第103話 狸、迷走する
前回、前々回と葛葉嬢が暴れた毘沙門台に到着する。
いきなり地名を出しても解んないよね、要するに化け狸に通せんぼされた戦場跡に到達したって事。
三日間降り積もった雪が一面を覆って・・・いないんだよね、これが。
ホカホカと煙が上がり、そこここの窪地には氷が張っていない水が溜まり池が出来上がっている。向こうに見える寂れた祠も、心なしかまるで茹で上がっているみたいだな。
このダム湖周辺は七福神温泉郷として湯治場が点在していたところで毘沙門台もその一つだったってガイド本には書いてあった。ただ、ダムができるよりはるか前に源泉が枯れ、終わっていた元温泉場って事だったんだけど・・・復活してるじゃん。
「なんで高台なのにお湯が湧いてんのよ、3日前はただのクレーターだったじゃないの。ねぇ、姫様、大上さん」
「私は大学でも文系で御座いましたので道理はとんと理解しかねるので御座いますが、泉では水は湧くものだと思っておりましたが」
水は重力に逆らわないからねぇ、低い所のくぼ地に地下水が集まって泉が湧くんだと僕は思うんだけどねぇ。ここ高台なんだけどさ。
「オレ、バカだからパス・・・それより狸を探そうぜ(ボソッ)」
このお湯が溜まってるくぼ地は、誰が作ったんですかねぇ?お二人さん?知らんぷりして目を逸らさない!
《カオルン、あのくそ狸を見つけて何をするのさ。
・・・わかった!狸狩りね♡》
アンジェの奴、自然の中に居過ぎて野生に戻ってんじゃねぇのか?
「いやさ、あの何だっけ・・・ナントカ様の事だけど約束を守ってくれるって思ってるのかな?・・・絶対裏切ると思うんだ(ボソッ)」
「それを聞いてみたいって事かな?
でもあれだけ意固地になって眷属の話にしがみつかれるとそこまで話をしようとしたら・・・ねぇ」
言わずもがなの事を言っても仕方が無いからそこで話は打ち切っちゃうけどね、実際のところどうなんだろう。
「ディーテは対決してて鮭妖怪は武人みたいだって言ってたよね。
でも化け狸の話とかから透けて見えるのは狡賢い蛇のイメージしかないんだけどね」
《ですが我が君、あの時の鮭妖怪は確かに武人だったでありますよ》
疑ってる訳じゃないんだけどさ、どうも実像が見えてこないんだよね。
「もしや、だから双頭の蛇なのでは御座いませんか?」
えっ?感覚派の葛葉嬢が理屈を言い出した?
「だからと言われますと?」
「ええ、ですからほら、なんと申したらよいので御座いましょう、ガンと来てたのがズルリと来ると言いましょうか、ええと。うーん」
やっぱり感覚派でしたか。雪山で遭難したくは無かったので理論的な返事がこなくてよかったよ。
「クー姉が言いたかったのってさ、もしかしたら鮭の方がブジンでオロチの方が蛇だって言いたいんじゃねぇの?・・・多分だけどさ(ボソッ)」
「双頭だけに思考パターンが違うって言いたいんですか?姫様」
そんな首が捥げるかって位に嬉しそうに頷かなくても普通にしてていいんですからね。
「その説がもし正しければ、武人の鮭が行動不能か何かになっている可能性が出てきますね」
《なぜでありますか?》
「ディーテと戦った後、僕たちの前にチラチラしてるのは武人の鮭じゃなくて狡賢いオロチの方なんですよ?
これは鮭の方が寒さに負けて冬眠に入ったとか凍傷が酷くて戦えないだとか何かよからぬアクシデントに見舞われたからと考えると傷が癒えるまで僕たちを近づけたくはないでしょうから妨害工作に励むという訳ですよ」
《ターさん♡、さっき可能性がどうのって言ってたじゃない?
じゃあ他にどんな可能性があるの?》
「そうだな、今パッと頭に浮かぶのは、攻撃のレンジが違うってのかな?」
《近づけば鮭が肉弾戦を仕掛け、離れればオロチが策略やら魔法やらで翻弄する、でありますか?》
「そう、も一つ思いついたのは鮭とオロチは活動時間が違うかもって事。
ディーテと戦っていた鮭は時間が来て寝ちゃったからオロチが代わりに僕たちを近づけさせないようにしているとかね」
【いやあ、中々以ていつもながらの鋭い御高察には頭が下がる思いです、さすがは先生】
煽てても木には登りませんよ、お諏訪様。僕は田貫で豚じゃありませんから・・・体型は近いですけど。
「今のは単なる仮説でしかありません。
なんせ情報が無いんですから。
情報が無ければ相手の欠点を衝いて勝負を決める訳にもいきませんし、有効な手立てを講じられるか甚だ疑問でしかありませんから」
だから情報が欲しいんです!
宿近辺で聞き込みをしても熊が虐殺されるまでの情報はまるで無し。
強いてあげるとするならば、七福神温泉郷の中で湖に沈んだ里の中に大国池ってのがあってその場所が襲われた採卵場の辺りだったという事と襲われた別荘がある里の名前が蛭子口と言うぐらい。
蛇や鮭に関しては完全に空振りだった。大国池に蛇ぐらいは棲んでいただろうが主と呼ばれるほどのレベルではなかったようだし。
熊がやられた頃、僕たちは海で恵比寿様に引導を渡してたって事から完全に無関係だとは思わないけどどう関係しているのかは不明。
ただ、この近辺の恵比寿廟七つがオロチ様の支配下にあって霊気を吸い続けている事と稲荷社が一つも無い事(七福神の祠は、他に毘沙門天が一つ、弁財天が一つ、寿老人が二つある。他はダム湖の底らしい)が気に掛かる点だ。
こんな山奥でいくら鮭が上がってくるからって恵比寿様は無いんじゃないか?祀るんなら大黒様の方が似合ってると思うしお稲荷さんが一つも無いのもちょっとね。
だからどうした、としか言えないような情報ばっかでしょ?
化け狸は、人の弱みに付け込んで眷属にしなきゃ情報はやらないとか言いやがるし(その情報が役に立つかどうかさえ怪しいんだけどね)・・・詰んでるような気がするのは僕だけかな?
《やっとオラを眷属にする気になっただな!》
噂なんかするもんじゃないよ、当の本人が湧いて出てくるからさ。
溜息と共に虚ろに向けた視線の先には、あの化け狸が仁王立ちして待っていた。




