第31話 兎、啖呵を切る
「そこのちび、忘れたとか抜かすなよ。俺はお前たちを赦す気は無いからな」
猫田三郎と彼の怨念のこもった生霊『猫』の刺すような視線が、チンピラどもその中でもひと際背の低い女性に突き刺さっている。って、コイツ中学生じゃないのか?
中学生だろうが何だろうが僕は、あまり係り合いになりたくないな。どこで葛葉嬢にチクられるか分かったもんじゃない。あの稲荷狐どもがどんな話を吹き込むか分かったもんじゃないからな。
それにしても自分が生んだものとはいえ、怨霊に後ろに立たれて怖くないのかね?自分が取り込まれるとか思わないのかねぇ。不思議だ。
「あたしとしては自分に課せられた仕事を熟してきただけなんだけどね。まぁ恨みを買ってナンボの商売だから仕方ないわ。あたしを喰うなら構わないわよ。
でもその代わりに他の連中は出しちゃくれないかしら?」
こりゃあ凄い女傑がいたもんだ。なりは小さいが肝の据わり方が半端ないよ。
こんなの食ったら腹下さないか、『猫』よ?
「はっ、流石“同盟の裏番”の2つ名は伊達じゃないみたいだな、宇佐木。お前が表に出てりゃ同盟ももうしばらくは“メジャー”でいられたんだろうがな」
あの中学生、うさぎって言うのか。裏番とはまた凄い綽名だな。
それにしても同盟ってのは、中学生とか前に出さなきゃならない程人材難なのか?
「そりゃどうも。ただ、あたしも裏方の方が性に合うもんだから人前にはあんまり出たくないのよね。
アンタのお兄さんみたいに、積極的に敵を作って回るのは適性的に無理ってもんよ」
「積極的に敵を作るか。・・・言い得て妙って奴だな。本人が目を覚ましたら直に言ってやりなよ」
なんだかんだ言っても猫田三郎は、宇佐木と馬が合ってるんじゃないのか?まさか〇リコンなのか?それから裏番の癖して敵を作るのが出来ないとか自分を可愛がり過ぎだろうが。
「部長が目を覚ましたらってそれはどういう意味?」
「お前の度胸に免じてラストチャンスをやろうってこった。
1週間後のこの場所この時間で俺と勝負だ。俺が勝ったらお前たちは俺のエサ、お前たちが勝ったら大人しく祓われてやろうじゃないか。そこの禿げ親父はおまけでお前たちに付けてやるよ。
もちろん、嫌だって言うんだったらこの場でお食事会って事になるがな。それと逃げた時も同様だ。どうする?」
選択肢ないじゃん。おまけにキッチリ僕まで巻き込まれてやんの。ここで抗議しても喰われてお終いだもんな。
「ボクはですね、争い事はいけないと思うんですよ!だからですね、ここはそこのえーと名前なんでしたっけ?」
目の焦点があってない若いのがしゃしゃり出てきて、名前も知らない癖に勝手にこっちに話を振るんじゃねぇ!
「サトウかも知れないしタカハシかも知れないねぇ」
真面に相手できるか。
「じゃあ、サイトウさんかタカサキさん。あなたに全部お任せしてボクらは解散しましょう」
僕は、無言のまま無責任野郎の鳩尾にパンチをかました。ベキッと言う音と共に僕の右手首に激痛が走り、無責任野郎はゲロを撒き散らしながらひっくり返った。
運動音痴に磨きがかかってきやがって締まらねぇ・・・
猫田三郎は呆れ顔で僕たちの事を見ていたが、宇佐木の方が僕に頭を下げてきた。
「うちの“宇宙人”が無礼を働きましてすいません。巻き込んだ挙句にあんな事言われたら怒るのが当たり前ですよ」
「普段は手なんて出す事は無いんですけどね。
生霊のエサに巻き込まれた上に全面的に押し付けられるのには我慢できなくて抗議するつもりだったけど、あの自分の悪意に気付いていない顔を見ていたら思わず手が出ちゃいましたよ」
「生霊の主の俺は、元々警官なんだけどな・・・もうこうなっちゃったから捕まえたりしないけどさ、傷害の現行犯だぜ?」
生霊飼ってる不良警官にまで呆れられちまったよ、トホホ。
「こんなんでも旧帝大出てるんだから分からないもんよねぇ・・・あぁ、このボケがひっくり返ってる内に話を決めちゃいましょ。
1週間ぐらいであたしたちで生霊相手にどうにかなるか・・・まぁ絶望的だけど努力のし甲斐はあるみたいよね。
みんな、せっかく死刑執行を延ばすって言ってくれてるんだから死ぬ気で頑張るわよ。いいわね!」
なし崩しに、僕は同盟と道連れにされてその本拠に行く事になった。さっきのみんなって僕も含んでいたのね・・・逃げようはなかったけどさ。いつの間にやら猫田かぶれの既定路線に組み込まれているじゃないか・・・同盟恐るべし・・・
「ところで客人のお名前を未だに知らないですけど」
ほほう、中学生の分際でさり気なく探りを入れてきたか。
「僕の方もアンタたちの事は、同盟構成員としか認識していないからお互い様でしょ?特に聞きたくも無いし気にもしていないから」
「ハハハ、だから初手で拘束しようとか変な事はするなって言ったんだよ。それをあのクソ部長が・・・」
止められなくて実行した時点で同罪なんだよ。
「まぁ、水に流す気は更々ありませんからお気になさらずに。それと図らずも仲間認定を『クトゥルフの猫』にされてしまいましたので1週間の間ですが嫌々一緒にいますね」
「はぁ・・・身から出た錆とは言え、共同戦線張らなきゃいけない相手からこうも露骨に拒否反応を貰うとやりにくいったらありゃしない。
あの能無しめ、目ぇ覚ましたらギッタギタにしてやるんだから・・・
取りあえずここにいる連中を紹介しますね。
そこのデカいのに背負われたオヤジがここでの一番のお偉いさんで諸悪の元凶猫田総務部長。
貧乏くじ引いて部長を背負っているのが井上くん、ちょろちょろ動き回って世話してんのがあたしの部下の根津くん、後は入ったばっかで役に立つのかどうか判らない高卒の鯖江くん、味田くん、平目くん。大卒の鮎川くん、許斐崎くん、キムくん。そして余計な事しかしない“宇宙人”こと伊達くん、そしてあたしが宇佐木チカ28歳、絶賛恋人募集中って訳。
これが大日本調伏同盟本部詰めの全勢力って事」
「部長の上の幹部はどうしたの?」
「会長も副会長も雲隠れ、各地の支部も給料遅配で機能してるとは言い難いし、連絡も取れない。
“16強”からも追い落とされて破滅への道を爆走中っていうのが現状ね」
それはまた切羽詰まりまくりで・・・そらぁいきなり僕を拉致して、戦力補強をしようとかバカな事を思いつく訳だわ。・・・アレが28って詐欺だろ?
裏番は合法〇リでした。