第20話 狸、狐の授業参観を決意する
「私の野望は旦那さまの野望、旦那さまの力は私の力。
共に手を携えて冥府魔道を突き進もうでは御座いませんか!!」
ウーちゃん・・・あなたが小細工しなくても葛葉嬢は確り世界の滅亡に向かって邁進しているように見えるんですけど・・・逃げやがったなポンコツ女神め。
《ウーちゃんたら、ヤバいからってすぐに逃げるなんてダメじゃない》
アンジェよお前は、基本他人事だからお気楽でいいよなぁ。
でもな、お前も僕の眷属なんだからもう道連れなんだよ、お生憎さま。
そんな僕の思いに気付いたのかどうなのかは不明だが、アンジェが急に身震いをして小首をかしげる。縮尺さえ気にしなけりゃ充分かわいいじゃねぇか。
「それでは旦那さま、出発致しましょうか?」
「ん?どっちへ?」
「もちろん、ハローワークで御座いましょ?それともどちらか急用でもお出来になりましたか?」
ぶっちゃけた事を言うと、一度気になった霊障が葛葉嬢が除霊する筈の物件だと聞いて興味が湧いた、というよりも気掛かりなんだ。
漂ってくる気配が、僕が今まで経験している不快感よりも1段階も2段階も禍々しさが半端ないんだ。
それも神域の向こうからの気配がだぞ?もうこれは瘴気と言ってもいいんじゃないのかな?
己級とか言われて真に受けてると、とんでもない事になりそうな気がするじゃないか。君子危うきに近寄らずとかって言いたいけど、僕は君子ではないし前世が誰であれ女の子を一人で危険なところへ追いやるのはとてもじゃないが寝覚めが悪い。
「狐塚さん、現場の下見に僕も同行させてもらって構いませんかね?」
「まぁ!愛する妻の働く姿を一目見ておきたいだなんて恥ずかしいでは御座いませんか!
ええ、今すぐ参りましょう!」
適当に既成事実化する妄想に歯止めが欲しいと思うのは、僕の方だけなんでしょうかね?
いい加減、葛葉嬢にイラっとしながらも適当な返しのセリフが思いつかず、何となく腰を浮かしてしまった。
《ターさん♡って押しに弱すぎじゃない?少しは抵抗してよ、面白くないじゃない》
「ねぇ“泥棒猫”、三味線に張られたくなければ余計な口は挟まないで下さらない?」
うっ、そこいらの霊障じゃ太刀打ちできないド迫力の威圧が、葛葉嬢からアンジェに叩きつけられて巻き添えを食った僕が思わず漏らしそうになったじゃないか。
当のアンジェは殊更に太々しく大きな欠伸をしてみせる。
最初の時のビビりまくって挙動不審になっていた奴と同じとは思えないよな。
「・・・太々しいと言うか逞しいと言うか・・・」
《ターさん♡、毎日のように威圧されてたらそりゃあ慣れるわよ。
ウチだって長い間この世界にいるんだからこんなのやらあんなのやら色々経験してるし、いい加減慣れてないとやってけないわよ》
妖怪の鈍感力、恐るべし。
「くっ、化け猫の分際で《化け猫みたいな半端モンと一緒にしないでくれる?ウチは猫又だから》うっ五月蠅い泥棒猫で御座いますこと。
とにかく旦那さま、ハローワークに顔を出す前にちらりと下見でもしてまいりましょう。ほんの少しちらりと見るだけで御座いますので時間は掛からない事で御座いましょう」
意気揚々と腰を上げる葛葉嬢に引きずられるように立ち上がる僕を、アンジェが呆れたように見ている。
「どうかしたのか?」
《ターさん♡が心配して付いてくるって言ってる事に気付かずに舞い上がって燥いでるタマちゃんがねぇ・・・》
アンジェがどうやら僕にだけ出したらしい念話に、僕も苦笑するしかないな。こんなに胸騒ぎがするのにこのままでいいのかってね。
とは言え、付いて行っても僕に何かができる訳でも無いし、足手纏いになる可能性の方が大きいから『小さな親切大きなお世話』である事は間違いない。
邪魔な外野を気にすることなく、自分のペースで事に当たればきっと騒ぐ事にはならないだろう・・・でも心配なんだよ。
多少はあの目にも慣れてきた事だし慕ってくれて情が移ったという事もある。
ただただ、あの子の見立て違いな様な気がして不安が隠せなくなってるんだ。
「狐塚さん、つかぬ事を聞いて面目ないんだけど君に任された霊障が己級だって教えてくれたのは誰なんですか?」
「依頼をされた大上さんで御座いますが?
それから私の名前は葛葉で御座います、旧姓でお呼びになる事はお止め頂けませんか?」
さりげなくなんて事を言うんだ。まだ君の姓は狐塚だ。
「あー、その大上さんに霊障のランクを教えてくれたのは?」
「もう・・・そこまでは聞き及んではおりませんが・・・何かご不審な点でも?」
「いやいや、誰がどうやって決めているのか気になっただけで、他意はありませんから」
もしその大上とやらが、金を節約しようとして過小評価でもしていたのなら豪い事になるぞ。
でも下手に口出しして葛葉嬢のやる気を削いでしまっても後々に祟る事になりそうだし、かと言って葛葉嬢のやる気に任せて一大事にでも発展しようものなら一生後悔の念に苛まれながら生きて行かなきゃならないだろうし・・・抑々そういう事態になった時は、こっちの命も散った後だろうからここで悩むだけ無駄か?
「まぁ、どっちにしても現場を見ないと始まらないか・・・狐塚さん、案内してもらえますか?」
「・・・」
「狐塚さん?」
葛葉嬢はそっぽを向いたままでこちらに振り向こうとしない・・・どうした?
《ターさん♡、タマちゃんはきっと拗ねてるんだと思うの》
「なぜ?」
「旦那さまはどうされたので御座いましょう。私の父親とでもお話になられてるので御座いましょうか?
ここには葛葉しかおりませんのに」
この期に及んで実力行使かよ・・・
《ターさん♡、敵は途轍もない頑固者よ。ここは戦略的な撤退をした方が「泥棒猫如きが横から口を挟むのは止めて頂きたいもので御座いますね」
むっ!何さ、せっかく丸く収まる様にしたげようと思ってたのに》
妖怪にまで気を使われて我ながら情けないよ。
でもまぁ、そっちがその気ならこっちはこっちで勝手に動いちまおうかね。
「アンジェ、狐塚さんは耳が遠くなっちまったみたいだから、僕たちだけで行っちまおうか。
問題あるかい?」
《アハハ!そいつはいいや!
ウチはターさん♡の眷属なんだからきっちりついて行くよ♡》
自分の思う展開にならなかった葛葉嬢は目を丸くして驚いている。
いつも睨まれているからそんなに目が開くなんて思わなかったよ。
「え?え?え?
あの私の仕事なんですけど・・・?」
「遠目で見るだけだけどホントに大丈夫なのかな、アンジェ」
《うーん、ターさん♡は素人だけど用心すれば問題ないと思うわ》
「ちょっと待ってくださいませ!
私の許可なく現場に立ち寄る事はダメで御座います」
漸く動き出したよ。やっとこれで確かめられるな、葛葉嬢の腕前を。




