第113話 兎、無双する
悪霊相手でなけりゃ出番に事欠かない陰の実力者で御座います
「いつも頼らせて頂いてるんです、偶にはあたしたちにも頼ってくださいよ。
みんな心配してるんですから」
仲間や眷属からの温かい言葉や助言で図らずも深夜の号泣大会をしてしまった僕たちは、それですっきりしたのか問題を先送りにして就寝し翌日の悪魔来襲を迎える事になった。
敵がやってきたのは前日と同じ夕飯時。きっかり営業妨害をしてみかじめ料でもせしめるつもりなんだろう。
店先に屯する鳩たちを蹴散らしてやってきた鬼二人、昨日とは少々様子が違うようだ。
まず二人の首には白いコルセット、更にゴリラ女は左腕を包帯で吊り、カマキリ女は右足にギブスを嵌め松葉杖を突いている。昨日の橋からのダイブでケガでもしたのかな?だったらざまぁと不謹慎ながら思う自分がいるのに我ながら人間が小さいと思ってしまう。
何も知らない八幡様が案内をしようと二人に声を掛ける。
【いらっしゃいやせ。今日はお二人っすか?】
・・・だから、小物臭いから言葉遣いは直してって言ってるでしょ?それに客商売だって事認識できてます?
それに対してゴリラ女が鼻でせせら笑いながらこう宣った。
「帰る時は3人になるけどそんな事はどうでもいいわ。まずは慰謝料を寄こしなさい!」
とうとう頭に蛆でも湧いたか。
「連チャンで来て偉そうな事言ってんじゃねぇよ。ゴリラはゴリラらしく動物園に帰ってオリん中で大人しくしてろや・・・戸の修理代と慰謝料まだだかんな(ボソッ)」
店が絡むとカオルン少年が良く喋るよな。でも、ゴリラ女にゴリラは禁句だよ。
「なんて糞生意気なガキなの?光司アンタの教育がなってないからでしょ!
あたしの繊細な心はもうボロボロよ!たった今100万持って来なさい!今すぐよ!」
十分厚かましいその言い分に昔からの蓄積された隷属が蘇り負けそうになる僕を、ピュアが髪の毛にじゃれながら気遣ってくれる。だからね、できれば抜かないで欲しいんだ。限りある資源は大切に、ね。
「ここは動物園じゃないんだからさ、それにほかの客にも迷惑掛けてんだし訳の分かんない事言うキチガイはさっさと外に出てくれないかな」
ちんちくりんが氷のように冷たい視線でねめつけると流石の二人も半歩後ずさってしてしまう。さすがに神戸でヤクザとやり合っていた女傑に比べたら案外弱いのか?あの二人。
「何よアンタたち!弁護士のセンセに来てもらうわよ!そしたらアンタたちは明日から無一文になるんだからね!そうはなりたくないでしょ?だったら姉さんの言う通りお金を用意しなさい!」
カマキリ女のふざけた言い分に騒然となる店内。でもこれはあいつらに取って手段であって目的では無い筈だ。
一度既成事実化すれば何度でも繰り返される、昔のように何度でもだ。それに抗う事は僕には出来そうにないのも事実だ。
ここで一人の男が立ち上がる、白バイ隊員のシラオだ。
周囲の期待を一身に受けてシラオが爽やかに笑いながらカオルン少年に声を掛ける。
「いやあ、今日も美味しかったよ、薫ちゃん。それじゃあ勘定いいかな?」
お前警察なんだからどうにかしろよ、という周りの視線ににっこり微笑んでシラオは言った。
「勤務外で手ェなんて出す訳無いでしょ?民事不介入なんだし」
いやいや、ここで働かなくていつやるのかよ。それにこれは明らかに恐喝に営業妨害なんだからもう民事じゃねぇって。せめて署に連絡取るとかなんかする事あるだろうよ。
そんな視線をものともせずシラオはカオルン少年に投げキッスを投げて帰って行く。
元々暴走族の巣窟だったトコに一人で飯を食いに来れる程、空気を読まない奴に期待したのがバカだったよ、ったく。
「今のは何なのよ」
「ゴリラには何も解んないだろうけど一応教えてやっけどさ。今出て行ったのは勤務上がりの白バイ野郎で今の一部始終を署に連絡する為に出てったのさ。
言ってみりゃあ現行犯みたいなもんじゃん。警察が来る前になんか言いたい事があったら言って見なよ。
聞くかどうかは別にして言うだけタダだからよ・・・言ってる事次第じゃオレだって動くかんな(ボソッ)」
今日のカオルン少年はキレてます。静かにしっかりキレてます。
「ひゃ、100万は言い過ぎたわ。撤回するわよ。
ただ、このケガに対する慰謝料は絶対貰うからね、解ってるでしょうね光司!
アンタ実の姉を傷もんにしたんだからそれなりの報いを受けて貰わなきゃ不公平ってもんよね!」
前言撤回こいつら生きてても害にしかならないから滅びて欲しい!
「脛に網目の傷でも持ってそうな顔して何が報いを受けなきゃ不公平よ。
アンタみたいなのが怖くて除霊とかできる訳無いでしょ。何がどうなって傷もんになったかしっかり説明しなさいよ」
人間相手だとこのちんちくりんとカオルン少年が頼もしくて仕方がない。
「アンタたちを追いかけてたらタクシーが川におっこったのよ!おかげで全治3か月の大怪我よ!どうしてくれんのよこの落とし前‼」
「全治3か月の大怪我が動き回れてる時点でウソでしょ?大方タクシーにも因縁ぶっかけていい金になったからついでにここでもコゼニを稼ごうとか思ってきただけなんでしょ?
ケガの程度で騙そうとか舐めて貰っちゃ困るしタクシーが落ちたのだってこっちのせいじゃないでしょ?
言い掛かりも程々にしてくれないと家族が可哀想な事になるかもよ?」
タクシーが落ちた原因は明らかに僕と葛葉嬢の抱擁からの威圧の爆発なんだろうけどここはちんちくりんに任せて僕は黙っていた方がいいだろう・・・あかん、葛葉嬢の眼が泳いでる。この人腹芸が出来ないからこんな時困るんだよなぁ。
「だってアンタたちの車が止まったらこっちの車が落ちたのよ?絶対おかしいじゃない!
こんなもん裁判しなくったってあたしたちの言い分が通るに決まってるでしょ!
だから慰謝料をサッサと出しなさいよ!200万でいいからさ、あっ一人200万だからね!」
正直関係が終わるんなら200万出してもいいんだけどそんな事したら味を占めて何度でも強請に来るでしょアンタら。今までだってそうしてきたんだからさ。
「別に裁判になっても構わないわよ、あたしたちは。
昨日のシュウジ君の車のドラレコだってあるしタクシーにもドラレコぐらい付いてるだろうから証拠は十分でしょ。いいわよ、裁判しましょ。
じゃあこの次は法廷で」
一方的にちんちくりんが会話をぶった切ると居丈高にほざいていたカマキリ女は鳩に豆鉄砲は喰らわされたような顔で口をパクパクさせている。
ホントの本題に入らずにコゼニ稼ぎに色目を使ってるからそんな目に会うんだよ。
溜飲を下げてくれる仲間たちの働きに感謝しながら僕は本題に入る事にする。
「父さんたちの13回忌の事で来たのかと思っていたけど違ったのかな?」
こと店の中で人間相手だったらちんちくりんとカオルン少年のコンビは最高ですな




