第23話 狸、狼を押し倒す
「どうせこのままじゃ、やられるだけなんです。一か八か使って見ましょうかね」
葛葉嬢はとっても嫌そうな顔で僕を見てますな。
そうは言っても相手の領域にもう取り込まれているんですからやるしかないんですよ。
「敵さんの数はぁと、本拠地に特大の気配が1つ、大きいのが2つ、中くらいのが5つ。それからこっちに向かってるのが中が3と小が12ってトコですかね」
「!!旦那さま、相手の様子がお判りになられるのですか?」
「狐塚さんと初めて会った夜に覚醒したらしくてね、多分強さを大きさとして感じ取れるみたいなんだ。
・・・もしかして判らないのかい?」
おずおずと頷く葛葉嬢。マジかよ・・・
「いるかいないかなら判断ができるので御座いますが個別の識別はちょっと・・・」
「できない事は仕方ないじゃないですか。
今、どんな札を持ってるんです?」
早くしないと間に合わないだろうが。
「はい、ええと。養成所の購買部で買った札が回復符5枚、金剛符3枚、除霊符3枚、封印符2枚で御座います。
それから自分で作ったのが回復符10枚、金剛符5枚、除霊符10枚で御座います」
「除霊符と封印符、回復符は名前のまんまだろうから説明は要りません。
金剛符っていう奴は何なんです?」
「手持ちの武器に貼って疑似的に霊に対する攻撃力を引き上げるものです。
ただ、私の作った札で10分程度で効力が無くなります」
「買ったお札だったら?」
「1枚10万するのに5分も持てませんでした・・・」
手製の奴の半分しか持たないのに10万?ぼったくりじゃないか・・・
「解りました。狐塚さん、貴女の書いた金剛符を分けてもらえますか?
貴女の仕事の足手纏いにならない程度に下っ端を少しでも削ろうじゃありませんか」
「オレにも手伝わせてくれ!このままじゃ【闇黒明星】の特攻隊長“疾風のカオルン”の名が泣くぜ!あいつらに一泡吹かせてやる!」
カオルン少年は、瞳に炎をメラメラと燃やしながらボルテージを上げているな。
ただ手には何も持ってないな・・・まさかのボクシングスタイル?
「薫君は素手で?この札は生きたものに貼っても効果は無いので御座いますよ?」
「へっ?じゃあオレはどうしたら・・・」
こんな時は屁理屈でも納得できれば通用するんじゃないのかな?
「はやてのかおるん君は素手じゃないじゃないですか。
その手袋に札を貼れば十分戦力になるはずです」
もう悪霊たちがすぐそばまで来てるんです、急いで!
葛葉嬢は僕のアイディアに納得してくれて、拳に付けた指抜きグローブに札を貼り呪文を唱える。
途端にグローブが淡くそして青白く輝きだした。
「10分間しかないので御座いますから急いで攻撃して素早く後退してくださいね」
「っしゃー!任せてよ、ねえちゃん!
じゃあ、行ってくる!」
カオルン少年はそう言い残すと一目散に走り出した、近づく悪霊たちに見向きもせずに本拠地を目指して。
悪霊たちは急に向きが変えられないのかこっちに漂ってきているけど、回り込まれたら孤立するのは目に見えているぞ。
・・・もしかして見えてないのか・・・
「狐塚さん、カオルン少年はもしかして霊が見えていないのかい?」
「見える方は霊能者の中でも上位の中のほんの一握りで御座います。
・・・もしかして薫君は取り囲まれたので御座いましょうか?」
「時間の問題だよ・・・すいませんがこれに札を貼って貰えますか」
葛葉嬢は頷くと僕の差し出すビニール製のバッグに札を貼る。
「じゃあ手遅れにならない内に「お待ちくださいませ。札を貼るだけでは効果は御座いません。呪文を唱えなければ」そうですか・・・急急如律令とかですか?」
「いえ・・・これは私のオリジナルですので呪文が違います。
私の後について唱えて頂けますでしょうか?」
僕は頷くと葛葉嬢は頬を紅潮させながら耳元で囁く。
『凭流勅使居呀破屠狗』
「凭流勅使居呀破屠狗」
呪文が終わると、金剛符が青く輝きだしビニールのバッグ自体が蛍のように明滅を始める。
葛葉嬢が顔を紅潮させたまま、早口で囁く。
「時間が来ると力は無くなります。それと繰り返してすぐには札は使えませんのでご用心を」
「わかりました。では急ぎましょう。
アンジェ、済まないが狐塚さんに霊がどこにいるか教えてあげてくれないか。
このままだと数で負けるだろうから、僕たちが雑魚を削ります。
狐塚さんは大物を除霊してください」
ダメなら僕たちは悪霊の仲間入りするしかない。
先走ってしまったカオルン少年を助ける為にもと走り出したけど、短い足が縺れて転んでしまう。
運動不足が祟っているよ、まったく。道路工事の旗振りは動かなかったからな。
素早くアンジェが人化をして僕を小脇に抱えて悪霊どもの中へと飛び込んでいく。
思わず突き出すビニールバッグに触れて悪霊たちが成仏していく。まるでいっぱしの除霊師にでもなったみたいだけどさ。
目の前に迫る悪霊のドアップに顔が引き攣るのが分かる・・・少し漏らしている事は内緒にして欲しい。実を言うとゾンビ映画とか全くダメなんだよ。
僕よりもやや本拠地寄りで踏ん張って、見えないながらも纏わりつかれた悪霊に拳を振るってカオルン少年も奮戦している。後で体調に影響が無ければいいんだが。でもそんなときの為に回復符って奴がある筈だから僕たちは頑張るしかないんだ。
僕を振り回しながらアンジェが葛葉嬢に悪霊たちの位置を教えている。
僕はお前の武器なのか・・・いい加減に目が回ってきたゾ。
何とかこちらに向かっていた先発組を退散させ、本陣に控えていた大物たちの中で中くらいの奴を2体成仏(?)させたところでカオルン少年の札が効力を失くした。
尚も攻め込もうとするカオルン少年を止めようと上から圧し掛かって押さえつけた時、僕は嫌な予感に襲われた。
「何をしやがる!あと少しじゃねぇか!さっさとどけろよエロジジイ!」
「かおるん君、君の拳を見てみなさい!もう光っていないじゃないですか。
時間切れなんですよ・・・僕も同じです。
後は狐塚さんに任せるしかないんです。
・・・エロジジイ?」
自分の下にいるカオルン少年の体が思ったよりも柔らかい事に気が付いた。
・・・もしかして、まさか、いやそんな筈は・・・信じられない・・・
もしかしてこの子は女?
「後はお任せくださいませ。
必ずや旦那さまの正妻として恥ずかしくない成果を上げて御覧に入れます」
張り切る葛葉嬢の声が遠くに霞んで聞こえる。
アンジェが横について敵の居場所を教えている。
僕はどうしたらいいんだろう・・・
「いい加減にどきやがれ、エロジジイ・・・責任取れよな(ボソッ)」
僕は無実だ・・・誰か信じてくれ・・・