第25話 狐、仕事をする
「狐塚さんの・・援護・攻撃を・・したいんです・・・いいですか?」
「おっちゃん・・・釣った魚にエサやるの忘れんなよ・・・結構高いんだからな、これ・・・月収3ヶ月だぞ(ボソッ)」
それは婚約指輪だろ?
とにかく左手のグローブを受け取ると丸めて左の山伏に投げつける。
上手いとこ中ってくれてボンと音でもなりそうな勢いで山伏は昇天した。
キャッチボールも碌にした事の無い運動音痴の僕にしては奇跡の一撃って事になるかな?今日の運はこれで使い果たしたかも・・・
「はっ、気配が減りました!旦那さま、仕留められたのですか?」
「かおるんし・・・いや大上さんに貼ってくれてた貴女のお札の効力の残滓のおかげで中ボスが一つ潰せましたよ。
後は、さっきの札で弱らせた中ボスと奥で様子を見ているみたいな大ボスだけですよ」
「でも残りの札は虎の子の封印符が1枚と自作の除霊符が1枚しか御座いませんよ。
先程の除霊符で仕留めそこないましたのが残念でなりません」
いやいや、やりようはあるから。それからさっき使ったのは購買部の奴だったんでしょ?そんなのより自作の札の方が出来はいいんだから。
「中ボスが戻ってくる前に狐塚さんの作った札を1枚頂けますか?」
「私の札が欲しいだなんて♡私の愛ならいつでも差し上げられますのよ?」
・・・この人に妙な事吹き込んだ奴出てこい。
この修羅場で寝言をほざく陰陽師(仮)を元に戻しやがれ!
・・・などと声を出す余裕もなく、葛葉嬢から半ば力づくのようにして金剛符を手に入れて拳大の石を拾うと徐に札を貼り呪文を唱える。
「凭流勅使居呀破屠狗」
札が光るのを確認してから石をカオルン少年に渡す。
「さっき・・狐塚さんが・・・札を・投げてた・・ところは・・・覚えて・いますか?」
カオルン少年は(もう修正するのを諦めましたよ)僕の目を見て頷く。
気合の入った強い視線が僕の心臓を縮み上がらせてくれる。その目は敵を射殺せると僕は思うよ。
「では、・・僕の・・合図で・・・同じ・・場所に・・・この・・石を・・投げて・貰える・・かい?」
カオルン少年はギラギラした目で僕を見つめて不敵な笑いを浮かべながら頷いてくれた。
昔の野球漫画じゃないんだから目の中の闘志で僕を焼き殺そうとするのは止めてくれ。
最後の山伏が、さっき札を投げつけられて痛い目に遭った場所を避けるように大回りして葛葉嬢の右手に出てこようとしている。落ち武者もそれに合わせて正面から押し出してくるな・・・よし今だ!
「投げて!」
カオルン少年は頷くと左のカウンター目掛けて石を投げつける。
君は方向音痴か?・・・いやあのカウンターにはその前に葛葉嬢が投げ損ねた自作の除霊符が張り付いていた。
カウンターは固い材質だったらしく、カオルン少年の投げた石は跳ね返って右の山伏を直撃した。
コレが狙ってやったんならとんでもないだろうけど・・・どう考えても偶然の産物だよな。ウーちゃんが小細工でもしてくれたのかな?
無事に戻れたらお供え物でも奮発しなきゃな。
【聞いたで!神さんに嘘ついたら末代まで祟ったるからな!約束やで!】
・・・一応モニタリングしてたんだ・・・貴女は菅原道真さんとか平将門さんみたいな祟り神じゃないんだからめったな事は言わないで欲しいんですけどね。
依頼人が逃げてるからこの件では依頼料は出ませんから、アルバイトでもしてからになりますけど構いませんよね?
【気は心や。旦那さんは今までの事でも実績があるから気ぃ長うして待ってるさかいあんじょうな】
「急急如律令!」
葛葉嬢が赤い札を取り出して呪文を唱えてとんでもない方に向かって掲げている。
あんまりいい札じゃないみたいだな、札にまだらに赤い光が浮かんでいるぞ。
それより投げるのを止めさせなきゃ。
葛葉嬢に声を掛けようとしたところで、アンジェが僕を小脇に抱えてかつて喫茶店だった建物から飛び出した。反対の腕にはカオルン少年を抱えている。
「どうしたんだ?」
《ウーちゃんから避難命令が出たのよ》
「狐塚さんは?彼女はまだ中にいるだろ?」
【ふふ~ん、運命の女が心配なんやな。心配しなさんな、ワテが結界で護っとるさかい無事やで】
何が起きてるんだ?
《ターさん♡、慌てなくても大丈夫だよ。
ウーちゃんがウチの事を考えて外に出てろってさ言うんだよね。
いくら前世が妖怪だからって、今のタマちゃんは人間なんだからウチは平気だって言ってたけどさ・・・すっごい攻撃陣が出来たからウチでも危ないって》
攻撃陣って1番から9番まで4番が並んだオールスターチームか何かかね?
【11人で球を蹴り合うんやら今の流行りやったら15人で押しあうんやらならともかく、9人でてなんてタマちゃんの旦那さんは流行りに疎いんとちゃうか?】
3点差が付いたらどうしようもないのとか、毎年ルールが変わって訳が分かんないのとかじゃなくて、20点差でもひっくり返る事があるのが好きなんです。
【さよか。そないな与太はどうでもよろし。
攻撃陣言うんは攻撃する陣形とかやのうて攻撃する呪文陣、あんさんからしたら魔法陣言うたら解ってくれるかいな】
「おっちゃん・・・さっきからどっかから聞こえるのって何なのさ・・・正体が判んないのは嫌じゃん・・・おっちゃんの事ならもっと解りたいけどさ(ボソッ)」
地味にめんどくさいね、この子。
「お稲荷さん・・の・・・親玉が・・狐塚さん・に・・肩入れ・してて・・事細かく・・・説明して・・くれている・だけ・・・です・よ」
頭の中じゃ男の子だと認識したままなのに、なぜか言葉が切れ切れになってしまうこの不可解な対女性コミュ障はどうしたものか・・・
とにかくカオルン少年が納得してくれたようなので、何が起きているのか説明おばはんに解説して貰おうか。
【誰が説明おばはんやねん!後で見ときぃや。
今、タマちゃんがアレに仕掛けとるんは退魔封滅陣言うてやな、早い話が五芒星陣や。
嬢ちゃんには解らへん言葉やろさかい説明するとやな、晴明桔梗紋って知っとるけ?
あっ、知らへんか。解ったそこから説明しまひょ。
京の都にある晴明神社やらそっから分かれた東京晴明神社やらの鳥居に着いとる紋が晴明桔梗紋、所謂五芒星や。
あっ五芒星が解らへんのか・・・そや、一筆書きで書く星形ってわかるか?そやそや、あれが五芒星や。てっぺんのとんがりが逆になって下向いたら逆五芒星言うて魔の力が増すんやけど、今はそれはどうでもいいわ。
それの陣の中にあっちの親玉が入ってきおったからタマちゃんに陰陽師らしゅう仕事をしてもらってるんやで】
今時の若い子にはペンタグラムなんて言い方した方が理解が早いかなとは思いますけどね・・・何も言いますまい。今時『京の都』とか時代劇でしか聞けないのにね。
【なんや、あんさん。タマちゃんの旦那さんや思うて優しゅうしてやったんに何ぞ文句でもあるんかい!】
まぁ、なんて斜っ端な神様なんでしょう。
【アホゥ、庶民的と言わんかい、庶民的と】
段々付き合いが長くなると、やさぐれ方が半端ない事に気付かされるんですけどね。
「それから説明し終わった風な空気を出してますけど『五芒星』と『仕事をしている』で何を解れと?それとも門外不出の大事業をしてるんですか、狐塚さんは」
【なんや、そんな事も解らんのかい。ちっ、近頃の霊能者は碌々勉強もせぇへんな】
「何度もお言葉を返すようですが、僕がちゃんと貴女たちが見えるようになってからまだ半年程度なんですけどね。それから修行は一切やった事ありませんから知識は皆無です」
《ウチも知りたいんだけど。
妖怪も昇天させるほどの“退魔封滅陣”ってなんなのさ》
おお、口が達者なアンジェが参戦してくれたから話が進むぞ・・・なんて思ってたらさっきまで僕たちが悪霊たちと戦っていた建物から目がつぶれそうなほどの明るさで光の柱が立ち、『オォォォ・・・』と微かな断末魔の雄たけびを残して悪霊の気配が消えた。
後に『シリウスの落ち武者』と呼ばれる事になる悪神の最期だった。
【おお、タマちゃんやり遂げたようやな。これでもう一安心や。
みんな、ごくろうさん!】
説明ババアは説明しないまま帰りやがった。職場放棄と日記に書いとこう。
それから、既に廃墟と言って差し支えない喫茶店から、葛葉嬢が這い出してきた。なんか昔の特撮で戦闘が終わった後、疲労困憊で戻ってくるヒーローみたいだな。
慌てて駆け寄ったけどどうやらケガはしていないらしい。
除霊で力を使い果たしたらしいから僕が葛葉嬢を背負ってこの場を立ち去る事にする。
背負うなんて出会った時以来だけど我慢してくれるかな?
「あぁ、旦那さまに背負って頂けるなんて私はなんて幸せ者なので御座いましょう。
このままあの世に旅立とうとも後悔は御座いませんわ」
物理的により精神的に重い娘だった。