第124話 狐の父、奮闘する
満を持して葛葉嬢の父和英の登場です おまけに弟秀和も
「クーちゃんクーちゃん、どうしたんだい?大好きなお父様に顔を見せておくれ」
あのくそダヌキと喧嘩をして帰ってきてから、僕のこの世で一番大切なクーちゃんは2階に引き籠ったまま僕の前に姿を現してはくれていない。
「何が『大好きなお父様』だよ、ほら見て見なよ鳥肌が立ってきただろ?」
「何がなあにが鳥肌だ!サブイボなんぞ年中いちゃつくお前と嫁とで僕は出尽くしたわ。何がなあにが『ひーくん♡みぽりん』だ、けっ!
いつも言ってるだろうが、クーちゃんが帰って来てくれたんだ、お前たちはさっさと家出て二人で暮らせよってよ」
僕に絡んできたのは最近結婚して嫁に現を抜かすバカ息子秀和、今は買い物に出かけた嫁に取り残されて暇なのか居間に寝転んでサッカーの中継なんぞを見ている。安倍を名乗れない一族の末席ながら一人前に霊能のかけらがあるらしく清浄社こと“浄霊清浄社”の関東支部で課長として指揮を執っている。そうライバル関係にある清浄社のエースを名乗っているらしい。
らしいと言うのは建前でうちの目の前で手柄を搔っ攫われた事が何度となくあって上司からは嫌味を言われる事が多々あるんだ。
『息子は清浄社の東の若きスーパーエース“白の六式使い”、その姉はあの“真の陰陽師(仮)”。
それに引き換えその父はいつまでたっても代理が取れない極々平凡な霊障解消部部長代理。
せめてコネで二人の内一人でもうちに引っ張って来てくれたら、そんな君でも日霊連の会長に推挙できたのに全く残念だよ』
我が東京晴明神社の誇る偉大なる宣伝塔 安倍清明宮司殿のありがたいお言葉だ。本家筋でも霊能に乏しかったが為に東京に飛ばされたお方の偉そうなお言葉に涙がちょちょぎれそうで御座いますよ、けっ!
血筋はともかく霊能のレベルは僕と五十歩百歩、目糞鼻糞を笑う程度の癖して何を偉そうに!
どっちにせよクーちゃんが帰って来てくれたんだ、東京晴明なんぞ辞めてこれからはクーちゃんと二人で仕事を選びながらノーストレスな人生を歩いて行くんだ。幸い女房は先に逝って身軽ではあるしクーちゃんもあのくそダヌキとの柵から解放されて自由を謳歌したいだろうから反対なんかしないだろう。
そうとなったら辞表を準備しなきゃな。
僕が鼻歌を歌いながら机に向かおうとしたら背筋を物凄い悪寒が走る。何とはなしに2階を気にするとなにやら異様な気配がする。霊能はゼロじゃないんだから気配ぐらいなら読めるさ。何となくだけど。
いつでも警察に連絡が取れるようにスマホに110番の表示をさせてから2階への階段を覗く。見たところ何の変哲も無いようだ。
秀和も気配を感じて式神を呼ぶための式札を握り締めてやってきた。僕には出来ないヤツの切り札にこんな時ながら嫉妬を覚えてしまう。
「親父、それでなんか召喚できるのか?」
「僕の霊力で式神も餓鬼も召喚できる筈が無いだろうが!もしもの時の警察用だ!」
「・・・霊が絡んだら警察が霊能110番に通報してくるんじゃないのか?そしたらオレがここに出張る羽目になるだろ?ちったあ後先考えて動けよな?全くビビりなんだから参ったよな。
“真の陰陽師(仮)”と“白の六式使い”の実家で日霊連の専務理事の家に霊絡みで警察を呼ぶとかさ、商売的に自殺行為だとか思わない訳?」
一見言ってる事は真っ当そうだけどお前は世間体を気にし過ぎなんだよ。荒事は専門家に任せるのが一番なんだ。餅は餅屋だ。
『キャアアアアァァァァァァァ!!!』
アレはクーちゃんの声!取る物は取りあえず用心しながら階段を昇るようにする。へっぴり腰だとかビビりだとか後ろから聞こえてくるけど僕は管理職なんだ!前線で陣頭指揮なんてした事も無いし前線に出ようとも思った事が無いんだ!
震える手でスマホを楯代わりに掲げながら慎重に昇る。前に出る気も無い癖、後ろからグズグズ小言が聞こえてくる。
「何ならお前が先に行ってもいいんだぞ」
「アネキLOVEなのは親父であってオレではない。よってこの場は親父が先に行くのが筋ってもんだろ?
オレはみぽりんの為にも生き残る義務があるんだから」
小賢しい。こんな奴がエースだなんて清浄社も大したことが無いな・・・それ以下というよりそれ未満の東京晴明はクズとでも言わなきゃならんのか・・・
ガチャン!!
汗で滑ったスマホが無情にも階段の下に落ちる。予想以上に響く落下音にそのまま凍り付いて沈黙の時が流れる。
やがてうっすら汗を滲ませた不徳の息子が顎でしゃくって先を促す。この野郎、僕自身を楯にするつもりなんだな。
でも最愛の娘の安否も気に掛かる、いや安否が気に掛かる!
息を飲み震える脚に鞭打ってそろりそろりと階段を一段また一段と昇る。クーちゃん、無事でいてくれ。
漸く2階に辿り着きクーちゃんの部屋の前に立った時、勢いよく勝手口が開いてどたどたとにぎやかな音が聞こえてきた。みぽりんとか言う息子を骨抜きにした女が帰ってきたのだ。
次の瞬間、階段を駆け下りていくバカ息子。敵前逃亡か・・・いや家族を迎えに行っただけだと解釈しておくしかないか。
緊張に震える指でドアノブを掴みノックをやってみた。・・・反応は無い・・・
どうせ待っても日和って保身に走った息子は帰ってこないだろう。意を決して声を掛け、ドアを開ける事にしよう。
「クーちゃんクーちゃん、大好きなお父様が来たよ。中を覘かせておくれ」
・・・やはり返事は無いか・・・
この前に娘の部屋に入ったのはいつの事だっただろう・・・中学生の頃だったか・・・それじゃあかれこれ15年は見ていないって事か。
15年振りに覘く娘の部屋は、何もなかった。ベッドと小さなテーブルがあるだけの何の飾りも無いがらんどうの空間、まるで実家に帰ってきていると言うより宿を借りに来たと言わんばかりの他人行儀な空間がそこにはあった。
もう居場所はあの男の側しかないとでも言われたような気がする。僕と同い年のちびでハゲの何の取柄もなさそうな男のどこがいいんだ。
猛烈な嫉妬で胸が張り裂けそうな思いを抱きながら窓辺に倒れる娘を見つけた。
本当に娘なのか?艶やかな黒髪は銀髪と変わり腰からは銀色の房が覗いている。
ああそう言えば今年のおみくじは大凶だったな。『万事願い事叶わず』だったな。自分で作った最悪の奴を自分で引いて部下たちから笑われたのをなぜか思い出したよ。
安倍家に伝わる口伝を末席の分家とは言え、当主であるからと教えて貰った事を思い出した。
『安倍晴明の母は妖狐なり。いずれその血は蘇りこの世に仇を為す者が出るものと心得よ。
それより世を守るのが安倍に連なる者の使命であると誓え』
まさか薄まりきった安倍の血が興した奇跡と信じたクーちゃんがそうだと言うのか?
実戦経験の無い僕に娘を手に掛けろとでも言うのか?
夕日の射す愛娘の部屋で僕はただ呆然と立ち尽くしていた。
葛葉嬢の部屋に何も無いって書いてますけど姿見は隅っこに置いてありますからねドアからの死角でわかりづらいだけで
さてこの窮状を狐塚父はどうやって脱出するのか 次回をお楽しみに
とは言え8月を漸く乗り切りました 残暑厳しい折皆様体調にはお気を付け下さいませ




