第118話 狸、突撃される
さてさて君は生き延びる事が出来るかって感じに追い込まれていたおっさんですがどうなる事でしょう
「それじゃまっすぐ帰る事にします。助言ありがとうございました」
ファーストクラスで帰る飛行機には二人の姉と姪2号、新幹線に乗るのはチームシリウスの面々と義兄と姪1号と甥の計10人(モブ2号の嫁と娘を含む)と加害者チームと被害者チームに分かれての帰宅になる訳だけどこのメンツだと安心しかないな。
トラブルメイカーがいないとなるとこんなに旅が楽しくなるものなのか。
DVに悩まされていると打ち明けるゴリラ女の娘に残り少ない髪の中に埋もれていた古傷を見せて昔から変わらないから縁を切った方が身の為だと助言し、なおも職場に押し掛けられてキャリアとしての価値を一方的下げられていると嘆く姪に自分が金を渡してしまっていた経緯を話し自分の意志が弱いが為の過ちで成功体験として同様の蛮行に姉を走らせたことを詫びる。姪からは済んだことを後悔しても何も始まらないからと逆に慰められて思わず号泣してしまった。
あんなのからどうやったらこんな出来のいい娘が出てくるんだろう。逃げた親父が真面だった証拠かな?
高校生の甥は、カオルン少年に弟子入りを懇願しているけどそれはまず学校を出てからの話だろうな。
年下から先生呼ばわりされて満更でもないカオルン少年は、ニマニマする顔を引き締めるのに必死だけど一線越えるのは結婚してからだからな。父親が一生懸命カオルン少年を値踏みしてるようだけど自分が嫁の値踏みに失敗してるのに一体何を根拠にやるんだか。姉を選べなかった僕と違って貴方は姉を選んじまったんですからね?
その義兄とはおたがい飲めない酒を呷りながらこの場にいない関係者の事を愚痴り合った。上の姉については僕の所や娘の職場だけではなく彼の職場にも姿を現して狼藉の限りを尽くしたとか。そのおかげで彼は閑職に回され次の赴任先が何もない途上国になってそこで退職になるんだとか。上の姉の逃げた亭主に関しては仕事がなければ俺も逃げたかったとため息混じりに告られたよ。自分の嫁と娘に対しては許されるなら自分のこの手で葬り去りたいとまで口にして僕は思わず周囲の視線を気にしてしまった。もしなんかあったら一等最初に疑われちまうから迂闊な事は言っちゃダメですって・・本音は同じですけどね。
新幹線が広島を過ぎた頃に突然男が客室内に現れた。気配もなくドアも開かずみんなが座ってウトウトしてる時にだ。まるで日本神話に出てくるような麻か何かでできた白いダボっとした服を纏い髪を真ん中分けにして両側に耳か蝶みたいに結った太刀を佩いたおっさんだ。
太刀を見て、すわ新幹線ジャックかと色めき立つ乗客たちを無視して草臥れ果てて寝ている僕たちの所へ来た男は、こう言ったそうだ。
【折角わしらが呼んだんだから、かっこだけでも喜んで出雲に来てくんなきゃ困るんだよね。オロチの時の事はノーカンだからさ、絶対来てよね。
それから恵比寿がやらかした事はわしらでどうにかするから早まった事はしないでおくれ】
狸寝入りを決め込んでいる僕に、そう言い残してその男は忽然と姿を消した。
寝てたんだから聞いてないからね、何が何でも鳥取になんか行くもんか!いい予感が全然しないのに行くバカなんていないよ!えっ島根?シラナイトコデスネ!
やがて新幹線が東京に辿り着き、長旅と寝すぎた事が重なって疲れて駅のホームに降りる僕たちにカメラを引き連れマイクを片手にした集団が僕たちを取り囲んだ。
広島の太刀男の事がもう伝わってるのか?そう思っていると僕たちにマイクを突きつける女がこう言った。
「〇航空XXX便をキャンセルされて新幹線に替えた皆さんですよね。今回の件で何か世間に伝えたい事はありますか?」
思わず葛葉嬢が不機嫌さから威圧をぶちかましそうになるのを鎮めて僕が応対に出る。
「いきなりそんなものを突き付けてあなたはどこの局の方ですか?抗議しますから仰ってください!」
機先を制して浮足立ったところを畳みかけてコメントを取ろうとしたレポーターの女は、やり返されて思わず黙ってしまう。
「カメラに付いてるマークは確認しました、○○テレビですね。何を聞きたいのかはわかりませんが不躾な貴方たちには一切コメント致しません」
どうせ編集して最後のセリフだけ放送に使う積りだろうが知ったこっちゃない。僕たちはTVクルーを残してそれぞれの家に向かって解散した。
そして最寄りの駅についてみると駅前には報道陣の山とそれを抑える烏丸さんたちの姿があった。報道陣の山の中からアンジェとピュアが○○テレビ関係者を一人ひとり弾き飛ばしている。そんな中、烏丸さんが僕たちを誘導しようとやってきたので何事かと尋ねてみた。
「何かあったんですか?東京駅でも突撃を受けたんですけど」
「〇航空XXX便が失踪したんです」
・・・へっ?
「この辺にバミューダトライアングルってありましたっけ?」
「驚かれるのはご尤もかと思います。それでその便をキャンセルして新幹線に乗った皆さんの事がマスコミに知れてコメントを取ろうとこの騒ぎになったという訳です」
眠りこけてスマホも触っていなかった僕たちはとんでもない騒動に巻き込まれていた訳だ。まさか、ウーちゃんたち非合法な行為に手を染めていたとは・・・
「偶々小さい子もいたから旅の記念に新幹線も乗せてあげようって思っただけなんですけどね」
旅先でのあいつらの悪行やそれに僕が悩まされていた事も明らかになるかも知れないけど、それでも何が起きているのか僕にも知らされていないんだからね。
「神様のお告げで飛行機は止めて他のにしろって言われただけだからコメントのしようがある訳無いでしょ?
それにアレには身内が3人そのまま乗ってたんだからね」
一斉にフラッシュの光が僕に降り注ぐ。どうやら神様のお告げの件から聞きつけられちまったみたいだ。
何をやらかしてくれてんだか、これじゃ仕事もままならないよ。僕たちも一緒に帰ってきたみんなもだ。
ただ禍根が断たれたのならあと20年は生きられるかもしれないね。
その後、ひと月ほど経ってXXX便の乗員乗客が一人二人と帰ってきた。ただ、そのすべてが天国みたいなところで楽しく過ごしていた、できる事ならもう一度あの場所に戻りたいと語っていた。
ただその中に3人だけいつまでも帰ってこない者がいたという。
帰って来なかった3人は・・・おっさんたちの希望がかなったと思ってください