはなぜでしょう?




