第14話 狸、黒猫に懸想する
「それじゃ、帰っていいですか?」
例え天気は雨でも心ハレバレで警察を後にする。
それじゃあ、ガサ入れされたばっかりの会社にでも寄っていくか。
尤も、事務所には残りの給料を貰いに行くだけだが。
足元では黒猫がニャアニャア鳴きながら身を擦り付けてくる。
雨の中ずぶぬれになったのをアピールしたいらしいが、お陰で今は、僕の足元の方がビチャビチャだよ。
「何を普通の猫の振りをしてるんだよ」
《だってフツーのネコだもーん、ニャア》
コイツ、出番が無かったから拗ねてやがるな?
もし、警察にお前が乗り込んでみようものならアレを交差点に放置したのがお前で僕が指図した事がバレちまうだろうが。
そうしたら僕は殺人教唆で刑務所行きだからな。
「どうせ、結界が邪魔で中には入れなかっただろ?」
途端に黒猫サイズで愛らしかった猫又が、見慣れた黒豹サイズに膨らむ。
《いくらターさん♡だからって、言っていい事と悪い事があるんじゃない?》
おやおや御立腹の御様子で。
「遠くでニャアニャアやってるだけだっただろ?」
《それじゃ、ウチの本気を見せたげるわよ》
猫又は、そう言うと前足を横薙ぎに一閃した。
すると、前方の一抱えもある街路樹がバタバタと薙ぎ倒されていった。その数ざっと20本・・・こいつを怒らせるととんでもない事になるな・・・
「お前、調子に乗り過ぎじゃないのか。
これどう収拾するつもりなんだよ」
《何言ってんのさ。そんな事はその辺うろついてるニンゲンどもが勝手にやる事でしょ?
ウチはターさん♡にウチの力を見せたかっただけなんだから》
悪意が無いだけに質が悪いわ、コイツ。
二本の尾を得意げに振る猫又に、人知れず溜息を吐くと大騒ぎになっている大通りからこっそり1本裏手に回る。
少々遠回りになるけど騒ぎに巻き込まれて、又、警察の世話になんかはなりたくない。と言うか、それこそ今度は被疑者の扱いになるかも知れないぞ。ペットの粗相は飼い主の責任だもんな。・・・やっぱこれはクロかな?
《ねぇ、ターさん♡。人気のない方に回ってウチをどうしようって言うのさ。
いくらターさん♡だからってウチをそんなお安いヤツらと一緒にしちゃやーよ》
何が嬉しゅうて猫又相手に盛りが付かなきゃならないんだ。
いくら人間の女じゃ無理だからって不毛すぎるだろ?まだ完全に禿げてる訳じゃないんだ。産毛だってまだあるわい!
「でもな、さっきの話を蒸し返すようでなんだけどさ、結界を張ってある建物の中って入っていけないんじゃないのか?」
《もう、ターさん♡ったら冗談きついってば。
あんな霊程度のモノを止める事しかできない代物なんて、ウチら妖怪、それもウチクラスだったら屁でもないわよ。
建物ごと削り落として・あ・げ・る♡》
この脳筋妖怪は力ずくで結界を建物ごと破壊するとか言ってますよ。
そりゃあ結界ってのは結界紋を中心にドーム型に出現する西欧型と複数の結界符や結界石を結んで囲う東洋型があるけど、それで壊せるのって西欧型の方だよね。
でも警察とかに敷設してある結界って東洋型らしいから、それやってもなかなか前に進まないと思うんだけどね。
でもさっきの威力を見せられると、警察署が半分に削り落とされてるのが連想出来ちゃうね、いくら何でもそこまで結界は脆くはないと思いたいけど・・・こいつの妖力半端ねぇからどっちが勝つのやら。
「でもあの結界って霊用で妖怪用じゃないって事なのかい?」
《もちろん!あんなのウチにとっちゃあ『蛙の面に小便』ってトコかな?》
「妖怪って要するにあっち風に言えばモンスターじゃない。
それから幽霊とかって言ったらアンデッドモンスターじゃない。
何で結界が違うのかな?」
《だぁかぁらぁ、前にも説明したじゃないさ。
陰の気が凝り固まったのがウチら妖怪、生ある者から陽の気が失せたモノが霊。
ウチらが出来上がってくる時に残った陽の気が凝り固まったのが神とか天使。
出来方が違えば当然出来上がりも違うって事よね》
「悪魔は?」
《陽の気が固まる時に、生者の陰の気に中てられて陰の気に組み替わっちまったモノさ。
あぁ、でも西洋の悪魔って言われてる奴は違うよ。ありゃあ戦争に負けて軍門に下った土着の神の成れの果てだからね》
勉強になりますよ、ホントに。
ああそうだ。
「おい、猫又よ」
《はいな、ターさん♡》
「お前が僕の眷属だとしたら何かした方がいいのかい?」
猫又は二本の尾をピンと張ってそこいら辺を走り回り出す。
ヤバい、このままじゃ勝手に広場が出来ちゃうぞ。
「おい、落ち着いてくれないか。又、道を替えなきゃならなくなるだろ?」
ガラス窓が10枚ほどと街灯が3基ほどで被害が収まる・・・収まった訳じゃないか。さっきより少ないだけだな。
人目が無い事をいい事に急いで通り過ぎて公園に入る。防犯カメラが気になるところだが・・・
興奮した猫又が鼻息荒く立ち上がって、両前足をベンチに腰掛けた僕の肩に置く・・・傍目から見たら、きっと僕が豹に襲われている様にしか見えないだろう?
真正面から見る猫又の目は、血走っていてとても怖い。
「だから落ち着けって」
《そんな事言ったって主からの初めての御褒美なのよ?
落ち着いてられる訳無いじゃない!》
「今の感じだと御褒美に頭から丸齧りでもされそうで怖いんだけどね」
猫又は一瞬固まった後、シュンとして大人しく座り込んだ。
《主を怖がらせちゃうだなんてウチってホントダメな妖怪よね》
落ち込む猫又が可愛そうになってきて思わず抱き上げてしまった・・・結構、重い・・・
《あぁん、嬉しい。このまま死んでもいいくらい嬉しい。
ウチ、ターさん♡の眷属になってホントに良かった》
そんな涙ぐまなくてもいいだろ?
首筋に顔を擦り付けてくる猫又に往生しながらも優しく背中や顎の下を撫でてやる。
ゴロゴロと喉を鳴らし気持ちよさそうに目を細める猫又に、僕も何となく情が移ってきたみたいだ。どんな奴でも懐けば可愛いものさ。
「で、何して欲しいんだい?」
《んー、そうねぇ。
今のウチって『画竜点睛を欠く』って感じなのよね。だから、眷属になる最後の印が欲しいかな》
悪戯っぽく笑う豹サイズの黒いシャム猫が、僕の顔を覗き込む。
《ターさん♡の眷属としてターさん♡から名前を付けて欲しいな》
マグロ一本とか言われたらどうしようとか思っていたら、意外と素朴な望みだったな。
「そうか、それじゃあお前の名前は「『シャム猫の杏莉』さん、そこで何をなさっているのかしら?」・・・誰ですか?」
「狸小路様、お久しぶりで御座います。
前々前世より貴方と来世を誓い合っている狐塚葛葉で御座います」
そこにいたのは、ゴゴゴと効果音が聞こえそうなほど目が吊り上がった狐塚葛葉嬢その人だった。




