第33話 狐の神様、出張する
「稲荷狐が3匹も出てきたって事は、来てるんでしょ?ウーちゃん」
神域ではないので僕以外の誰からも見えないのにこれでもかと過剰演出を仕掛けてくるウーちゃんに、聊かうんざりしながらも迎えなきゃならないこの気持ち、誰か解ってくれないかな・・・
【どや?せっかく寺に来たんやさかい、こっちでも受けそうなんやってみたけど、どや?】
思わず眉間を揉み解し深い溜息を吐く僕を見て、ちんちくりんが心配して覗き込む。やっぱりさっきのひゅ~ドロドロは聞こえてないらしい。聞こえてたらどれだけの騒ぎになってたことやら。
「宇佐木さん、幽霊が出たんじゃありませんよ。神様が降臨しやがっただけですから」
「えっえっ!どうしましょうか、なんかお供え物でも用意しなくてもいいんでしょうか!」
「根津くん気にしなくて構いませんよ。あっちが勝手に領空侵犯してきやがっただけですから放置で構いません」
【おいこるぁ!己は何、神さんをハブりよるんや!事と次第によっちゃあ、ただじゃすまさへんど!】
相変わらず口の悪い自称神様ですね。ハブるとか若者ぶった言葉を使ってまで構って欲しいだなんて。やはりここは放置で・・・
【そない怒らへんかてええやないかぁ。久しぶりやさかい『チョット』悪乗りしてしもうただけやないか。
心に余裕を持たへんと寿命が縮むでぇ】
「人の迷惑顧みず、その場の気分で騒ぎ立てる神様を有難がるとか寝惚けた事考えていませんでしょうね?
ここがいつもの貴女の神域ではない事、僕の周りにいる連中が僕程霊力が無くて貴女を認識できてない事は考慮されてましたか?
まぁ、とにかく僕たちの窮状に救いの手を差し伸べて頂こうとしている事だと好意的に解釈させていただきまして礼ぐらいは言わさせていただきます。ありがとうございました」
【お、おぅ・・・ちょっと待てぇ!ありがとうございましたちゃ、なんやねん!ワテを誰や思うとんねん!】
「おじさま、何となくではですけど『ウーちゃん』って神様と何かあったんですか?
これが毘沙門天とかでしたらあたしたちも頭の下げようがあるんですけど」
毘沙門天ね、仏教の四天王の中の多聞天の別名ね。それくらいは僕だって知ってますけど修験道に関係あったっけ?・・・あぁ、戦勝祈願で護摩を焚いたの、そっちの関係ね。
天邪鬼を踏みしめてるアレかぁ・・・ウーちゃん、言ったら根に持つだろうなぁ。
「宇佐木さん、ウーちゃんって神様は悪戯好きで騒がしくてちょっと構わないとすぐ拗ねる中々以て相手するのが面倒な神様なんです」
「なんか、トリックスターな感じの神様なんですね」
【ちょーーっと待てや。己は何をある事無い事知らん奴に吹き込んどるんや!】
「じゃあ、今の僕の説明でどれが無い事なのかきちんと説明して貰いましょうかね」
【おぉ!望むところや!どんときぃや!】
「まず、悪戯好きな事と言えば貴女はここに現れる時に、同盟の子たちが気付いたら大騒動になる様な登場の仕方をしましたよね」
あ、モブ2号の顔色が悪くなった・・・騒いだら面倒だな。
【結果、誰も気ぃ付かへんかったんやさかい、セーフやろ?】
「“よの16番”どう思う」
《・・・稲荷神さまにおかれましては・・・幽霊の真似はちとやりすぎでしたな》
【うっ裏切り者め】
・・・・・・・・・・・・・
その後もウーちゃんの所業について散々とっちめて凹ませた後、漸く要件に入った。
涙目でのの字を床に書くウーちゃんに、
「同盟があの生霊と戦って生き残れる確率はどう思ってます?」
【今のままやったら、万に一つも勝ち目なんかあらへんやろ】
僕も同意見ですよ。
「じゃあなぜ、仏教系の同盟に降臨する気になったんですか?」
【タマちゃんがな・・・夜泣きすんねん・・・】
「へっ?」
あの重い人が、夜泣き?冥府魔道がどうしたこうした言うあの暴走機関車が夜泣き?あの人、前世九尾の狐だよ?
「何がどうすればそんな事態に陥るんですか?」
【どアホゥ!ぜーーーんぶ己のせいやないかぁ!
毎晩毎晩布団を半分空けて、己の名前を呟きながらしくしく泣いたりもぞもぞ一人で慰めたり、それが毎晩やど毎晩!聞かされる身にもなってみぃ!“杏莉”やのうても盛りとうなるやないか!
それもこれも己がタマちゃんから逃げ出したからやあらへんか!
終いにはこの年の瀬にまた悪神を呼びやがって、これでワテが禿げたら己のせいやからな!】
へっ?葛葉嬢の件はいつもの事だから置いとくとして・・・悪神?もしかして『クトゥルフの猫』は神に昇進しちゃってるの?
神様のハードルって相当下がってない?
【ワテとしては、己が切って捨てたタマちゃんの話の方が本筋なんやけどな。まぁそっちはまたネチネチ話させてもらうからええがな。
その『猫』かいな、そいつが神になってしもうたんは最終段階でちょこっと絡んだだけやさかい旦那さんには罪はあらへんし、周りの生贄どもに配慮して口に出さへんやった事は評価したる。
それにしたってなぁ、タマちゃんがなって800年以上新しい悪神なんて出てきぃへんかったんになんで今年になってこないポコポコ出てくるんや、今年は史上最悪の年やでまったく。
で、ワテがここに来たからにはどうしたい?】
出張サービスがしたくてのこのこ領空侵犯したんでしょ?まぁ、当てにはしてましたけど。
【なんや、ワテが出張ってくるのまで見越しとったんかい、この狸オヤジめ】
お褒めの言葉と解釈させてもらいますね。でも、同盟って修験道から来たガチの仏教系じゃないですか。
ウーちゃんでどうにかなるってもんじゃ・・・
【オドレ、ワテを舐めるのも大概にせぇやぁ!修験道言うたら出羽三山や。出羽三山の鳥海の守り神は誰や思うとるんや!大物忌神ことワテなんやど!あ奴らのしよる事ぐらい鼻毛抜きながらずーっと見とったんや。解らへん事なんかあらへん!大船に乗ったつもりで任したらんかい、このボケカス!】
今の、みんなに聞こえてなくてよかったよね。聞こえてたら有り難味ゼロだよ。
【・・・えっ?嘘やろ?・・・】
どうしたんですか?
【勢いでここにおる連中全部に加護を付けてもうたから・・・全部聞かれとる・・・】
「貴女らしいって言えばこれ以上の事はないですけどね・・・勢いで付けちゃダメでしょ、加護」
僕の周りにいる同盟のチンピラどもは、突然見えるようになった二足歩行の狐たちや白狐に跨って僕と罵り合うウーちゃんの姿に、プチパニックになっていた。
さぁ、どう落とし前付けるんだい、ウーちゃん?