第143話 狐の神様、しつこく昔語りをする
長い長い昔話もやっと終われそうです
このおばはんのおかげでどれだけ楽できた事か・・・(祟られたくないので取りあえず持ち上げる方向で)
何はともあれ本日もよろしくお願いします
【これから話は佳境になるんや、けど?何寝晒しとんねん!】
ビクッと震えてカオルン少年が起きてくる。知ってたからってご飯がおいしくなる訳でも無いんだからいいじゃないのさ。
「いつの間にか平氏が平家に代わってんですけどなんか違うんすか?」
・・・モブ2号の積極性が妬ましい。
【随分と過ぎて気付くもんやね。
平家に変わったんは、保元の乱の後に清盛が殿中に上がって殿上人(上級貴族)になったからや。平氏ゆうたら平姓全体を示す言葉や。けど平家ゆうたら清盛以降の公家になった平氏一門を指す言葉なんや。そやから『平家物語』ゆうたら清盛生誕から清盛の死後の公家平氏の滅亡までを語っとるんや。一つ賢うなったやろ?
ところで京を乱すんに九尾の妖狐を利用した讃岐院は、自分を呼び戻さずに実権を握った清盛が疎ましい。
自分を蔑ろにして都落ちした九尾の妖狐には溜飲が下がるんと同時に勿体無くもなる、なんせ唾つけようとして取り上げられて以来見える所におっても手が出せひんかったんや例え流された身でも未練はたらたらや。
そこでや、義朝の遺児の助命を清盛が唯一頭の上がらん母親からさせて敗れた源氏方の者共に恩を売るゆうんを思いついたんやな。
ついでに京の都で猛威を振るう比叡山の僧兵にも手を回して手駒にするんを忘れんかったんや。そして恩を感じさせる事に成功したメンツを使ったキツネ狩りを始める事にしたんや。
要は飾りもんの二条帝や力に物を言わせる無礼な清盛、俗物の後白河院を出し抜いて天下人になる為に日ノ本に災禍を齎した九尾の妖狐を配下にしよ、なんて思いついたんやな。
けどまぁ人を呪う程度の事しかできひん讃岐院が台風みたいに周囲を巻き込んで不幸をばら撒く九尾の狐を手下に出来るなんてどこでどう考えたんやらな。
平治の乱の事後処理で動かれへん清盛を出し抜いて叡山(比叡山)の荒法師(僧兵)どもが富士川の畔で首尾よう妖狐に追いすがるゆう快挙を成し遂げたんやが、妖狐は川を氾濫させてこれを全滅させる。それならと箱根の関で源氏の残党に迎え討たせたんやが、晴天俄かに掻き曇り雷が四方八方から荒武者どもを打ち据えて潰走や。ならばと最恐の祟り神将門を祀る築土神社の宮司どもが新皇(将門)に祈りを捧げて足止めをしようとしたんやけどなんと新皇は恐れをなして動こうとはせんかった。
そしていよいよみちのくへと向かう九尾の妖狐に一矢報いんと下野の国(栃木県)那須野で迎え撃ったんは清盛の命で都よりやってきた陰陽師安倍泰成を軍師に三浦義明、千葉常胤、上総広常を将軍に押し立てた軍勢や。まぁ讃岐院の小細工のおかげで何とか間に合うたゆう形やな。余談やけど、この頃後の屋島合戦で名を馳せる事になる那須与一はまだ生まれてへん。
ところでや、この軍勢を率いとるんは北関東のもんやあらへん事に気が付いたか?今の横須賀辺りの三浦半島を支配しとった三浦氏にまんま千葉県の名の基になった千葉氏、千葉の北半分が領分やった上総の国から名乗っとる上総氏。ようは箱根で痛い目に会わされた残党どもが今度は清盛に尻叩かれておっかなびっくり槍持って来たっちゅうこっちゃ。こないな連中に九尾の妖狐が後れを取るとは思えへんやろ?
何でかゆうたらホンマやったら出張っとる筈の足利、新田、熊谷みたいな北関東の豪族どもが京に上って清盛のご機嫌伺いしとる真っ最中やったからおらへんかったんや。
案の定、ここでも討伐軍は壊滅状態てゆうてええくらいの大敗を喫するんやけど、さすがに妖狐も疲れてもうて北へ向かうんを一休みしよった。
それは口実で、九尾の妖狐は見つけてもうたんや。殷の妲己の時の許婚を、周の褒姒んときの召使を、そうや二世を誓うた男の魂がそこにおるんに気が付いてもうたんや。そらそや、九尾の妖狐の執念に引きずられて番の魂もずっと転生しよったんやから巡り合うても何の不思議も無いやろな。っちゅうか巡り合わへんかった方がおかしいやろ?
ただ、今回はそれが敵の中にあったゆうだけの事や。流石にそこまで運命を歪めるんは出来ひんからなぁ・・・
そや、旦那さん。自分、三浦と上総ってどないな奴って思う?】
げっ?唐突なご指名ありがとうございます。急に大昔の人間の名前を出されてどう思うかって言われてもねぇ・・・意味は無いけど何となくのイメージで言っとくか。
「三浦と上総、ですか?
何となくですけど三浦は口先だけで誤魔化してやってもいない実績を声高に吹聴するような感じ、かな?あと身ぎれいじゃなくていつもハエかなんか集ってるイメージ、ってトコでしょうかね。
あと上総、ですよね・・・口ばっかうまくて人の上前をへらへらしながら刎ねてるような感じ、かな?」
急に何を言わせるんだか。
【ほほう!なんや意識下じゃ気付いとったんやな?
実ゆうたらこの二人も自分同様現世に生まれて来とるゆうか旦那さんとも話をしとる筈やで。
誰か判るか?・・・あぁ、そやった!話が飛んでもうたんやった!
話戻すでぇ、妖狐は添い遂げる事が出来ひん事に気付いたんや。
そしてこう思うたんや【せめてとどめは愛する人に刺して欲しい】てな。タマちゃん、出しゃばらんといてんか!せっかくのええトコやのに水を差さんで欲しいわ】
話の腰を折るつもりはなかったんだろうけど一番の山場で葛葉嬢が口を挟んじまった。妖狐に戻っちまった今と心境が似ているのかもな。
【ここに来る時の私の心境がそうで御座いましたので口に出してしまったので御座います】
【さよか・・・やっぱ同じ魂やから繰り返してまうんかなぁ・・・
さて再び九尾の妖狐の前に現れた討伐軍に妖狐は呪を授けたんや。
昼間とゆうんに厚く垂れこめた雲で暗うなった辺り一面に見渡す限りの狐火の海や。
九尾の妖狐の放つ妖力で一同が半ば金縛りにでもあったような緩い動きしか出来ひん中、妖狐はするすると間を縫ってとある大将の前に進み出る。
〖もはや逃げも隠れも致しませぬ。ならばせめてそなたの手に掛かって果てたい〗ゆうてな。
その大将は潔い妖狐の言葉にふと前世の記憶が蘇るんや。
『妲己殿か?』
その言葉に嬉しそうに微笑む妖狐いや玉藻の前に立て続けに矢が刺さる。そう、空気を読まへん手柄が欲しいだけの三浦なんちゃらが矢を放ったんや。
愛しい男にせめて手柄をと思うとった玉藻の前は必死で逃れようとするんやけど矢が足を刺さっとってよう動かれへん。
そして呆然とする前世よりの思い人の前で、玉藻の前は上総の手の者に首を刎ねられてまうんや。
もう解ったやろ?その男は旦那さんの7つ前の前世、千葉常胤や。
首を失うた玉藻の前の身体を抱えて悲嘆にくれる常胤とどちらの手柄かで言い争う三浦と上総、そして全ては自分の差配の結果やと自画自賛する泰成の前に一つの影が降りてくる。
我執で九尾の妖狐を追い求めとった讃岐院の生霊や。
〖我が僕を殺したのはうぬか?〗と一人一人に訊ね歩く亡者の降臨や。
咄嗟に顔を隠す泰成と逃げ足の速い三浦は無事で済んだんやが間の悪い上総は逃げ損ねて盲にされてまい常胤は抵抗する事も無く玉藻の前の遺骸と共に石にされてもうたんや。
これが“那須の殺生石”や。
まぁ、讃岐院の力だけで石になってもうたんやなくて、二度と離れとうない玉藻の前の気持ちもあっての変化やな。
讃岐院はそののち、後白河院の放った刺客に暗殺されて本格的な祟り神へと成りあがっていく訳やな。
後日談ゆうか旦那さんの魂は、殺生石に取り込まれる事も無く十年もせん内に抜け出して輪廻の輪に戻ってまう。そしてタマちゃんの魂が輪廻の輪に戻るんはそれから二百年後の玄翁和尚ゆうおせっかい焼きが殺生石を成敗するゆうて石を削ってからの事や。
そん時に弾けた破片が全国に飛び散ってあっちゃこっちゃの『高田』ゆうトコに災いを撒き散らす事になるんや。
あと、飛んで行っても災いを起こさんやった破片もあっちゃこっちゃに行っとるんや。ただこれは時限爆弾みたいなもんでな、何か事があったら一気に広まるだけの厄を秘めとってな・・・恵比寿のボケが闇落ちしたんをきっかけにあっちゃこっちゃで活性化を始めた様なんや。
“双頭のオロチ”もそう、今度の讃岐院も実はそうなんや。
別にタマちゃんが気に病む事やあらへん、遅かれ早かれ起こる事は解っとったんや。ただそれを本気で考えたもんがおらへんかっただけの事や】
・・・崇徳天皇が玉藻の前に横恋慕してたのが武家が表に出てくるきっかけになった“保元の乱”“平治の乱”の根っこにあったとか、話が壮大だと言うか権力者が痴話げんかとかするなとか色々言いたい事はあるけど日本史の裏側を見せて貰った気がするな。
でも、例の悪寒が崇徳天皇の物だとするとその力の根源にあるのは玉藻の前に対する劣情なんだからこれは僕たちが鎮めないといけないのか?
【旦那さん、そない真剣な顔せんでええで。
800年前程度の焼きぼっくりに火が付くような事はワテがさせへんから安心しぃや。
タマちゃんがようやく落ち着いたんや、あの末成りに横槍を入れさせるような事は一切させへん!3000年前の恋の成就の方が優先に決まっとるやろうが!
そやから旦那さん、さっさとタマちゃん連れて出雲に来んかい!】
えぇぇぇ・・・こっちはワザと喧嘩を売ってまで出雲に行く用事を減らしてるのに、今更行きたくないよぉ。つうか、今度の大騒ぎの元に挑まなくていいの?
「オロチの件は不問に付すって言われたのにわざわざ行くのも【あれは大国主命のボケがとち狂って言い間違えたんや!オロチの件はワテらの方で処理せなあかんかったのにタマちゃんたちを巻き込んでもうたんやからワテらの方が許してもらわなあかんかったんや!それをあのボケが!】とは言われても先立つものがありませんとねぇ・・・」
【そやった!まずはタマちゃんのバカ親をとっちめなあかんかったんや!
二日待ってくれたら迷惑料込みで有り金全部巻き上げてきたるさかいそれからでもええから絶対出雲に来るんやで!
来んかったら枕元で一晩中しくしく泣いてやるから覚悟しときや!】
二日後って土曜日だからATMにでも行くんですか?それより僕は骨がミシミシ言ってるのに緩めてくれそうにない葛葉嬢の抱擁をどうしようかの方が大問題なんですけど。
それから出雲に行く気はさらさら無いですから!
本文中明言はしていませんが三浦義明と上総広常の生まれ変わりはこの話の中に登場しています
誰がそうだったかは言いません、言いませんとも(悪い笑い)
ちなみに伝説では富士川や箱根での戦いがあったかは確認していませんし平将門がビビりだったかどうかは知りません
千葉常胤が殺生石に取り込まれたかどうかは本人が源平合戦に顔を出しているので・・・めっちゃフィクションです(笑)
ただごつい金槌の事を『玄能』と呼ぶんですけどその由来が殺生石と玄翁和尚だったとか調べててびっくりする事もあったりでわき道から本筋に戻れずに書くのが遅れる原因になってたりならなかったり(どっちなんだ!)
千葉常胤をおっさんの前世に指定したのは玉藻の前のモデルとされる美福門院と同い年だったからだったりするんですけどまだこの話終わらないんですよね・・・ホントに終われるんだか心配な今日この頃
取りあえず頑張りますのでお見捨てなきようよろしくお願いします