第15話 狸、狐と修羅場になる
「狸小路様、お久しぶりで御座います。
前々前世より貴方と来世を誓い合っている狐塚葛葉で御座います」
それはそれは物凄い迫力で御座いました、夢で十日は魘される事間違いなしでこの場から逃げ出したくなるほどの。
腕の中にいる猫又は総毛だって爪を出して太腿に縋りついています、血が出ています、つうか身が切れてます、早く救急車を・・・
威圧感と痛みで意識が飛びそうになりながら葛葉嬢の言葉を反芻していると違和感が・・・
「・・・狐塚さん・・・来世?・・・」
「先日もあれだけ見苦しい姿を晒したにも拘らず看病までして頂いたのに、不作法の限りを尽くしてしまいました。
私が自分の過ちに気付き不明を恥じてお詫びを申し上げようとした時には、狸小路様はあの祠を出られた後。
伝手を通じてようやくお姿をお見つけしましたのになんとこの体たらく、私は貴方の妻となる身で御座いますのに貴方が抱いていらっしゃるのは妖怪の猫又で御座います。
私としてはこの場で八つ裂きにしてしまいたいほど腸が煮えくり返って御座います。
さぁ、どうしてくれましょうか」
僕もさることながら猫又も恐怖が最高潮状態で立てた爪が僕の足に食い込む、というより足が千切れる・・・
【タマちゃん!頼むから正気に戻ってぇな!せっかく会うたんやさかいそないな怖い顔せんといてぇな、嫌われるで?
“シャム猫の杏莉”!自分もいい加減に正気に戻らんかい!己のせいでお前の主が足を失くしかけとるで!】
薄れゆく意識の中で慌てふためくおばはんの声が微かに響いていた・・・
★★★★★
ここはどこだ?
ふと目が覚めると僕は暗がりの中で横たわっていた。
背中に当たる感触だと木の床に寝ていたみたいだな。
低く唸りながら身を起こそうとすると、誰かの手が優しく制止した。
誰か近くにいるのか?
【おぉ、やっと目ぇ覚めたみたいやな。やれやれこれで一安心や】
聞き覚えが有る様な無い様なそんなおばはんの声で硬直する。
「えっ・・・僕はどうして・・・いたんでしょうか・・・」
《ターさん♡、ごめんよぉ。ウチのせいで豪い事になって・・・》
「ちょ、ちょっと妖怪の分際で正妻の前にしゃしゃり出るなんてありえませんよ」
猫又の涙ぐんだ声にウルっと来た直後に氷山で圧し潰されそうなほどの威圧を受けて、思わず硬直してしまった。
《そんな事言ったってタマちゃん、いやあの玉藻の前サン、ウチ主様の眷属にしてもらってるから「誰がそんな許可を出したんですの?」いや、あの、その【ワテが出しましたよ、タマちゃん。もう少し落ち着いてぇな、もう全く800年以上経ってもそう言うトコは変わらへんのさかい、困るわぁ】そ、そういう事です、はい》
猫又の狼狽えぶりに思わず同情して少し気分が落ち着いてきたな。
それにしても葛葉嬢の言動がおかしくないか?一度しか会ってないのに来世がどうとか正妻だとか・・・もしかして制裁をこれから加えるとかいう話?
思わず逃げ出そうとジタバタと藻掻くけど、僕を抑えてる手が軽くやってるみたいなのに逃げられない!
【ほらタマちゃん、後生やから落ち着いてぇな。旦那さん、本気でビビッてはるやないの】
「くっ!これじゃ、まるで私が悪役みたいじゃ御座いませんか!
あの時からどれだけ心配して後悔して眠れない夜を過ごしてきたか、ウーちゃんも御存知じゃ御座いませんか・・・それなのにやっと巡り合えたと思ったらこんな“泥棒猫”が・・・」
僕の右手からくる猛烈な威圧感が突然変わった。
暗くて見えはしないが、葛葉嬢が顔をくしゃくしゃにして泣き出したみたいだ。
激しく泣きだしたかと思えば嗚咽と共に恨み言を途切れ途切れに呟き一転して鼻をすすりながら見ず知らずの筈の僕に対して思慕の言葉を甘く囁く。
女性ってこうなの?身動きの取れない今の僕にとっては恐怖でしかないよ。
大体、女の子に好きって言うとか言われるとかって事が無い時間を50年以上続けてきた僕にとっては苦行でしかない。
例えブラック企業だったとはいえ、対女性コミュ障こじらせ軍団の中で温室栽培されてきた僕の精神じゃ耐え切れない。
抑々この娘が僕に愛を囁くことに関しては違和感しかないんだ。何かの罰ゲームか?
彼女が僕の何を知っているかはわからないけど、僕にとって彼女とは居酒屋で出合い頭にゲロをぶちまけられて理不尽に暴力を振るわれた恐怖の対象でしかない。
会社のハラのおばさんだって社長の愛人だって事で挨拶以上の係わりはしていなかったくらいなのに、いきなり来世を誓うとかなんとか妙な事ばっかり言われてもどうすりゃいいんだ?
猫又はヒトガタじゃないから気楽に係われたけどこの異常事態はどう収拾したらいいんだ?
【ちょっとタマちゃんの旦那さん、いい加減に逃げ出すのは諦めてくれへんかな?
抑えてるこっちだってこっち側に顕現出来るんは制限があるんやさかい勘弁してぇな】
「・・・そんな事を・・・言われましても・・・800年って何なんですか?・・・玉藻の前とか・・・タマちゃんとかって・・・もしかして・・・九尾の狐・・・?」
僕の問い掛けにその場に居合わせる3人(?)は、沈黙で答えてくれる。
あの傍若無人な猫又でさえ答えないなんてヤバい事に違いないだろ?
僕は光の入らない場所で音を立てる愚に気付いてどたばたと暴れるのを止め、静かに左の方へにじっていく。
【ほら、見てみぃな。
タマちゃん、旦那さんから避けられとるやないの。
自分の気持ちが高ぶってはるのは解るけどな、相手と碌に話もせん内に気持ちを押し付けたらアカン。
自分に言い寄ってきよったアホンダラどもと今、自分一緒になっとるで?
前世やらその前やらに自分が引きずられて見失うてへんか?
ワテかていつまでも天邪鬼踏みしめてるあっちの四天王の真似なんてしたぁ無いんやで。そこんとこ、解ってぇな、な?】
この人、何?なんで僕、動けないの?
【タマちゃんの旦那さん、堪忍な。
ワテの事不審に思うたか、そりゃそやな名乗ってへんもん。
ワテの名は今は倉稲魂命とでも名乗っとこうか。
世間的には稲荷の神とか言われる事も多いけどな、ウーちゃんって呼んでぇな】
「う、ウーちゃん?」
【そや、絶対そう呼ばなアカンでぇ。呼ばな泣いてまうでぇ】
「でもおいな【ウーちゃん‼】・・・呼ばなきゃ・・・ダメですか・・・?」
【そや、絶対やで!約束やで!呼ばな泣きながら化けて出たるさかい】
《ウーちゃん、神様なんだから駄々こねちゃダメじゃない?》
「私にも強制されてたじゃないですか。狸小路様にまで無理強いされるのはさすがに・・・」
【なんや、せっかくワテが丸く収めようとしてるんやないかぁ。
寄って集ってダメ出しせぇへんでもええやないか!ワテかて褒美の一つぐらい貰うてもええやないか!もうええわ!おい、稲荷狐!】
《はっ、当地の担当“むの774番”にございまする》
暗闇から狐火を背に稲荷狐がぼわんと姿を現した。
【自分はタマちゃんとタマちゃんの旦那さんにここでの不自由が有らへんように補佐しときぃ、ええな】
《某、全身全霊を以って稲荷神さまのご意向に沿うべく善処する所存でございまする》
結局、その翌日にはこの街を離れて葛葉嬢との思い出もあるあの町に舞い戻る事になったから“むの774番”の世話になる事は無かった。
第2章終了という事で次からは水曜固定で書いていきます
と思っていましたけど第3章は月水金で投稿しときます(ストックが終わりそうで怖いけど)
ついでに土曜に閑話を挟んでおきます
☆?そんなものまだ見た事無いですよ、人にあげるばっかりで