第22話 狸、悪霊から逃げ損ねる
「・・・他の奴らみたいに“食われてなかったんだ”って事だよ・・・」
その言い方は、あの霊障を引き起こしている悪霊がやらかした事を何かしら知っているって事だよな。
「・・・“他の奴ら”ってどういう事なのでしょうか?」
だから、一々威圧を発動させるのは止めなさいってば。
「ウチの馬鹿親父が狐のねえちゃんを丸め込んで必要経費とかも出ない様な値段で除霊を請け負わせた後、他の食いつめた馬鹿共に全部除霊出来たら1匹ずつ相場の倍で支払うからって焚きつけて3日前に除霊をやらせたんだよ。
そしたらさ、親父の読みが甘くて10人の馬鹿が全滅しちゃって悪霊に取り込まれちまってよぅ・・・」
それで爆発的に力を増したって事か・・・
「あの悪霊が己級だって事は本当だったのかな?」
「さぁどうかな・・・霊障が起きて2つも3つも影を見かけたからって事で、霊が1つじゃなくて一番安い己級で祓わせようとか適当な事で依頼をしようとしたみたいだしな。
正式依頼にしたら見極めとかに金やら時間やらを取られるからって知り合いの所に話を持ち込んで、『お友達価格で』っとか虫のいい事を言ってあっちこっち門前払いされてたみたいだけど、狐のねえちゃんがやるって言ってくれた事で味占めやがって払う気もねぇ金額提示して人間搔き集めたみたいだけどさ、あんな事になって一昨日からドロンでどっかにトンヅラさ」
「そしたら損害賠償請求がキミの方へ行くんじゃないか」
無責任な奴みたいだな大上父って。
「ホントならそうなったんだろうけどさ、所詮闇営業で契約書も作ってなかったみたいで死んだ方が泣き寝入りみたいなんだ。
ギョウカイってそんな時って随分冷たいもんだよな」
「私が善意で受けた筈の仕事がこんな事になるなんて・・・」
「会社って組織を維持する為には、抜け駆けでいい目に会うような事例は自分たちの存在価値の否定にも繋がる一大事だからな。そりゃあ自業自得としか言いようが無いよ」
少年がヘルメットを取って非難めいた眼差しを僕に向ける。
浅黒く日焼けしてショートヘアで目がクリっとした美少年じゃないか。
背丈は僕と同じくらいで足の長さは向こうが圧倒的に勝ってるか。やや華奢な体形で女の子でも通るしモテる事だろう・・・僕とは違う世界に生きる生き物か。
「このちびデブ禿の三重苦ジジィ。オメェには人の情ってもんがねぇのか!」
「情があるからキミからの非難中傷にも堪えてここにいるんじゃないですか。
抑々今回死んだ連中は、与えられた情報を精査もせずに相手の経済力も考慮できず自分の力量も把握できていない大バカ者だと言っても過言ではないと僕は考えています。
自分の力量さえも見誤る程度の実力では、遅かれ早かれ命を落としていた事でしょう。今回が偶々その回だったというだけの話です」
言いたい事は、山の様にあるけど今の彼は感情に飲まれてて冷静な判断ができる様には見受けられない。
「旦那さま、私は貴方を見損なってしまいました。
ここは薫くんの為に一肌脱ぐのが私たちの進む道ではないのでしょうか?」
冥府魔道に進む筈の方から予想外の御指摘ですよ。この人、思い込みが激しくて突っ走り出したら止まらないからなぁ。
多分、この霊障事件の被害拡大に責任でも感じてるんだろうな。
「狐塚さん、少し考えてみませんか?
あの信号、どうなってますか?」
「ああ、さっきの・・・信号機、溶けておりますね・・・」
「薫君、キミ特攻するつもりでバイクに乗ってたでしょ」
「「!!」」
「霊障の根源を潰そうとか思って、ガソリンとか火薬とか抱えて突っ込もうとしたんでしょ?
でも僕たちに方法は判らないけど自分だけが救い出されて本懐は遂げられなかった」
彼は唇を噛み締めたまま俯いてしまった。
「父親がとった軽はずみな行動で無駄な死人を出したから、せめてもの償いとして現場を爆破しようとしたってトコかな?」
「だってよぅ、詐欺に遭ってそのまま死んじまうなんて生き方はあんまりじゃねぇか!」
「要するに義憤だった訳だ。
でも狐塚さん、現場を爆破できたとして霊障は解消できるものなのかな?」
葛葉嬢は、僕の物言いが不満なのか大上少年の身が不憫なのか顔を曇らせている。
「残念ながら悪霊には物理的な攻撃は通用しませんので霊障は続くことで御座いましょう。それどころか攻撃された事に激昂して被害が大きくなる可能性の方が大きいかもしれません」
「!! じゃあオレがやった事は無駄だったって事なのか・・・」
これで諦めてくれたらオンの字なんだけどねぇ。
「そうだとしても私が初めに請けた案件で御座います。
ここは私がキッチリ始末をつけるのが筋だと思うので御座います!」
融通の利かない奴は空気を読む気が無いようだけど、この場の雰囲気としたら僕の方が読んでいないのかも知れないか。
「依頼料はスポンサーが逃げてるんだから入ってこないんですよ?」
「私にも意地が御座います!」
「下見をしようかなんて思ってたくらいだから、道具は持っていないんじゃないのかい」
「そんな物、臨機応変に対応できていれば大したハンデにはなりません」
何とも勇ましい事よ、巻き添えを食う身にもなって欲しいもんだよ。
「“シャム猫の杏莉”、私の大事な旦那さまと薫くんを神域まで連れて行っていただけないかしら?」
《タマちゃん、アンタがどれだけ凄い妖怪だったかはウーちゃんたちから耳タコもので聞かされてたけどさぁ・・・もう逃げられないわよ?》
だよなぁ、まだ燃えているバイクの残骸の向こうから続々と悪霊たちがこちらに近づいてくるのが見えるよ。
大方、アイツの領域で今生きてるのは僕たちだけなんだろうから逃がさないって訳だな。それとも僕が見たせいでこっちに気付いたのか・・・
「もたもたし過ぎて敵さんからロックオンされちゃったみたいだねぇ。
狐塚さん、僕たちでも自衛ぐらいできそうな道具は持ってないよね」
「生憎と下見だけのつもりで御座いましたから式神も懐剣も用意できておりません」
《実があるものなら飛ばす事も切り裂くこともできるけどさぁ、実体が無くて呪を飛ばしてくる奴らとはウチって相性悪いのよねぇ》
「同じ陰の者でも、妖怪と悪霊は違うって訳なんだな・・・こいつはどうしたもんだか」
万事休す・・・なんて言いたかないがこの場を切り抜けるのは骨が折れそうだな。
「陰陽師と言えば式神とお札が相場だと思ってたけど、お札も切らしていたのかい?」
「効き目はどうかわかりませんが、自分で書いた札ならいくらか手元に御座いますが」
「どうせこのままじゃ、やられるだけなんです。一か八か使って見ましょうかね」
こちとら背水の陣だ、前に進むしか生きられる方法が無ければやるだけだ。