第3話 狸、狐と話す
「ここはどこなんで御座いますか?」
「古い稲荷社の・・祠・・ですけど・・・」
「それで貴方はどなたなのでしょうか?」
一方的な被害者の筈なのに、何で僕は詰問されているんだろう。
「その前に・・・一言・・言わせてください」
「なぜでしょうか?」
「貴女の服に・・ついている汚れも・・・貴女に掛けていた・・僕の服の・・汚れも・・・全部・・貴女のモノです」
「・・・私に何をしたって言うんですの!」
なぜ言葉ってちゃんと伝わらないんでしょう、悲しくなりますよ。
「・・・どちらかと言うと・・僕の方が・・・被害者ですけど・・・」
「こんなところに連れ込んでおいて何て言い草なんで御座いますの!」
《ここは、誤解を解いておきませんと我等とて手の施しようが無くなってしまいますな》
「「誰だい(なの)?」」
女性と言い合うなどと難易度の高すぎるミッションを遂行している最中に、横から未知なる声が参入してきた。
《稲荷神さまよりこの祠を任せて頂いております稲荷狐と言えばお判りいただけるでしょうか?今の位階で名乗るとするなら“よの16番”となりましょうかな》
その言葉と共に尾が3つに分かれた狐がどこからともなく姿を現した。
《まずは、私めが持っている情報を確認させていただきますがよろしいですかな》
呆気に取られてい争っている事も忘れた僕たちは、揃って頷いた。
赤鳥居を潜ってこの祠にいるからにはここは稲荷神の神域だろうからな。
《まずは、『れでぇふぁぁすと』という事で女性からさせていただきますな。
お名前は狐塚葛葉様、お歳は25、職業は陰陽師(仮)、最終学歴は旧帝国大学文学部人文学科卒、住所は割愛させていただきますがこれに間違いはございませんな?》
女性、もとい狐塚葛葉嬢は茫然自失としたまま頷いた・・・ホントらしいな。
《続いて男性ですな。
名前は田貫光司さん、年齢55歳、職業無職、学歴は理系の三流大学中退、住所はもうすぐ引き払う予定なので特にいう必要も無し。これで間違いはありませんな?》
何気に雑なんだけど間違いは無いので仕方なく頷く。
《我らの調べに依りますと、お二人は『冥土茶屋 晴瑠晴良』なる酒場に昨夜行かれてますな?》
もう日付が変わっているのか。思わず時計を見て確認してから頷く。1時15分だった。
葛葉嬢も不承不承ながら頷いている。
《田貫光司さんは、失職した会社の元同僚が催した送別会なる飲み会に下戸にも拘らず参加、飲み会が会社への弾劾の場に移行した段階で早退したところで狐塚様と遭遇、以後現在に至るですな》
その略した部分で僕が責められているんですけど?それに失職ってなんだ、退職だよ退職!
《狐塚様は、成績優秀だったにも拘らず養成所を卒業できず、自棄酒を呷って、以下省略という訳ですな》
その解説でどうやって誤解が解けるのかい?
肝心な部分がなんにも判らんだろうが!
「旧帝大・・を出て・・・養成所?・・を卒業できなかった?・・・・陰陽師(仮)?・・・何が・・あったんでしょうか」
「ほっといてください。私には・・・私にも私なりの事情はあるので御座います。それなのに!」
「で・・べろべろ・・になるまで・・・飲んだ?」
「貴方のような普通のちゅうね・・オジサマに何が判るというんで御座いますか!」
「すいません・・・・普通で・・・」
「いえ、私も言い過ぎてしまいました。・・・もしかして私、酔いつぶれてしまっていませんでした?」
真剣な眼差しで僕を射抜くので、女性に免疫のない僕はすかさず挙動不審になってしまう。
《・・・こんなのがねぇ・・・いえ、すみませんな。
仕方ありませんな、ここは私めが説明させていただきましょうかな》
だったら最初から説明しろよ。
それに『こんなのが』って何なんだよ、このくそ狐からは僕に対する悪意を感じるわ。
《狐塚様は除霊に興味に持たれていて、大学を卒業後除霊業界に「そんなことまで説明する必要があるのでしょうか?」
失礼いたしましたな。えぇ、少々酒を召され過ぎていて色々と有られましてな、今ここにおられるという訳ですな》
そこを端折るか?そこが問題になっているんだろ?
「色々あってここにいるでは、説明ではないじゃございませんか?
私としては、そこを詳しく説明をしていただきたいのですが」
《あぁ・・・よろしいんですかな?》
その勿体付けで余計な事を穿って考えるでしょうが!
そのせいで僕はこの娘から睨みつけられているんですけどね!!
「私の名誉に係わる事でございます。はっきり教えてください」
《はぁ、よろしいので?田貫光司さんも構いませんかな?》
「・・・僕に・・・・疾しい事は・・無いです・・・」
女性と係わるのは苦手なんですってば。
誰か(この馬鹿狐を除いて)この娘に説明をしてあげて。
《では・・・説明させていただきますな。
・・・よろしいですな?
はぁ・・・》
この野郎、勿体ぶるなって言ってるだろうが!このままじゃ埒が明かないじゃないか!
「・・・酔いつぶれて・・僕に絡んできて・・・ゲロを・・僕と・・店に・・・ぶちまけて・・・店から・・追い出されたんですよ」
「えっ!・・・まさか・・・そんな事・・・本当なんで御座いましょうか?」
《残念ながら・・・本当の事ですな》
漸く周囲に漂う異臭の正体が、自分のゲロであると知った葛葉嬢がその場に崩れ落ちた。やや演技過剰じゃなかろうか?
「私とした事がなんという事を・・・在らぬ疑いをお掛けして誠にすみませんでした」
事情がようやく解った葛葉嬢が平身低頭で僕に謝ってきて、こちらとしては恐縮するしかなかった。
「・・・いえ・・説明ができなかった・僕の方にも・・落ち度・・はあります・・・どうぞ・・お気に召さらずに・・・そうだ・・このままじゃ・・あんまりだから・・・近くのコンビニで・・買ってきましたので・・お使いください」
相手の返事を待たずに買ってきたものの中から葛葉嬢のために用意したものを埃っぽい床に置き、そそくさと離れて背を向ける。
年頃の娘が赤の他人にじろじろ見られるのは嫌だろうし、僕としてはあの娘の吊り上がった眼が恐ろしかった。
取りあえず、タオルと水でゲロを拭って上だけでもトレーナーに着替えれば、少しはましになるだろう。
「多変無礼な振る舞いをしてしまいましたのにこのような事まで・・・申し訳御座いません」
「・・・若い娘さんが・・そのままじゃ・・・外を・歩けないでしょうから・・・遠慮なく・・使ってください。
・・・女性の事は・・・よくわかりませんから・・・至らない点は・・多々あるかと・・思いますが・・・そこは・御容赦頂ければ・・・幸いです。
・・もし・・・コンビニで・・揃う物で・足りない物が・・あるとするなら・・・買ってきますから・・・教えてください」
そこまでしてやる必要は無い様な気もするが、あの目が怖いので良しとしよう。
「いえ、特に欲しいものは・・・私のハンドバッグはどうされました?」
「・・・あの店から出る時は・・・何も・・渡されませんでしたけど・・・」
これって僕の落ち度なんだろうか。