第216話 神々の黄昏(八百万の神々版) その3
【麿を軍師に任じられたのでおじゃりますから当然麿の案をお使いいただく事と麿は信じているでおじゃります】
さすがは魑魅魍魎が跋扈する宮廷を生き抜いた白塗りお歯黒だ。強かに筋肉ダルマを切り捨てちまった。
これが吉と出るか凶と出るかは敵の戦力次第ってトコだけど健闘を祈るってトコだよね。
行軍を再開しながらお諏訪様が心配気に白塗りお歯黒に囁きかける。
【弁財天殿の力が封じられ毘沙門天殿は後詰めへと下げられ、それでなくとも誉田別命を玉藻様の元へ留め置き今や我らの戦力は戦力と呼べぬほどでございますよ?】
【なぁに、その代わりに八百万屈指の戦力の大国主様や健御名方様がまだいらっしゃるではおじゃらぬか。弁財天様に置かれましても完全に封じられたという訳でも無く手加減なしで暴れられるほどの加減になったと言うだけの事、お気に病まれるには及ばぬでおじゃるよ】
【とは言え、出雲を譲る羽目になったあの折の争いで頭目となったのは父、副頭目であったのは我であったのは事実でございます。
またぞろその再演となりはしまいかと気に病むのは致し方ない事でございますよ。
更には我が妹八坂刀売命が足を引っ張らぬかと心配で心配で】
ヤサカ様の尻に敷かれっぱなしのお諏訪様、実は愛妻家だったとは(恐妻家だとばかり思ってましたが)!それに心配性なのがウザい!
これには白塗りお歯黒も苦笑いを浮かべている。
【普段の八坂刀売様のご様子を見ておりますと健御名方様に負けず劣らずのお力をお持ちであるとお見受けするでおじゃる。麿なんぞよりもお力になれるのは明白な事実でおじゃりますよ】
出ました、宮廷仕込みの褒め殺し!それにしてもヤサカ様の強さをあまり強調すると問題が起こりませんかね?
【つかぬ事を聞くのじゃが道真サンはわたくしを何だと思うておられますか?
わたくしは水神にして農業神、特に温泉に特化した神なのですよ?】
頬を膨らませ荒事には向いていないと主張するヤサカ様を、周囲は考えを表に出せずに沈黙するだけだった。これ以上の戦力低下を避けたと言うかとばっちりから逃げたと言うか・・・
【何を仰られるかと思いましたらそのような戯言を申されて。麿らが気を張り過ぎているとのお気遣いは有り難いのでおじゃるが既にここは戦場でおじゃる。
八坂刀売様の気持ちは涙が出るほどありがたい事でおじゃりますが今は気を引き締めて心を鬼にしていくのが定石と言うものでおじゃる】
【なんと!わたくしに荒事が務まるとでもお思いですの?】
【なんのなんの、貴女だったらそこにおられるだけで戦力は百倍にでもなるでおじゃるよ。
ご存知で御座いましょうが健御名方様と言えば世に響く豪の者でおじゃる。
そしてその力を存分に発揮するのは愛する奥方である八坂刀売様があってこそでおじゃる。その八坂刀売様がここにおわす、という事は今の健御名方様の力は常と比較にならぬほど満ち溢れているという事でおじゃる。
でおじゃりますから麿なんぞよりも健御名方様のお力に、ひいては首座様を始めとする御一行の力の源になっていると申して憚りが無い事でおじゃりますよ】
【・・・我が背、本当でございますか?
あぁ、なんてわたくしは考えが浅いのじゃ。ならばわたくしも心を決めたのじゃ!
道真サン、ご迷惑を掛けましたね。これからわたくしは弱音を吐かず共に参る事にするのじゃ】
こ、これが陰湿な公家社会を生き抜いてこれた詭弁か!あの怒れるヤサカ様を口先三寸で鎮めてしまうとは!ア〇ーンとかしなかったらこんなに頼りになるおっさんだったのかと認識を新たにしてしまった。
【みっちゃん、上手いとこ収めたやないけ】
【ウーちゃん様と来たら何を仰るやら、こないな事番頭殿に比べたら些細な事でおじゃりますよ。それに半分は本音でおじゃるよ?八坂刀売様はご自分の力の御自覚が無いだけでおじゃりますので麿の中ではしっかり計算の中に入っているでおじゃる。
それより早く本殿へ向かわねば次の罠が発動するやもしれませぬ故先を急ぎませぬと】
【それにつきましては報告する事が一つございます。
父上、弁財天殿の祠から神力の痕跡を見つけました】
【そうか、大して力を持たぬうらなりにしては随分と大技を仕掛けてきたなとは思っていたんだよね。この短時間によく細工を仕掛けられたなと感心していたが玉藻様から奪った力がどれほどのものだったのかと思っていたけど自力でやりおおせたのか】
【我も細工を施して小手先で我らを謀ろうとしたのではと思っていたのでございますが・・・実はその神力の痕跡からこのような物が出て参りまして】
不良中年たちはお諏訪様が取り出した物を見て顔を強張らせる。
【これは番頭殿が危ういのではないか?誰か向こうに注意を贈る事は叶わぬのか?】
【弁財天殿、これが何かご存知なのかな?】
【妾とてこの地に渡って既に幾歳か、それこそ八百万の神々とも付き合いは尽きぬものじゃ。
そうよのぅ、妾が渡ってきた当初は素戔嗚尊と殴り合いを演じた事すらも一度ならず有ったものよ。
これはウサギの・・・であろ?】
お諏訪様が皆に差し出した物は血塗れのぼろ布、いや、白兎の耳の切れ端であった。
重い沈黙がその場を支配し、それを破ろうと漸く不良中年が口を開いた時、彼方から何かが爆発するような音が響いてきた。
【まさか、そのような事が!先生の身が!急がねばなりません!】
【待て、どこに行こうと言うんだ、タケ】
参道を外れて裏手に駆けて行こうとするお諏訪様の襟首をつかんで不良中年が窘める。
【一番の戦力の貴方がどこに行こうと言うのでおじゃる。
戦を司る神でおじゃりますよ、貴方は】
【ぐぬぬ、しかし先生が!】
【だから本殿へ急ごうってゆうとんのやないけ!あっちを押さえたら全て終わる筈やないけ!】
こうして小走りに本殿への道を急ぐ筈の神々は混乱をするのだった。




