第16話 狸、狐と黒猫に迫られる
厳しかった真夏の日差しも和らぎ夜の訪れが日々早まっていくのを実感できるようになる頃、僕は朝からとある祠を抜け出して仕事を求めて動き出していた。
そう、僕があの娘に同僚を投げつけられたあの祠だ。
逃げ出した先から連れ戻されて以来、僕の傍らにはあの狐塚葛葉嬢と猫又が控えている。
控えているというよりも葛葉嬢にとっては逃亡の阻止が、猫又には眷属としての意地で葛葉嬢の暴力的威圧からの護衛を意図しているのだろう。
本人たちの意思とは別に僕にとっては、できれば傍に来てほしくないツートップがいつもくっ付いている辛い状況に溜息が出る思いだ。
僕にとっての好みと言えば、丸顔で少し垂れ目の愛嬌のある狸顔で小柄な方になると思う(女性とまともに付き合った事は無いからちゃんと相手ができるとは思えないが)。
ところが葛葉嬢となれば細面のやや切れ長の鋭いまなざしが印象的なクールビューティで、僕よりも頭一つ大きい背丈と重量感たっぷりに揺れる胸と柳腰で周囲の男の目を釘付けにして僕とは全く釣り合っていない。
他薦でミスナントカ(よく知らない)に選ばれたが、学業を優先するからと芸能界からの誘いを完全無視した逸話の持ち主らしい。
例え嘘であっても誰もが信じてしまう所だろうが、僕としては少し離れて歩きたい気分だ。何と言っても男たちの嫉妬の視線が痛すぎる。それだけで僕の身体は針ネズミになっているよ。
一方、猫又と来たら何を思ったのか人の姿に変化して僕の腕に腕を絡めながら葛葉嬢を牽制しながら反応を楽しんでいるようだ。
まぁ、この近辺の野良猫の大ボスらしいから度胸はあるんだろう。
ただ、その恰好はこれから寒くなっていくのにどうかと思うぞ?
猫の耳がひょっこりアクセントみたいに顔を出す黒髪のショートヘアはいいとして黒い毛皮の細くした腹巻みたいなモノを胸に当て同じく黒い毛皮のホットパンツを履き、浅黒い肌と相まって情熱的な風情を醸し出している。
変化するのに葛葉嬢を参考にでもしたのかも知れないが、こちらも大柄でロケットおっぱいが我儘に暴れて目のやり場に困ることこの上ない。
顔立ちもシャム猫の面影そのままに愛嬌がありながらも扇情的な大きな瞳が男の目を釘付けにして放さない事だろう。
昔そういう感じの女の子二人を主人公にしたアニメがあったような気がするなどとちらりと思い出しながら独り言ちる。
「目立ちすぎるんだよ二人とも・・・」
それに僕としてはとっても大きな事なんだが、僕の嫌いな動物は1に狐、2に猫なのだ。
猫又が猫そのものなのは勿論だけど、葛葉嬢は名前が狐塚葛葉で、葛葉が安倍晴明の母親の女狐と同じ、狐が付き物の稲荷神さまとウーちゃんタマちゃんと愛称で呼び合う仲、ホントか嘘か九尾の狐の生まれ変わりらしいし、更にはっきり言って狐顔だ。
いくら美人でも御免蒙りたいのに前世がなんたらとか言って僕の行く先々で待ち伏せている。
終いには僕の栄養面が不安だとか言って祠に住み込むとか言い出す始末だ。
美人が嫌いな訳でも微乳派でもないが、この押し掛け女房っぷりには聊か食傷気味なのは贅沢なんだろうか。
そしてもう一つここが大事な事なんだが、僕の対女性コミュ障は悪化しているという事なんだ。
「・・・アンジェ・・・頼むから・・・腕を・・・お願い・・・(離して)」
アンジェとは猫又に付けた名前で正式には“闇風のアンジェリーヌ”としている。
黒猫からのイメージで闇、力の発現に風が作用するらしいから(当の本人が理屈を理解できていないが)風、アンジェリーヌは適当に語感から決めたとか本人には恐ろしくて教えていない。
なんせ、名前を決めてあげた後、感極まって遠吠えをしながら街を走り回り(狼の暴走族じゃないんだから・・・)街中の猫総出で1週間どんちゃん騒ぎをして喜んでいたからホントの事なんてとても言えたもんじゃない、墓まで持っていくしかないだろう。
《んん?ターさん♡、なぁに?もっとオッパイ押し付けて欲しいの?
んもう、それくらいならいくらでもいつでもしてあげるからね?
ウチはターさん♡の眷属なんだから遠慮なんてしちゃだめなんだよ。
なんなら揉んじゃう♡?
ええとほら『据え膳食わぬは男の恥』って言うじゃない。
なんならここで盛っちゃう♡?》
頼むから離れてくれ、そうしないと・・・
「いい加減に旦那さまから離れてくれませんか?この泥棒猫。
正妻の私の目が黒いうちは旦那さまにそのようなふら、不埒な事は・・・旦那さま今宵こそは褥に侍らせてくださいませ!」
ほらこうなる・・・正妻とかって君との間には何もなかったし、これからも無いから・・・旦那さまとか言われても君のお父さんから門前払いされてて全く認められてないんだからね?君のお父さんと僕、同い年だったんだからね?
で、この状態で職安に行って紹介してもらった会社に行っても採用して貰えるはず無いでしょ?
お陰で就職の面談30連敗中だよ。
傍目からするとリア充?みたいに見える上、PCもスマホも持たない生活が続いてすっかり情弱になっている僕には面接官の質問に的確に答えられる筈も無く、目も当てられないこの悲惨な状況が改善できる見込みは立っていない。
唯一の救いと言えば、家賃がいらないとこかな?
職を失った僕が住まいも失う切っ掛けになったあの祠をウーちゃん(そう呼ばないと夢枕に立って朝まで泣き続けられる)が無料で永久貸与してくれる事になったんだ。
葛葉嬢とのスイートホームにとか何とか余計な事を言わなければホントに気前がいいおばさんで済むのにな・・・一言多いんだから・・・
やっとの思いでアンジェを振り解き、葛葉嬢から少しでも距離を置こうと早足でハローワークへ向かうと、そこにはごついバリケードと立て看板が待っていた。
「やっと来たのに・・・は?」
「もう、そんなにお急ぎにならなくとも私が・・・あら?」
《ターさん♡もタマちゃんも何をそんなに慌ててるのさ、そんなに・・・ん?》
その立て看板にはこう書かれていた。
『告 霊障解消の為、当公共職業安定所は本日9月10日~9月20日迄閉鎖いたします。
尚、ご利用を希望される方は市役所ロビーにて代行窓口を設置しておりますのでそちらをご利用ください。
霊障解消事業JV 全日本昇天遂行連合会
世界救済教会
救済の方舟
北の大地を救う会』
職安って人の恨みを買いやすい所だったんだな・・・




