第19話 狐、狸に野外授業する
「とんでも御座いません。父の御友人のお知り合いなのですからお友達価格として正規の半額でやる様にしておりますよ」
葛葉嬢は、とんでもないダンピングで仕事を引き受けたらしい。
そんなに人が良いんならもうちょっと僕に優しくなって欲しい。
「仕事って・・そんなに・・・簡単に・・済むんですか?」
「お話を伺ったところ、初級が群れた己級だという事で御座いましたので今日2度目の下見をして明日本番とするつもりで御座います」
「・・・初級・・群れた・・・?・・己級・・・?・・・大丈夫・・なんですか?」
「ええ、お任せくださいませ。群れたところで所詮は初級で御座います。
養成所一と謳われた私の実力を以ってすれば、悪霊など立ちどころに昇天させる事になるでしょう」
ちょっと待て、卒業できなかったのに養成所一だったのか?どういう養成所なんだよ。
おい、ウーちゃん。葛葉嬢は大丈夫なのか?
【あら、タマちゃん。
えらいこっちゃで、自分の旦那さん自分の事心配してくれよるで!間抜けな顔してても情はあるやんか、このこの】
このポンコツ女神に聞いたのがバカだった。煽ってどうする煽って。
仕方ない、怖いけど目を見て話をしてみよう・・・逃げたい・・・
「き、狐塚さん・・怒らないで・・・聞いて・・くださいね・・」
「ハイ!初めて目を見て言ってくれましたね!なんなりとどうぞ!」
キラキラした目が眼光鋭く輝いて、僕の心臓を鷲掴みにする。
恐怖で硬直する身体を無理やり動かして体ごと葛葉嬢の方に向ける。
震える声を無理やり振り絞って話しかける・・・この娘はきっと性根の優しいいい子だ、いい子に違いない・・・
「説明して・・もらえますか?・・・初級と・己級の違い・・ですけど」
「霊障の区分として最も軽いのが初級で次に軽いのが己級で御座います」
「ランクは・解りました。・・その実態は・?」
「初級の定義としては『一つの建造物に被害を与える、又は一人に被害を与える』。
己級の定義としては『一つの地区に被害を与える、又は複数の個人に被害を与える、或いは初級の集合体』という事になっています」
「それでは・個人の家で起きる・ポルターガイストは・・初級、事故が・起こりやすい・道路脇の街灯・・は己級、ぐらいの感じでしょうか?」
「まぁ、大凡はそういう風に考えられても結構かと思います」
僕も、僕の初歩的な質問にも僕の目を見つめながら真摯に答えてくれる葛葉嬢に漸く慣れてきたみたいだな。
「アパートとかで複数の部屋で聞こえるラップ音はどちらですか?」
「ラップ音だけでしたら初級、でもラップ音は更なる霊障の兆しである事も多分にございますので己級程度の覚悟と装備で当たるのが相応かと思われます」
「では、対応する装備とか陣容の編成とかは?」
「それにつきましては、各宗派によって異なりますし門外不出の秘儀なり道具なりがあるとの事で詳しくは教わっておりません。
でも、たとえばキリスト教系のエクソシストで御座いましたら、初級でしたら十字架を掲げる係と聖水を撒く係、聖書を読み上げて昇天させる係で4名ほどのチームで行う事が通常となるそうで御座います」
・・・エクソシストが初級ですら4人がかりでやる事を、君は一人でやるつもりかい・・・
「宗派で違うという事は、陰陽道や仏教なんかだと又変わってくるという事なんだね」
「そういう事で御座いますね。
神道だと祓い清める事に重きを置いてますから玉串と鈴と塩が必須になってまいりますし、仏教だと加持祈祷で霊障解消を図りますから護摩を焚いて法螺を吹き金剛杵で打ち据えるみたいなスタイルになると思います」
「陰陽術となると又違ってくるんですか?」
それまで僕の目を見て説明していた葛葉嬢が、ふと目を伏せてしまった。
「私が養成所に通っていた事は御存知で御座いましょう?」
「はい・・・」
「私が歴代の養成所の生徒の中で最も霊力に恵まれ技量も本職に引けを取らないとお墨付きを頂いた特待生で御座いました事は?」
「すいません、初耳です」
「いいえ、気まずくてお教えしておりませんでしたのは私の方で御座いますからお気になさらずに・・・
そうで御座いますね、旦那さまは今この国に霊能者団体がいくつあるとお思いで御座いますか?」
言い辛いんだろうな、途中で話題を変えるなんて。
でもそんな団体がいくつあるかなんて知る訳無いでしょ?
「50くらいですか?」
「都道府県に一個ずつ、みたいな感じで御座いますか・・・実は300以上あるそうで御座います」
あり過ぎだろう・・・
「まぁ、これは個人経営の胡散臭いものまでの概算で御座いますのでそうお気になさらずに。
実際には上位16社で全体の98%のシェアがあるそうで御座います。
その上位16社が鎬を削りながら今の隆盛が築かれたのだそうで御座います。
上位16社ですので“16強”或いは“メジャー”と呼ばれていて、それ以外は“野良”と区別されています」
《タマちゃん、話まだ長いの?それにさぁ、鎬を削ってって言うより足の引っ張り合いじゃないの?》
あっ、長引く話に飽きてアンジェの奴、人化を解いたな。
「堪え性の無い“泥棒猫”で御座いますわね。
背景を御説明させて頂かなくては真の理解はしては頂けませんから、もう少し御待ちなさい」
【ワテの顕現出来る時間もそろそろヤバいから、早うしてぇや】
「ウーちゃんは、さっさとお帰りになられてても結構で御座いますのよ?
もう、話が進まないでは御座いませんか・・・ええと、先程説明した通りに除霊の仕方には、それぞれの宗教の流儀と言うか作法と言うかそう言う物が御座います。
そのせいでこの業界には統一した協議会とか連合会とかなどと名乗る統括団体が御座いません」
「でも、さっきの職安には何とか連合会のJVとか書いてあったよね」
「はい、“日本昇天遂行連合会”で御座いますね。
あれはキリスト教系の統括団体で御座いますね。
他に仏教系だと“全国救世連合会”、神道・陰陽道系ですと“日本霊能者連合会”、地方団体大手3社の“草の根協議会”等と言う物が御座いますが、業界全体を纏め上げる様な組織は存在いたしません」
《よくもまあ似たようなもんを色々並べて“|団栗≪どんぐり≫の背比べ”やってんのね》
【霊能者連合会からは何度かワテの神社にも寄進があったようやけど・・・タマちゃんJVって何なん?】
「さあ、連合会の事でしょうか?」
「企業共同体って言うのが日本語での表記になる言葉ですよ。
大きな仕事を受ける為に企業同士が臨時にタッグを組むって言ったら解ってくれますかね?」
実は、土建屋さんでよくある形態で道路工事のバイトしていたトコもJVだったりしたから知っているんだ。
《ターさん♡、カッコいい♡》
【シャム猫の杏莉、やかぁしいわ!】
「まぁ、そうすると流儀が近いキリスト教系の霊能団体が自分たちの連合会でJVを組んで仕事を請け負ったと言う訳で御座いますね」
「流儀が違うトコとだったら、まず手順の擦り合わせ辺りから話が始まるんだろうから当然の成り行きだろうね」
「そこで私の選んだ陰陽師で御座います。業界で陰陽道の系譜に御座いますのは、3位の“浄霊清浄社”と11位の“東京晴明神社”で御座いますが、実は双方とも現在育成をしておりません」
「でも養成所に行っていたんですよね?」
「はい、ですので裏技として大手で唯一系統に係わらず除霊をこなす4位の“全日本霊能者連合”が作っていた養成所に入って勉強を致しました」
修行じゃなくて勉強をしたんだね・・・
「養成所でも陰陽師の講師はいらっしゃらず、使う札は通販でテキストはオカルト雑誌の付録などを搔き集めて勉強をしてまいりました。
術式は多少違っているかも知れませんが、威力と精巧さでは即戦力であると養成所長様からもお言葉を頂いておりました。
養成所を卒業する際も、大丈夫だとお墨付きを頂いていたので御座います。
でも・・・除霊清浄社も東京晴明神社にも採用はして頂けませんでした。
連合でも私一人しかいない陰陽師では仕事を組めないからと入れてはもらえませんでした。
就職するための養成所で御座いますのに就職できませんでしたので、卒業は取り消し、“連合”でしか通用しない陰陽師の仮免を持たされて私は世間に放り出されたので御座います」
だから陰陽師(仮)だったのか。
それで実績を作るためにダンピングしてまで仕事を取ろうとしているのか。
「私は、私を採用しなかった“清浄社”や“東京”、そして私をいなかった事にした“連合”に復讐をする為に立ち上がりました!
私の野望は旦那さまの野望、旦那さまの力は私の力。
共に手を携えて冥府魔道を突き進もうでは御座いませんか!!」
この娘は、骨の髄まで悪神に向かって突き進んでいると思います・・できれば巻き込まないで欲しいよ・・・




