閑話 稲荷神、怒る
取りあえず閑話1本投下でございます
今回は映画のタイトルからサブタイトルをひねり出してみました
それでは本日もよろしくお願いします
【ええい、どいつもこいつも信心が薄うなりよって・・・】
暗闇で独り言ちるのは、へそまで届こうかという長い白髭をしごくツルリと禿げあがった老人だ。
【どないもこないも、オドレの普段の所業を見てみぃ、それでもなおの事参ってくれてるとか考えるんが真面もやないて。それを人間の信心のせいにするやなんてどないしようも無いクズ中のクズやな】
老人に白い眼を向けながら大きな白狐に跨るやや年増の美女が切って捨てる。
【ああぁ?あの傾奇者のスサノオの子の癖しよって儂に意見するとはどういう了見じゃ!抑々じゃ【抑々なんやねん。
ワテのこっちでの身分ってのは倉稲魂命に比定してオドレらが勝手に編纂していった神系図によるでっちあげやゆう事をよもや忘れた抜かすんや無いやろな?
ワテの本性は長江で興った稲作の豊穣を司る神やど?この眼で夏が興り栄え滅び、殷が建ち拡がり朽ちていき、周がそれにとって代わっていくのかて見て来とるんや。
そして稲の伝来とタマちゃんの輪廻に付き合うてこの島国に流れ着いたんや。
外の世界もよう知らんくせしてふんぞり返っとるオドレとは見て来とるもんが違うんや!
ワテが薄氷を踏む思いであのタヌキを扱うとる間オドレは何をしくさっとった!
出禁を理由に漫然と過ごしとっただけやないけ!
ワテはな、このままタマちゃんらに付き合うて世界を滅ぼす側に回ってもかまへんのやで】
くっ!口の減らん大年増め!今に見ておれ!】
口惜し気に相手を睨む禿はハゲタ彦こと“猿田彦命”、憎々し気に猿田彦に舌を出すのがウーちゃんこと“倉稲魂命”だ。
猿田彦と言えば白髭神社の主祭神で各地の稲荷神社にもよく合祀され道祖神としても馴染みのある神で妻は天の岩戸を開く為に日本初のストリップをやってのけた天宇受売命だったりするんだが・・・以前『妻は山姥』呼ばわりしていたので夫婦仲はきっと冷めている事だろう。
一方ウーちゃんにしても稲荷神として主祭神の身を援けてくれる猿田彦とは疎遠ではなかった筈だ。
【んで、出禁のハゲが何用や。
ウズちゃんとまだ仲直りできてひん癖してタマちゃんに粉かけようとかしてんやないやろな?】
【何を抜かす!あんなケモノ臭い小娘に懸想する程、儂は落ちぶれてはおらんわ!
アレには一人動物園のタヌキがお似合いじゃわい!】
【ならなんで一人じゃ結界から弾き飛ばされるあの店に潜り込もうとしとんねん】
【・・・ここだけの話じゃが・・・讃岐のボケがあの霊災以来何か企んどる。
どう考えてもあのケモノ絡みじゃ。
老婆心ながらもケモノとツガイに一言言っておきとうてな】
【素直にそう言っておればあやつらにこれほど邪険にされまいに・・・道祖神殿は気配りは上手やが露悪趣味が過ぎるで。
今時の言いようやったら『つんでれ』っちゅうヤツやでまったく。
ワテも讃岐のボンクラには一言釘を刺しといたんやがまだ諦めとらんかったか。
みっちゃんも気にしてマー君に働きかけてるらしいんやけどあの風見鶏も煮え切れんヤツやから放置状態って事なのやろか?
ワテら神ゆうんは信徒がいる内が賞味期限なんやで?信仰してくれるもんがおれへんようになったら消えてまうか邪神にじょぶちぇんじするしかないんや。
その辺の空気が読めんヤツが神とは情けないやないか、なぁハゲタ彦よ】
【だ、誰がハゲタ彦じゃ!
まぁ、ハゲは事実じゃから認めとくわい。
お前も一声掛けとるのなら儂の杞憂(考えすぎ)なのかも知れんなぁ・・・】
猿田彦の独り言めいた最後の呟きにウーちゃんは溜息を吐きながら首を振る。
【あれはワテの言葉など気にも掛けてはおらんやろうな。
そやからワテはみっちゃんにタマちゃんらの後ろ盾になってくれへんか打診しとるんや。
ワテは渡来の豊穣神、ボンクラは土着の祟り神。
接点が無いさかいワテの言葉はあれには届いとらんのや。一縷の期待を込めて声を掛けても梨の礫やったけ祟り神の長に頼んでみたんや】
【では解決したも同然じゃな!】
能天気な猿田彦の問い掛けに深い溜息で返事を返すウーちゃん。
そこにひょっこりと福々しい笑みを浮かべた太めの壮年の男が姿を現す。
【ウーちゃん、サル殿、こんなトコで何やってんだい?】
【見て分からへんのか、とっつあんは相も変わらずにぶちんやのう】
【折角この星の人口を10分の1にする秘策を練っとったのに邪魔するでないわ、このすっとこどっこい】
口々に後から来た男を罵る二柱。当然罵られた方も神だ。
【冗談でも恐ろしい事を言わないでくれないかい?
九尾の狐殿の亭主を殴るだけで簡単に達成しそうな凶事をサラッと言われても困るんだよ】
【そうならへんように日々努力を重ねとるんやないけ。危険手当でも欲しいとこやでったく】
【そう言えばすっとこどっこい殿は元々国譲りをさせられた憤怒神であったな。
言わば初代祟り神という訳じゃ】
猿田彦にそう話を振られて笑みを引っ込めて渋面を作る男は大国主命。現在の八百万の神々の頂点に立つ男だ。
【過去の因縁は首座に就いた時にもう流しとるからそう突っ込まないでくれないかい?】
【すっかり丸うなったもんやな。
もう昔の骨のあったとっつあんはもうどこへもおれへんちゅう事や】
【ウーちゃん、そうは言ってもお前の言うトコの“土着の祟り神”の元祖はこのすっとこどっこいじゃ。
あの跳ねっかえりの頭を抑え込ませるのに適任じゃないかのう】
渋面をいよいよ深くして恨みがましく猿田彦を見つめる大国主命。
【チクチク過去をいじるのは勘弁して貰えないかねえ?
・・・跳ねっかえりってのはもしかして讃岐の帝かい?】
【そうや。
オドレがしっかりしてへんさかい、あれがタマちゃんにちょっかい出し掛けとるんをどないやって止めるんか知恵を絞っとったんや。
一応ゆうとくけどみっちゃんはあかんかったで。
ありゃ実力は一番やのにヒトやった頃の身分を気にしくさってマー君にすら上から物を言えんのや。
(平氏と源氏は元々天皇家から臣籍に下る時に与えられた姓。菅原家は元から公家でしかない)
そやから思うて直にみっちゃんをタマちゃんらと引き合わせてみれば、縁続きになった記念やゆうて贈った筈の付喪神が余計な事をしよったもんで終末時計の針が30秒ほど進んでしもうとんのや。
予想のはるか上を行ってくれるんで頭がいとうてかなわんわ】
九尾の狐絡みでは自分もやらかしてウーちゃんから大目玉を喰らっている大国主命としては溜息しか出てこない。
【狐殿は神の自覚が芽生え始めてるのかい?】
【んなもんワテがちゃんと仕込んどるさかいバッチリや、“オロチ”を成敗してもろうとるのにノーカンやゆうたどこぞのボケとは心構えが違うわい!】
思わぬ藪蛇に首を竦める大国主命。
【どうにかあの夫婦を出雲に呼び寄せられないかねえ、資格はもう十分なんだから】
【タマちゃんはともかく旦那さんに自覚があらへんさかいどうしよう無いで。
“猫”を素手で動かして何ともなかった時点でもうヒトを止めとんのに本人は普通のつもりやもんなぁ】
【弁天か毘沙門に話付けて出雲に攫っちまえば済む事じゃろう】
ウーちゃんは猿田彦の荒っぽい提案に思わず蹴とばす。
【仏神に借りは作りとうないゆうて散々ごねたのはどこのドイツや!オドレやないけ!
無理やりそないな事しようもんならタマちゃんどころか旦那さんまで向こうに転んでまうやないけ!】
こうして結論の出ない話し合いは延々と続き、また一日貴重な時間を失っていくのだった。
このタイトルから『大魔神、怒る』に辿り着いた人って何人ぐらいいるんでしょうね?
まぁとにかくまた次回