第29話 狸、猫と腹を探り合う
「名乗る事によって僕の方に不利益が派生することが予想されますので、黙秘させてもらいます」
猫田を信用しきれていない僕からの宣告に静まり返る交番の中と、霊能団体“大日本調伏同盟”の構成員が周囲を取り囲んで起こす騒動との落差が凄いな。
「そ、それはどういう事かな?」
「理由なんて簡単な事ですよ。
あなたと外で騒いでいる奴らの親玉が兄弟なんでしょ?どこでどんな取引をしているか知れたものじゃないじゃなりませんか。
尤もそうなあなたの言葉だって僕から情報を聞き出すための狂言じゃない保証は何もないじゃありませんか。
今の騒ぎだっていつもあなたたちが取り締まらないから、あるいは取り締まられないから安心してやっているように僕には見えるんです。栗栖さん、僕の言葉はおかしいですか?」
「あなたの不信の根が深い事はよくわかります。でもここはみんなの生活を守る警察ですよ?」
「じゃあ、今の大騒ぎは誰も生活していない所でやっている事なんですね」
栗栖も顔を顰めて言葉を継げなくなったみたいだ。
交番の電話が鳴り始める。電話の応対は栗栖の担当らしく素早く取ると相手の言葉に平身低頭であらぬ方へ向かって頭を下げている、大方表の件に関する苦情か本署からの問い合わせなんだろう。
ひと仕切り話が終わって受話器を置くとまた次の電話がかかってくる。
そのサイクルを数回繰り返した末に取った電話で、いい加減頭に血が上った栗栖が大声を上げる。
「タナカに電話を替われだぁ?貴様、何様だ!」
栗栖君、まだまだ若いね。どうせ、そんな横柄な電話は猫田兄からなんだろ?
「猫田さん、どうします?偉そうに名乗りもしない男からそこの交番に潜り込んでる“タナカ”と話させろとか言ってきてますが」
「おい、あんたに電話みたいだぞ」
猫田、随分投げやりだな。
「さあ、身に覚えがありませんからスルーしますよ。次は佐藤さんか高橋さんか、鈴木さんかもしれませんが僕には無関係ですね。
どこの誰かも名乗らないのに相手する訳無いでしょ?」
はい、電話作戦終了っと。
「名乗らないのはあんたも同じじゃないか」
「僕の場合は最初から聞かれなかった。その後は信用できない相手だから名乗れなかった。
名前から探りを入れようとかって考えが透けて見えるから敢えて拒否しているんです」
「でもそれじゃ、あいつらをしょっ引けないじゃないか。被害者無しじゃ加害者はいないんだよ」
「それでも駅の防犯カメラを調べれば証拠はあるんでしょ?」
「でも被害者がいないんじゃ・・・ねぇ」
見事なまでの押し問答だ。でも僕は負けない。
「映像証拠があるんだから、被害者不詳で行けばいいじゃないですか。僕の名前に拘らくても」
猫田が何か言おうとしたタイミングでまた電話が鳴る。
「はい、こちら〇〇駅前交番。・・・えっ?・・・ちょっとお待ちください」
聊か疲れた表情の栗栖が僕に向かって受話器を向ける。
「“日本霊能者連合会”の狐塚専務理事さんって人が“タナカ”さんと話をしたいんだそうだ」
「そんな名前の除霊業者いたっけ?」
「あーっ馬鹿っ!神道陰陽師系霊能団体を統括する“日霊連”のナンバー2だぞ!除霊業者とかメッタな事は言うんじゃない!」
猫田は随分詳しいじゃないか・・・まぁ兄が除霊業者になってりゃそんなの耳に入ってもおかしくないか。
「除霊業者じゃないんですか?」
「霊能団体と言え!殺されても知らんぞ!」
除霊しかできない癖に除霊業者って言うと蔑称になるらしい。とっても面倒だけど不承不承電話を取る事にする。あぁ、気が重い。
「はい、お電話替わりましたが」
『私を、この私を待たせるとはいい度胸だな、“狸小路”』
あっ・・・狐塚専務理事・・・もしかして葛葉嬢の親戚か?
「色々とございましてお待たせしました」
『葛葉が、あの葛葉が世話になっているようで、と言いたいところだが、お前そこで何をしている?』
随分高圧的な親戚だな。うん、葛葉嬢と雰囲気が似てる気がする。
「修行の旅に出ていますが?」
文句言われる筋合いはないぞ?ぶっちゃけ自分から触りに行った事も手を繋いだ事も一緒の布団に入った事も無いぞ。
全部やられた方だ。
もちろん、清い関係は維持している、意地でも。
逆に貞操の危機を感じて飛び出した感すらあるぞ。
『お前が・・・お前が修行とやらに出た後・・・葛葉が帰ってこん。
どうしてくれる狸小路、あれは葛葉は私の一人娘なんだぞ!あれが、葛葉がいない家に帰る私の侘しさがお前には解るか、解るのか!いや、いいや!永久に独り者のお前にはこの私の虚しさを悲しみを理解できる日は永久に来ない!そう来ないのだ!
そこで、そこでだお前に命じる、葛葉を、最愛の葛葉を我が胸に帰すのだ!』
あぁ、こいつはなんだ、僕を連れ帰った葛葉嬢を泣きながら抱きしめて家の中へ攫って行った挙句、僕を玄関先に放置してガン無視で追い返した親バカの権化の狐塚父なんだな。
あぁ、面倒くせぇ。確か葛葉嬢の下に息子がいただろうが、そっちに相手して貰えよ。
「狐塚さん、確かに僕にはあなたの気持ちを理解できる可能性はありませんね。
ですから、あなたの命令に従う気も必要も全く何もないのでご自分で頑張ってください。後、今は同盟のチンピラに交番に雪隠詰めにされていますから、お嬢さんの所に行く事は到底不可能ですのであしからず」
あの面倒な性格を創り上げた父親には何も同情する気にならん。だけど、今の言葉で動くんだったら協力してやらん事も無いぞ?
「おんのれぇ、おのれ!このクソダヌキめ!私の、この私の足元を見て交渉しようなんぞと小賢しい真似をしおって!!!
もう、もうお前になんぞ頼らん!除霊屋のチンピラ同盟相手に籠城して共倒れになってしまえ!』
予定通り交渉決裂。
それにしても同盟は仏教系だからなのか、神道系の狐塚氏はあのアホどもに対して随分と辛辣じゃないか。
そんなことでいがみ合ってるから業界全体の統括組織が構築できないんだよ。
そんなこんなをしている内に、交番のガラスの引き戸が空いて一人の男が入ってきた。
噂の主、『除霊屋のチンピラ同盟』の猫田じゃありませんか。
こうして見るとどこかで見かけたような顔立ちなんだよな・・・警官の猫田も含めて。
「さてと、迎えに来たぞタナカ。さっさとこんな辛気臭いトコは引き払って儂たちの本部へ行くぞ」
はっ?お前、脳みそどこに捨ててきた?
呆れて固まる三人をよそにズカズカと中に入り込むと、僕の腕を掴む猫田かぶれ。
「どこのどなたか存じ上げませんが、あなたと同行することを承知した覚えはありませんが」
「誰もそんな事は求めておらん、お前は儂の所に来ればいい、ただそれだけの話だ」
えーと、日本語で会話してるんですよね、僕?
「アンニョンハシムニカ」
「日本語が解らん振りはせん方がいいぞ。体で覚えて貰う事になるだけだからな」
相手は日本語で会話しているつもりらしい・・・単なる通達のようだが・・・
「これは拉致監禁を宣告しているように聞こえるんですけど?」
警官たちの方に同意を求めてみる・・・へんじがない ただのしかばねのようだ。
さっき言ってた『みんなの生活を守る警察』はどこへ行った?
「要するに猫田兄弟は、職権を乱用して犯罪行為を実行隠蔽しているんですね」
どうやらここにいるのは、警官の衣装を纏った人形だったようだ。
梅雨で鬱陶しい日が続きますが御自愛を




