第105話 水の女神、降臨する
《そったらどうやってもオラの身内は生き残れねぇじゃねぇだか!》
ちょっと苛めすぎたかな?このあたりの匙加減って難しいんだよな。
「簡単な事さ、お前さんが僕の丁稚になればいいんだ」
《眷属でねぇんだか?》
「残念ながらお前さんは眷属としては力不足だ。このマフラーの中にいる精霊にもバケツの中にいる人魚にも、それこそお前さんを抑え込んでた猫又にもお前さんは勝てない。
多分、猫又が使役している野良猫たちや人魚の子飼いの船幽霊が相手でも無理だろうね。
だから、僕たちはお前さんの眷属は拒否したんだ。
でもお前さんが僕の丁稚になったとする。
立場としては、下っ端の眷属みたいなもんだ。そこで修行して力を付けてくれば段々と位が上がっていって最終的には眷属の仲間入りができるかも知れない・・これはお前さんの努力次第だから確約は出来ないけどね。
もちろん一番下っ端の眷属だから制約も厳しいし自由も無いかも知れない。だけどお前さんの一族を救える可能性は増える」
即興でも僕の中の組織図を作成しなくちゃな。
まず、シリウスの同僚として葛葉嬢、カオルン少年、ちんちくりんが同格。モブ2号が1ランク下。
それから僕の眷属としてアンジェ、ピュア、ディーテ。その下に眷属候補の位を作って現在空席。
眷属候補になるには手代頭にならなきゃならない。アンジェんトコの野良猫どものリーダー格のブチ猫と黒いペルシャ猫、ディーテんトコの船幽霊のリーダーが暫定的な指標になるかな。
他の猫たちや船幽霊は平の手代格にしとこう。
その下に丁稚頭、丁稚で新入り。化け狸はこの中じゃ新入りか丁稚、でも丁稚って言っちゃったからなぁ丁稚か。
僕のあだ名が番頭なせいかとっても和風な組織図が出来上がっちまったな。
《眷属になれねぇのはなぜだ?》
・・・こいつには耳がちゃんとついているのか?
「眷属ってのは主に絶対の忠誠を誓わなきゃならない。
オロチ様に情報を流さなきゃならないって言った段階で眷属になる道は閉ざされているんだよ。
逆にオロチ様には忠誠を誓って無いのかい?」
《難しい話は分かんねぇだがオラはみんなを助けるために来てるだ》
ブレねぇやつ。人質の為の任務だと解釈しよう、そこに愛はあるんか?
「眷属ってのは自分で判断して行動する自由がある、逆に丁稚は主の命令を絶対聞かなきゃならない義務がある。
お前さんがオロチ様からの契約で僕の眷属になるのは不可能だけど、オロチ様の契約を破棄して僕の所にきたら丁稚から始められる、ホントは最初は丁稚の下の新入りから始まるんだからね」
少しだけお得感を滲ませてみる。
《『けいやく』とかオラには解んねぇだがそれでオラんトコのみんなが助かるんならそれでええだ》
化け狸の身体がほのかに光った。
【その約定、ウーちゃんに代わってこの弁財天サラスバティが見届けた。お諏訪殿も認めるじゃろ?】
だっ誰?婀娜なお姉さんのお声が空から降ってくると、温泉の中から金色の大蛇を全身に纏う様に巻き付けて琵琶を携えた全裸の女性が姿を現した。
【確かにこの諏訪神建御名方命、八百万の神の名の下にそこなる名無しの化け狸が我が先生田貫光司殿の僕の末席に坐した事を認めるもので御座います】
・・・ええと・・・そんなに大それたことをやった記憶が無いんですけど・・・それに今まで他の眷属の時には何も言わなかったのに急に仰々しいんですけど?
それからこの裸のお姉さんは誰?見えそうで見えないのに見えちゃいけないトコは確り隠してるけど何とも煽情的なお姿にドキドキしてるんですけど・・・いやいや、葛葉嬢やカオルン少年やちんちくりんとかアンジェたちに興奮してない訳じゃないんだよ?ただ、より暴力的なお姿にビビりまくっているだけなんだからね。
「あ、あのう・・・どちら様で?」
【あぁ、いきなりであったから脅かしてもうたかのう。
妾の名はサラスヴァティ、仏陀に仕える神の一人弁財天って言えば分かるかのう?
ウーちゃんからよく聞いておるのじゃ♡。逢うて見たらコロコロとしてて可愛いものじゃのう】
あっ、ウーちゃんの知り合いかぁ。オッパイとか色々際ど過ぎて捕まりそうな人なんですけど。
そろそろ妄想大魔王が爆発するかと思ってたらにこやかに挨拶をしているぞ?
ウーちゃん絡みで知り合いなのか・・・それに引き換えお諏訪様の様子がなんだか怪しい。
それに初めて感じる波動が湖の方から感じられる。
オロチ様が遂に動き出したのか?
「みんな気を付けてくれ。
湖の方から何かが来る!」
バケツの中からディーテが出てきて弁天様に頭を下げながら温泉に浸かって通常サイズへ海坊主へとシフトチェンジしていく。
【おぉ!あのくそたれの恵比寿様から逃げ出した海坊主とこんなトコでまた会えるとは思わなんだわ!
いい主にやっと巡り合えた様じゃのう】
弁天様は体をくねらせて喜んでいる。元を辿ればインドの蛇の化身かなんかだったんじゃないかな。
聞けば七福神でも恵比寿様から恒常的にセクハラ被害を受けていたらしいから、ディーテが柵から抜けられた事が嬉しかったんだろうね。
【ここでも恵比寿の奴、散々やっておったからいい気味じゃわ!】
思えばここは七福神温泉郷、弁天様に所縁のある弁天橋はダムの底。当然ながら弁天様の名を冠した温泉はここにはない。どこかの山中に弁天社が移築されているらしいけどこの雪の中じゃ僕だったら辿り着けそうにない。
その代わりに恵比寿廟なら七つもある、因みに稲荷社は皆無。
どれだけ恣意的なんだろうね、この谷は。
いつの間にやらピュアもマフラーから出て本来の姿に戻って一本だけ残った松の木に止まり、アンジェも黒豹のような雄姿を現して爪を研いでいる。
湖からの気配は既にあの葛葉嬢でも気付くレベルになって近づいてくる。
かなりの時間が経ってるのにまだなの?いい加減待ちくたびれてるんですけど・・・
【せっ、先生・・・誠に相済みませんが我はここで帰らせては頂けませんでしょうか】
「お諏訪様、急にどうしたんですか?」
【いや、ここは弁財天殿が出張ってらっしゃることだし我がいても邪魔になるだけだと・・・】
あの、戦神が何を言ってるんですかね?サラスバティが鎮護国家の戦神だってのは資料で知ってますけど同格じゃないんですか?
「具合でも悪いんですか?」
真っ青な顔で僕の方を見つめるお諏訪様。こりゃ相当悪いな。
お諏訪様が僕に返事をしようとした瞬間、例の波動が消えた。
来たのかと思わず身構えて湖の方を見ると清らかな光が僕たちを包む。
眩しさから立ち直って目が見えるようになった時、目の前では乱闘?が始まっていた。
お諏訪様が天女に組み敷かれてボコボコに一方的にやられていた。それはもう手の出しようが無いほどに。
【まっ、待ってくれ、我が妹よ。そっ、そなたは何か勘違いをしているぞ・・・】
無抵抗のお諏訪様が懸命に弁解してるみたいだけど全然聞く耳が無いと言うか。これがオロチ様?