第21話 狼、参上する
「ちょっと待ってくださいませ!
私の許可なく現場に立ち寄る事はダメで御座います」
もう何と言われようと賽は投げられた。
これが吉と出るか凶と出るかは着いてのお楽しみという訳で、僕らは道を渡り稲荷社の祠に参拝をしてからその脇を抜けて問題の現場へと向かう。
祠から10メートルほど離れた所で神域を抜けたのだろう、周囲の様子が一変する。
神域での清浄な空気との対比からはもちろんだけど、ここまでの道すがらの平穏な雰囲気とも違うなんともギスギスとしたねっとりと肌に絡みつくようなこの空気感は異様の一言に尽きる。
「狐塚さん・・・」
「・・・はい・・・これは大変な事になってしまったようで御座いますね・・・」
《あらあら、いきなり本丸に突入?ヤバいじゃん》
アンジェよ、お前葛葉嬢なら大丈夫って言っていなかったか?
《ターさん♡、それはタマちゃんが準備万端整えていたらの話だから》
平気そうな顔して嫌な事を言いやがるなぁ。
「狐塚さん、君が依頼を受けた現場はここから近いのかい?」
「大通り沿いに信号2つ先から右に入ってすぐにある喫茶店で御座います」
「行った事あるんだ」
「1週間前に依頼をお受けする時に下見をする為に信号の所から確認を致しました」
1週間前は平気で近くまで行けたんだ・・・今じゃ大凡200メートル程離れた所へでも精神的に攻撃を与え続けているんだから、急成長もいい所じゃないのか?
「1週間前もこんなだったんですか?」
「この感覚はそれこそ信号の脇まで行った時にしか感じ取れませんでした」
「じゃあ、急成長・・・したのかな?」
葛葉嬢の威圧に比べたら屁の様な瘴気でも葛葉嬢にとってはかなりのプレッシャーになっているのか・・・
「養成所での座学では強力な“エサ”を取り込んだ時は勢力を拡大する悪霊がいるとは聞いております。1週間でこれほど“領域”を拡大したのだと致しましたら爆発的に拡張しているとしか申し上げられませんが・・・」
《タマちゃんの他にも、アレにちょっかい出して返り討ちにあった奴がいたとかさ》
「例えばあんな風なのがエサになるのかな?」
例の信号の向こうから1台の大型バイクが、こちらの方へ爆音を立てながら真っ直ぐ近づいてきている。
あのままだと途中にある霊障の中心点のすぐ脇を通り抜けそうなんだけど、霊障を引き起こしている悪霊がそのまま見逃してくれるかどうか・・・
「あのままだと間違いなく餌食になってしまう事で御座いましょう」
「アンジェ、アレをこっちまで飛ばす事はできるかい?」
《あんなに速いのは・・・いーや、ここは猫又の誇りに掛けてやったげる、ターさん♡の為に♡》
一瞬、そのハートマークは余計だなどと言う言葉が頭を過ぎったが余計な事を言ってアンジェの気を散らして最悪の事態になるのは嫌だから黙っとこう。
アンジェが招き猫よろしく前足で宙を掻くと目の前に一人の少年が現れた。
黒のヘルメットに小柄な体を黒のライダースーツで包んだ少年は、バイクに跨ったような姿勢で姿を現しバランスを崩して盛大に転がっている。
・・・えっ?バイクは?
凄まじい爆発音が前方から響き、慌てて目を向けると僕たちが目印にしていた信号にバイクが突入して炎上していた・・・運転者が(多分)ここにいるという事は僕たちが事故にしちゃったって事?
それにしてもバイクってあんなに爆発するんだ・・・驚いたよ。
「運転手さんだけでも救い出せてよう御座いました」
そんな事言ったって事故は事故でしょうよ、それに運転手って何よ。あれはバスか電車なのか?
そんなこんなで僕たちが事故現場を遠目で確認し合っている所に、さっき転がってた少年がやってきた。
「・・・どうなってやがる」
随分と声のキーが高い少年だな。まぁいきなり自分だけ飛ばされてくりゃ、何が何か解らないだろうしな。
「その声は・・・薫くん?」
なんだ、葛葉嬢の知り合いか?友達は選ばなきゃダメだろ、今時暴走族だなんて。
「えっ?狐のねえちゃん・・・そうか・・・生きてたんだ・・・」
「こら、旧姓は狐塚で御座いますけど今は狸小路なので御座いますからいつまでも“狐のねえちゃん”なんて呼ばないでくださいね」
「狐塚さん、妄想を既成事実の様に赤の他人に吹き込むのは止めてくださいよ。
それに僕の名前は田貫こ「妄想だなんて意地悪な言い方はしないでくださいませ!
ウーちゃんから見せてもらった前世でも前前世でも前々前世でも報われることの無かった私の思いが今世漸く実を結んだので御座いますのに!!」ウーちゃんに一言言わないといけないのか・・・ハァ」
最初に会った時はモブ扱いだったじゃないか・・・この半年ほどの間に彼女の頭の中は、〇ッター1がゲッ〇ー3にどころかトラン〇フォーマー並みの変形をしてしまったに違いないよ。変形だったらマク〇スのヴァル〇リーが好きだったなぁ。プラモも持ってたし・・・
思わず現実逃避したくなるほど、葛葉嬢の考えてる事が全然理解できない・・・
どんな時でも不動の平常営業を続ける葛葉嬢の恋愛脳に溜息を洩らしながら、取りあえずの確認をしておかねば。
「狐塚さん、この方は貴女のお知り合いでしょうか?」
「・・・例の喫茶店のオーナーのお子さんで大上薫君で御座います・・・旦那さま・・・」
葛葉嬢としては苗字でしか呼ばない僕に何か言いたそうだけど、そこはスルーして話を進めよう。
「ええと初めまして、僕は狐塚葛葉さんの知り合いの田貫光司と言います。
遠目ながら君が危うそうな感じだったんで、勝手ながらここまで引っ張り出しました」
「助けて欲しいとか言ってねぇし、これ以上近づいてきやがったら臭いが移る前にお前を毟り殺す!」
感謝してくれとかは思ってませんけどね・・・いきなり殺さないで欲しいなぁ、臭いに殺意を覚えた事は身に覚えがあるから否定はしないけどね。
でもやっぱり加齢臭がきついのか・・・みんなに迷惑かけてるよなぁ・・・
「薫くん、私の旦那さまに文句がおありでしたら私がお相手させて頂いても構いませんのですよ」
大人げないから子供相手に威圧をぶちかますのは止めなさいって。
さり気なく二人の間に立って、葛葉嬢の全てを射殺す極寒の氷の矢の様な視線から薫少年を守る。
柄が悪くても男成分が多い方が僕の精神的にはいいからな。
邪魔が入って憤慨する葛葉嬢を宥めながら改めて薫少年に問いかける。
「余計な事をした自覚はあるからホントにごめんな、けど、済まないけど状況が判らないから少し協力してもらえないだろうか」
「お、おぅ・・・そこまで言うんなら協力してやらねぇ事もねぇさ」
葛葉嬢の威圧が響いてるのか僕の下手からのアプローチが良かったのか案外素直に薫少年がこっちの話を聞いてくれて助かるよ。
「さっき、狐塚さんに『生きてたんだ』って言ってましたけど・・・アレはどういう意味なのかな?」
「・・・他の奴らみたいに“食われてなかったんだ”って事だよ・・・」
これはまた、不穏な事を聞いてしまいましたよ。