第17話 狐、黒猫と張り合う
『告 霊障解消の為、当公共職業安定所は本日9月10日~9月20日迄閉鎖いたします』
はっきり言ってこの街の職安と市役所は場所が全然近くない。
直線距離でも5、6キロは離れてて普通に道なりに歩いて行けば2時間近くになりかねないし、バスを利用しても直通は無いから乗り換えが必要な上便数が少ない。おまけに鉄道ときたらこの近くにある最寄りの駅を含めて、全て市役所をディスってるとしか思えない様な配置で便が悪い事この上ないと来た。
今寝泊まりしている祠からここまでは歩いて10分。
戻ってウーちゃんに頼んで最寄りの祠まで飛ばしてもらうなんて裏技もあるにはあるけど、そんなことで神様を使いっぱしりに使うのは忍びないな。
本人からは気軽に使ってくれとか言われてるけど、当直の稲荷狐の憎悪に満ちた涙目が目に入ると小心者には無理だよね。
それ以外となると葛葉嬢の運転する車での移動となってくるんだが・・・僕は命が惜しい。
なんせ彼女の自家用車と思われる車ときたら何度か見た事はあるけど、両サイドには大抵前から後ろまで擦ったというよりえぐったと言った方がいい様な痕跡が深々と刻まれ、サイドミラーもどちらかが壊れてぶら下がっている。バンパーと言えば前も後ろもべこべこになってるし乗ってる人間が無事なのが信じられないくらいの有様だ。
アレの助手席に乗れ?・・・心臓に相談させて貰っていいですか?生命保険だって切れてるし退職金だってもう残っていないんだし葬式出すぐらいなら骨の捨て場所を探しに行きたい位の貧乏なんですけど。
本人は偶々弟さんが事故を起こした後でこれしかないから乗って来たとか言っていたけど、ダッシュボードの上に飾ってある首の取れた人魚とか足が捥げたケルベロスとかの人形も弟さんの趣味なんですよね?
それとも弟さんとやらは、葛葉嬢を僕に取られたくない重度のシスコンか何かで一生懸命体を張って妨害してるとでも?父親も相当だと思ったけど弟もだとしたら、遠くから眺めていた方が楽しい一家だとしか言えんよね。
物心両面の安全性の面から車移動は断念するとして後は2時間の歩きか。
正直、この二人にくっつかれたまま2時間も歩くとかって僕にとっては拷問に等しい所業でしかない。コミュ障を舐めてはいけない。
「・・・狐塚さん・「なんで御座いましょうか、というより私の名前は葛葉で御座います」・・・あ、あのぅ・・・」
食い気味に来られると質問を忘れる・・・あの目が怖い・・・
「・・・・・狐塚さん・・・は・・・いつも・・・僕に・・・付き添って・・・くれてます・・けど・・・お仕事・・・されてますか?」
陰陽師(仮)の(仮)が取れたと言う話は本人の口からもその周りの狐たちからも一切聞こえて来ないし、昼間はほとんど僕の横に居るし正体が不明なのだ。
「仕事は・・・もちろんやっておりますわ。ですから、いつでもいらしてくださって構いませんので御座いますのよ?泥棒猫だってもちろんウチには上げてあげますわ、検疫が済むまではずっと別室になりますけど」
《検疫って何さ、ウチがターさん♡の為に磨き上げた珠の肌を何だと思ってるんだい?》
「貴女の焼け焦げたような肌が問題なのではなくてジステンパーとかカニコウラとかフィラリアとか狂犬病とか《全部犬が掛かる伝染病じゃない!だったらタマちゃんもエキノコックスの予防注射打っとかなきゃならないでしょ!》私はキタキツネでは御座いません!《ウチだって代々シャムの王宮で育てられた高貴な系譜の猫又よ?どこぞの役立たずの狛犬どもと同列に見られちゃ沽券に係わるってものよ!》」
仲がいいのか悪いのか判らないが、僕の頭越しで言い合うのは止めてくれ。それにしてもアンジェはよく犬の伝染病まで把握してるんだね、感心しちまうな。
でもさ、どさくさ紛れに僕の腕を抱え込んで胸を押し当てるのは勘弁してくれ、逃げたくてたまらないんだよ。
本性がナニか解ってるのに心臓がバクバクするのはなんでなんだ。
「旦那さま、何なら私のお仕事にお付き合いされますか?いつでも大歓迎いたしますわ。ただ、夜のお仕事ですから眠いかもしれませんけど・・・」
夜の仕事って事は水商売か?キャバクラとかの同伴出勤って奴?
そんなの対女性コミュ障の重篤患者には遂行不可能なミッションだよ。
なんでそんな意地悪を言ってくるんだ・・・僕の心の病を癒していきたいとかそういう親切心からなんだろうけど余計なお世話だよ・・・
それにしても陰陽師の資格が仮免じゃ、そっちの仕事もできる筈が無いしこれだけの美人で高学歴なのに勿体ないよな、僕の好みじゃないけど。
だから、君も僕にくっつくの止めてくれない?歩きづらいし恥ずかしいよ。っつうか息が出来ないんですけど!!胸で鼻を塞がないで!!
《タマちゃん、ターさん♡が嫌がってるからもう少し離れたげたら?》
「まず、その腕を解いてから仰ってください、旦那さまの顔色がもう真っ青になってるでは御座いませんか!」
僕の事思ってくれてるなら、二人とももう少し(本音は一杯)離れてくれないか、息ができない・・・
あまりの二人からのスキンシップとプレッシャーから僕が気を失いかけると、アンジェが僕を抱え上げ慌てて近くのベンチまで運んでくれる、のは有り難いんだけどお姫様だっこされるってのは黒歴史に新たな1ページを追加してくれる事になった。
悪意が無い事は解っている、僕の精神がヤワだからという事も解っている、ただいい年こいたおっさんが見た目が若い女の子(太平洋戦争の記憶があるらしい事に気付いてはいても)にお姫様だっこはどうなのか・・・いろんな事が頭をよぎっていても今現在葛葉嬢の膝枕でベンチで横たわっている現実からは逃げられそうもない。
「旦那さま、私のお仕事は何だと思われますか?」
膝枕をしてもらっている立場として、思った通りにキャバクラ嬢とは言う訳には行かないよな。
「仮免・・とは言え・・・陰陽師・・なんですから・・・除霊・・してるん・じゃ?」
もしやっていたら本免許じゃないんだから闇営業になるだろうから違う筈だ。
やはり、葛葉嬢は切れ長の目を目一杯見開いて僕を凝視しながら硬直している。
不正をしていると疑われた事に驚いているのだろう、僕は慌てて謝罪を口にした。
「あ・・いや・・・そういうつもりで・・・言った「なぜお判りになったのですか?」・・・へっ?」