第217話 兎、論破する
「そがんこつも解らぁじつんのうできたとねわがどんは」
そんな僕の挑発に乗せられて目の前の橋を渡ろうとした稲荷狐は、突然の橋の崩落に巻き込まれて姿を消した。
もしかして嫌に執拗に僕たちに渡らせようとしていたのは、こういう仕掛けがあると知っていたからだったのか。
《何事じゃ!何が起こったのじゃ!
ゑの4989番はどうしたのじゃ!せの5963番!探して参るのじゃ!》
稲荷狐のリーダー格ちの19番が慌てた様子で下っ端に命令を出している。ゑの4989番が一番の下っ端かと思ったらその下がいたのか。せの5963番となると稲荷狐の階級はいろはと数字の併用だからいろはの最後『ゑひもせすん』からして下から3番目の階級の僕たちだったら丁稚見習い程度の奴だと推測できるな。
見ればまだ尻尾が割れてもいない漸く二足歩行が出来るようになったばかりと思しき狐が、ビビりながら崩落した橋へと向かっている。あの様子じゃ言葉も話せるようになってるか怪しいもんだよ。
本気で捜索するんなら未熟な下っ端に単独で危険な作業をさせるより技術も能力も持つベテランが付き添わなきゃ失敗するだろうに。上が付いて行かないって事はここが危険だと知っていて自分たちが疑われない為のパフォーマンスとか?
案の定、追加の崩落が発生して微かな『コーン!!!』という悲鳴と共にせの5963番も退場となっちまった。習うより慣れろでいきなり実戦投入とかするからそんな事になるんだよ。
《将来が有望なチビどもが2匹も・・・これは人災であるな!お前たちが言う事を聞かぬばかりに我らの優秀な同胞が失われたな!
どう落とし前を付けてくれるな!》
「その前にあたしらに謝罪は無いの?そんな危険なトコへあたしらを誘導しようとしたのはアンタらよね。それとも何?あたしらが渡る分なら崩落しなかったとでも言いたいの?それにあんな事になるって解りそうな場所に下っ端だけ送り込んでこっちのせいにするとかアンタの脳みその皺って無くなってるの?」
《そ、それはだな我らの教育方針であるな・・とにかく我らは人的補償を要求するな》
「いきなり危険なトコに新人を命綱もつけずに放り込むみたいな昭和な管理体制のアンタらに保証してたらただ無駄に消耗されちゃってこっちだけが損じゃない、だから自分たちでどうにかしてね」
《ぐぬぬ!将来ある子狐たちが!ならばここで騒ぎ立ててあの方を呼び寄せてくれような!》
「そうやって無能の証明をしたいんだったら止めないわよ。裏切ってやってきた新参者ぐらい信用が無いヤツはいないからね。速攻でいなかった事にされるだけでしょ」
《くっ!ああ言えばこう言うこう言えばそう言い返す、この嫌われ者の権化め!
なぜこうやって言葉を尽くして説得しているのに逆らうのかな!我らを舐めるのも大概にするのだな!》
「言ってる事に無理があり過ぎて笑えるんだけどさ。どうせここでアンタらはあたしらを足止めする事を命じられてるだけなんでしょ?いい加減ウザいからアンタも捜索に行けば?」
《そのような危険な事は下々のやるべき事、すなわちお前たちがなすべき事だな!》
「全然話にならないわね。大前提としてあたしらが壊れた橋のトコで見ず知らずの子狐を探さなきゃならない理由が無いじゃない。無茶振りされても無視するだけやからそこんトコ夜・露・死・苦」
《しっしかし―――――》
そう無理無駄無茶はみっともないのよ。
それに口先の悪魔とまで恐れられるちんちくりん相手に口で勝とうとは片腹痛い。屁理屈大王のよの16番が血の涙を流して悔しがっているのを横目に僕は、ピュアとアンジェに準備をさせて移動の準備をしようとしていた。
《番頭殿、何をしておるのじゃ?橋に背を向けてこそこそと》
「わがどんにつんのうでもたもたなんざされんけん、わがたちで川ば渡ろうちしよっとたい」
《なんと!そのような手立てがあるのなら我らも同行させるのじゃ。我らが一緒となればあの方の覚えもめでたかろうて》
「わがどんばつんなわして白峯しゃんとけ行って無事で済む保証のあっとね?こげん罠に連れ込むごたっとに」
僕が顎でしゃくって落ちた橋を指し示すとちの19番が悔しげに下を向いた。
《それではどうあっても別行動をすると言うのじゃな?》
「そいけん隠密行動やけんて何度っちゃ言いよろうもん?」
《そうは言っても道案内も無しに先に進むとはあの方を甘く見るにも程があるのじゃ》
「道案内のあったっちゃ橋の落ちっとも解らんちゃろうもん。
そいけんわがどんはいらん」
《・・・》
「大体わがどんが白峯しゃんの手先じゃなか証拠はなかろうもん。そいにリアルタイムにこっちん情報ば向こうに垂れ流しよらんっちゅう保証もなかやっか。今こがんごつしよるとでんおいたちん侵攻への遅滞行為って取られても仕方んなかろうもん。
ばってん、わがどんの白峯しゃんにアピールしたかとかも知れんばってん無駄か努力ってもんじゃなかとや?
ウチん宇佐木の言うごつわがどんはウーちゃんば裏切ってこけおっとぜ?そがんとばだいの信用すってゆうとや。寝返ってくっとはいつかはまた寝返るって見なさるっこつば解っとらんやったとしたぎんわがどんは脳みそん湧いとっちゃなかとや?」
ここまで馬鹿にされてももちの19番に動じる様子はない。
《何を言い出すかと思えば埒もない事を。我らは御屋形様の為にならばと敢えて裏切り者と呼ばれる真似をしているだけじゃ。我らに二心が無き事、御屋形様は爪の垢ほども疑われはすまい》
「逆にゆうたら白峯しゃんからは何の信頼も得とらんっちゅうこつたいね」
《なっなんと!あの方が我らを疑っているなどとそのような事はあり得ん!》
「そいぎん、あん橋の一件はどがん説明すっとね。
白峯しゃんの信用ばうっため、敢えて罠に誘い込んとか。そがんじゃなかぎ罠ば教えてもらえぇじただの道案内程度の扱いで使い捨てにされようとか」
前者なら僕たちが信頼する理由はなくなるし、後者だったら存在価値がなくなるし。どっちの答えを選んでも僕たちからしたら置いてくだけだけどね。




