第12話 狸、警察に嵌められる
「実はですね。わたしゃアナタの事を疑ってんですよ」
まぁ、そんな事だろうとは思っていたけど、直に言われると中々ショックがでかいな。
「ああそうですか。えぇっと、ヘビイチゴさんでしたっけ?」
「蛇井宙梧だ!
あ、いや大声を出してすまなかった。謝罪する。許してくれ」
大方、鏡の向こうから撮影をしていて後で大声のシーンを誤魔化すのに必要なんだろう。編集の腕も上がる事だろうよ。
「恫喝されるのは前いた会社で慣れていますから気にしないでください」
蛇井が渋い顔をする。
見た目が気の小さそうなちびだから、頭ごなしにやればどうにでもできるとでも思っていたのかもな。
「俺は犯罪者って奴を山と言うほど見てきている。
あんたは典型的な犯罪者、いや犯罪者そのものって奴だな。
きつい思いはしたくないだろう?サッサとゲロっちまいなよ」
先入観で決めつけてくるタイプですか。そうなると別に真犯人でも出てこない限り、解放は無いって事かな?
「カエルじゃあるまいしいきなりゲロゲロ出来るもんですか。
それとも大酒でも呑めとでも仰るんですか?
生憎と僕は生まれてこの方、ゲロなんて吐いた事が無いんですよ。アルコールなんて飲もうとか思った事もありませんから当たり前ですよね。
ああ、ゲロを頭からかぶった事はあったなぁ」
僕の返事に蛇井は、聊か毒気を抜かれたようで鼻白んでいる。
「オレを怒らせない方が得だとか思わないのか?このちびデブ禿のゴミが」
「当然、今の発言は録音されていますね?」
「何を言いたい」
「名誉棄損で提訴して勝てる自信はありますよ、蛇井さん」
僕を怒らせて僕の暴言部分を使って公務執行妨害とか色々罪を積み上げていく積りみたいだけど、ブラック企業にいるとこれくらいじゃ動揺とかしなくなるんだよね。
「なんだとおお!」
逆に激高して立ち上がる蛇井を後ろから僕を護送してきた熊井が抱え込んで椅子に座らせる。
「へぇさん、あなたらしくないじゃありませんか。
相手は参考人なんですよ、被疑者じゃないんですからその点に留意してですね「何言ってんだ!
こいつはちゃんと更生した奴を犯罪者にしようとしてるんだぞ。あいつの目は真人間に戻っている、これは俺の目がそう言ってるんだ!」タナカの事は解りましたからここは大人しくして頂けませんか?」
なんだ、これは窃盗の件で引っ張られたのか?
一つ大きく溜息を吐きながら蛇井を見返す。
あいつの目が真人間に見えるんだったら、あんたの目は腐りきっているよ。
「先程から“尋問”を受けながら思ったのですが、僕の“容疑”は何なんですか?」
蛇井はぐっと一旦黙り込んだ後、吐き捨てるように言った。
「容疑じゃねぇ、公務執行妨害の実行犯として逮捕だ」
「熊井さん、この人の言ってることは本当ですか?」
「熊井、お前は喋るな。これは俺の刑事としての勘だ。
こいつは叩けばいくらでも埃が立つはずだ。
タナカに掛かってる濡れ衣も思えば話の起点は全部こいつだ。
こいつが裏で糸を引いているのは間違いないんだ。
刑事生命を賭けてもいい、コイツの事は俺に任せてくれないか」
喋るなって言った挙句に任せてくれないかとか随分我儘なおっさんだな。
話の起点が僕なのは、僕がアレを信じないで疑いの目でずっと監視してきたからだけど、このおっさんからしたらタナカを貶める為に画策した結果に見えるのかな。
でもこの調子で冤罪に追い込まれたらたまったもんじゃないな。
僕に対してもこうなんだから、犯罪者だときっと世の中を僻んで見てるだろうから、恨みつらみが溜まって霊障っぽいのが出てくるんじゃないのかな?
でも僕の感覚にはその兆候は感じられないな。
「黙ってないで話してみろよ、楽になるぞ?」
「話すも何も何を僕のせいにしたいのか判らないのに何を話せって言うんですか?」
「細かい事に煩い奴だな。
お前があいつに擦くり付けた全ての事だよ。
窃盗やらなんやら色々冤罪を被せてくれたもんじゃないか、ええ?」
「無関係の人間に真犯人がやらかした悪事を擦り付ける事が冤罪の定義でしょう?今アナタが僕にしようとしている事ですよね。
僕がアレをまず疑う元になったのは、あの職場に来た初日に僕に“借りパク”を仕掛けてきたからです。
それで僕は、あいつの社交的な上辺の下の狡賢くて厚かましい素顔を見張っていただけです」
蛇井の赤黒くなっていく顔を見ながら僕は煽っていく。
先に手を出させて刑事事件に逆にしてやる。
「舐めやがって、貴様にあいつの何が判る!」
「口先で耳触りが良さげな言葉を操って心の隙を狙ってる様な奴の事なら、これ以上知る必要はないでしょう?」
思わず立ち上がった蛇井を熊井が抑え込んだ。
「田貫さん、あんまり煽らないでもらえませんか?」
「散々煽ってきたのはそっちのヘビイチゴさんでしょ?」
「クマっ、放してくれ!こいつは俺が「どうするって言うんですか?もしかして録画していないとか?」・・・そんな事はお前が知る必要は無いだろう?」
「・・・へぇさん、まさかそんな事はしてないでしょう?」
ほう、取り調べの可視化はどうした・・・そうしたら最初の慌て具合は何なんだ?
もしかして録画しているかのように見せかけていただけなのか?
録音しているかと聞いた時は、そう言えば目が泳いでいたな。
そうすると最初から僕をハメるつもりでここに連れてきてたって事か。
クドウの差し金なのか、アレの陰謀なのか・・・やっぱり僕は不運の星の下に生まれたんだろうな。
「官憲の横暴に屈するつもりは毛頭ありませんから弁護士を要求します」
「貴様みたいなホームレスの一歩手前みたいな奴に弁護士なんぞ付くはずが無いだろうが」
自分の勝利を確信しているらしい蛇井が僕をせせら笑う。
それにしても、何でこいつはアレの無実に固執しているんだろうか?
まさかとは思うが、何かに操られているとか無いだろうな。
そう言えば、この建物の中で微かに臭ってくる異臭には何となく馴染みがある気がする。
もしかしたら、それが手掛かりとか言わないだろうな?
それにしても気分転換がしたい。
「それにしても蒸しますねぇ。
エアコンを効かせてもらえませんか?」
「お前がゲロしてからならいくらでも効かせてやるさ」
「じゃあ、せめて窓を開けてもらえませんか?」
「防犯上ダメだ。逃げられたら叶わんからなぁ」
蛇井では埒が明かない。
「熊井さん、どうにかなりませんか?」
「へぇさん、ボクらがいますから逃げられませんて」
「馬鹿言え、窓開けて霊障が起きたらどうするんだ!」
何を言っているのか?このボケは。
霊障は窓から入ってくるか?
「なぜ、霊障が起きるんですか?」
「田貫さん、ここは警察ですよ」
「ええ、病院だとは思っていませんよ」
目の前の頭がいかれた刑事が行くべきところだとは思いますがね。
僕の当てこすりに気付いたのか蛇井が目で威嚇してくる。
「もう、へぇさん、落ち着いてくださいよ。
ホントにどうしちまったんですか?いつものあなたらしくないじゃありませんか。
ええと、田貫さん。警察に来る人間って警官の他には誰がいると思われますか?」
「犯人?被疑者?容疑者?その辺じゃないんですか」
「犯行を行った可能性が疑われるのが被疑者、犯行を行ったであろうと特定されれば容疑者、犯行を行った者が犯罪者。
ざっとこんなトコでしょうか。
それから、あなたのように犯行に関する証言をして頂ける証人。
そして一番大切なのが、被害に会われた被害者とそのご家族の皆さんです。
後は報道関係とか色々ですね。
では、ここで警察が霊障を気にするのはなぜだと思います?」
「犯罪者なら自分に冷たい世間への怨嗟。
証人なら犯罪者からの報復への恐怖。
被害者なら理不尽な暴力への怒りとか失ったモノへの憐憫、失意、犯人への憎悪」
「その通りです。
そう言うモノが常に充満している警察署は、実は霊障が大変起こりやすい場所なんです。
ですから、うちみたいな大きな警察署では除霊業者に依頼して建物全体を結界で包んでいるんです」
結界ね・・・道理で猫又の声がニャアニャアだった訳だ。
「もしかしたら、このおっさんの奇行が解明できるかもしれませんね」
怪訝気な蛇井の顔を見ながら僕は独り言を呟いていた。




