第157話 人魚、真名を明かす
2020年4月29日になろうでこれを投稿しだして丸2年が経ちました
それを記念して、と言うよりもGWだからという事で5月5日まで・・・6日が金曜だから6日までか・・・毎日投稿します
そんな事より本日もよろしくお願いします
「それじゃ始めようかの」
まだ蝉の声も始まらない梅雨時の山中に緊張が広がっていく。
見守るのはわずかな人間と30ほどの人外たち。
その中でもまだ暴れないようにと船幽霊に確保されたままの狸の悲痛な様子やその子供たちの祈祷に対する無垢な期待、施術者の腕前を見極めようとする人間たちの息遣い。
その全てを背負って除霊を行おうとしているのはシリウスの採用試験に呼ばれた益岡老人だ。
伸び放題の白髪をポニーテイルのように纏め、擦り切れた派手な柄のアロハシャツにボロボロのバミューダを身に着けた老人の顔がキリリと引き締まる。ぼうぼうの髭に隠れた口元が何やら呪文でも唱えているようだな。
何かの足しになればと急ごしらえに作られた祭壇には、猫又たちが持って来た塩と米がコーヒー皿に盛られ紙コップに入った清酒が哀れを誘ってるよ。
そして老人が、祭壇に一礼をしやおら即席の御幣を振り上げると祈祷が始まった。
「畏み畏み申す。
我、日の影たる山中より日ノ御子たるわだつみの主に願い奉るものなり。
祓い給へ、浄め給へ。祓い給へ、浄め給へ。願わくばみちのくの山中にて現れし戦の亡者の御魂を黄泉の国へと還らせ給へ。
七福神温泉郷の毘沙門台より寿朗原へと至る山道にて神に連なる者に争いを仕掛けたる化け狸に憑りつきし亡者を鎮め給へ。
黄泉の国より迎へが来ざらば元なる器に戻し給へ。
伏して伏して僕なる我が願い叶え給へ。
救わざるはわが命差し出すものなり、恵比寿神こと事代主神よ、我が名は益岡広之進なり。努々違う事なかれ」
・・・そうだった。この人、恵比寿様の力を拠り所にしてお祓いしてたんだった。チームシリウスで神の座から引きずり下ろしちまったあの恵比寿様だよ。
あんな目に会ってるのにまだ宗旨替えしてなかったんだ・・・どうしよか・・・
なおも御幣を振って一心に願う老人に期待と不安が募っていく。
いつの間にか風が吹き始め霧が掛かり出し周囲を白く染めていく。
《ディーちゃん、ディーちゃん》
《どうされましたか、先達?花摘みでありましたらその辺の藪に入られれば誰も気にしないでありますよ》
人魚は生真面目であまりデリカシーの無い妖怪だった。それにもめげず風の精霊は小声で自分の感じた事を告げてくれる。
《みずのなかのちっちゃいのからばっちぃぼうになんかきてるの》
もしかして前回討ちそびれた妖怪が悪霊を手助けしてるとか?
オロチ様の時にこの場にいた面々の顔から血の気が引いて行く。
《この場の責任者は海坊主だけどどうする?》
《あくまでもこの場で除霊が成就するのを祈るか、戦力を立て直して改めて討伐に繰り出すかの二択でありますか》
淡々と答えてはいるが人魚の眼には勝利は見えていないんだろう。
「どうかしたのかね、確かに益岡さんの法術にかつての冴えは無いのかも知れんがここまでやってホカすのはどうかと思わんか?」
もったいないってだけで引き際を間違うと全滅しか無いのは身を以って知っているんじゃないのかい、道場主さんよ。
「でもあの槍、禍々しさが増してきてる気がするんですけど大丈夫なんでしょうか?」
「でもゆきちゃん♡、途中で止めたら霊の方に抵抗力がついて面倒になるって聞いた事があるんだけど」
元警官は慎重さが表に出てて元詐欺師は取りこぼした後の危険性を感じ取ってるね。
「確かに中途半端は霊の方に自信と敵愾心を与え後での攻略に悪い影響がありますね・・・でもこの霧では上るも下るも安全とは言えませんよ」
足手まといの自覚がある元霊能者たちは撤退一択と言いたいが退路を断たれてどうしようってところかな。
《やめちまったらおっとーはどうなるだか?》
「間違いなく悪霊に取り込まれるだろうね」
苦虫を噛み潰した顔で子狸の問い掛けに答える道場主の言葉に、嫁狸と仔狸たちからは悲鳴のような声が上がる。ほぼ妖怪化しているから反応が動物より人間に近くなってるみたいだな。
《・・・撤退するであります》
「待ってくれ!あと、あと少しなんじゃ、あと少し・・・」
そう言い残して老人が膝から崩れ落ちる。
その様子を見て人魚が船幽霊たちに来た道を戻る様に指示を与え一行を先導しようとする。
「待ってくれ!益岡さんの代わりに拙僧が!」
《今更護摩壇を設営する余裕なんてもう無いのであります。
かつて“同盟”を解散に追い込んだ“シリウスの落ち武者”の事を思い出して欲しいであります。
ポン太殿の事を思ってこの場で解決をしようと試みた事が誤りだったという事。
これは某の判断が悪かっただけであります。
ここは某が責任を持って殿軍を務めるでありますから皆早くこの場を立ち去って『毘沙門台の湯』で待機して頂きたいのであります》
人魚は、引っ立てるようにして粘る道場主を船幽霊たちに連行させ、放置された祭壇に向かい取り落とされた御幣もどきを拾い上げる。
《益岡殿もすでに神の座から降ろされた我が先主にいつまで義理立てなさるのか・・・人の心など判らないのでありますよ、今も昔も》
自らの呪に漸く打ち勝ち立ち上がろうとする化け狸を依り代に甦ろうとする足軽に一言声を掛ける。
《これから命を懸けて戦う其方に問いたいのであります。其方の名は?
これから倒そうとする相手の名も知らぬでは後々弔いようが無いでありますからな》
《ふん、小賢しい人魚だ。
人に問う前に自ら名乗るが礼儀と言うもの。似非神の恵比寿の力なんぞで祓える筈も無い拙者には答える義理など無いわ!》
《これは失礼をしたであります。
化け狸に憑りつくほどの力の持ち主に名を知られるのは悪手と思うてしもうた某の非礼を赦して貰えるとありがたいであります》
霧に紛れそうな鬼火を背に足軽が不気味に笑う。
《悪霊は祟るのが本望。気にする事はあるまい。
で、名は?》
《・・・今の名は“海風のディーテ”・・・そしてかつての名は・・・“八百比丘尼”》
頬を引き攣らせて足軽が高笑いをする。それと同時に鬼火が辺り一帯を埋め尽くす。
《まさか、本物かよ!
はははっ、これは拙者も運が向いてきたな!》
《して其方の名は?》
《七臥野 権兵衛》
《“ななふしの ごんのひょうえ”でありましたか。
とすれば摺上原の戦いで蘆名に従って負けて落ち延びる途中に落ち武者狩りに掛かって命を落とした名無しの権兵衛殿と言った所でありますな?》
人魚の一言で足軽の眼が零れそうに見開かれ、青かった鬼火の色が赤に変わる。
《憑りついてやろうと思っていたが気が変わった・・・殺す!》
人魚のディーテさんが意外な大物である事が発覚・・・大物過ぎるんですけどね
因みに摺上原の戦いってのは伊達政宗が蘆名、佐竹の連合軍に勝利して奥州の覇者となった闘いだそうです(九州人には沖田畷とか耳川の方が馴染みがあるんですよ、実は)
時期的に秀吉の小田原征伐の前年だったという事もあって政宗が生まれる時代が遅かったと評される所以になる闘いですね
とにかく次の仕上げをしないと間に合いませんのでまた明日




