第11話 狸、会社と揉める
「僕はここに来てまだ1日も休みは貰ってませんから」
相手が土建屋だろうが何だろうが構うものか。
今まで散々苛めてくれたお礼をたんまりしてやる。
「へぇ、そうなのかね、ハラクン」
クドウは経理担当のおばちゃんことハラさんに水を向ける。
このおばちゃん・・・クドウの愛人じゃなかったっけ?
「タイムカードでは週に二日ずっと休んでるわよ」
くっそー、タイムカードを経理用に別に作ってやがったな?
証拠隠滅か、こんな姑息であくどい奴らの所で働いていたとは・・・
《ターさん♡、ウチ、一肌脱いだげようか?》
「(小声で)猫又に何かできるのかい?」
《もぅ、水臭いんだから!
ウチはターさん♡の眷属なんだよ?証拠ぐらいササッと創ったげるからさ》
「・・・偽造は止めてくれ・・・」
張り切るのはいいけど我が眷属は、手っ取り早く結果を出そうと悪事にすぐ手を染めたがるから厄介だ。これって魔のモノの本質なのかなぁ。
「まぁ、勘違いは誰にでもある事だ。お互い水に流そうじゃないか。
今すぐにとは言わんが違約金50万を払って貰えば他言はせんよ」
「ほほう、あくまで僕がウソつきでここは被害者だって言いたいんだな?」
「言いたいんじゃないな。
事実なんだよ、証拠だってここにある。
これが信用できなければ労働基準局なんてただのお飾りじゃないか」
クドウのなんとも盗人猛々しい物言いには、流石に僕も堪忍袋の緒が切れた。
「当然、日報も書き換えられてるという事ですね。
日誌に施工主に対する報告も(改竄を)怠りないという事かぁ。
後はあの財布抜き取り事件の後に据え付けた防犯カメラの映像チェックってトコですかね?」
「ああ?あれかぁ、あれはなんだ。犯人に対する脅しの為でだな・・・映像を保存していないんだ」
クドウの細い目に動揺が走ったことを僕は確認したね。
「実際アレを置いた後、何も取られなくなったじゃないか」
「そりゃあ、設置する時タナカもいましたからね。
前科持ちでそれを隠してるんだから用心するに決まってるじゃないですか」
「キミもその場には居合わせたものな」
「又、そっちの犯人にしたいって言うんですかね?」
「とんでもない、無実の罪を負わされているかも知れないタナカくんの事を慮っているだけだよ」
証拠は隠したから優位だとばかりにクドウの鼻息が荒いな。
防犯カメラの映像には、ロッカーと出入口の様子が収められている筈だ。
タイムカードを改竄し防犯カメラの映像を隠蔽したとなると、こちらからのアプローチは現実問題まず不可能だという事か。
尤も、今すぐ警察がここに踏み込んできて証拠を確保するなら、偽装工作を含めて明らかになって僕の勝利が確定する事だろう。
やる気満々の猫又を抑えつつ奴らの陰謀を阻止するには・・・
「すいません、お邪魔しますね」
緊迫した空気を読まずに入ってきたのは、ここの地区の地域課警察官、平たく言えば交番のおまわりさんの中で一番年嵩の猫田巡査部長と背広姿のいかつい男の二人だ。
まだ警察呼んではいないんだが?
「田貫光司さんですね。
あなたにはタナカコウタ氏への誘拐拉致事件に関する件で署まで同行をお願いしたいのですが」
「へ?」
アレは、きっと厄病神の類に違いない。
僕の人生を一言で言い表すならきっと“不運”で集約される事だろう。
漸く目の前からいなくなったアレのせいで警察に行く羽目になるなんて・・・
「解りました、ハラクン。
今すぐ田貫クンの給料を精算してあげてくれないか、彼を解雇するから。
そんな犯罪者を飼っておけるほど我が社はあくどい商売をやっていないのでね」
「クドウ社長、早まらないでください。
田貫さんは単なる参考人なんですから。
それにもうすぐ労基が立ち入りに来る筈ですからクビを洗って待っていてくれませんかね?」
「おい、猫田君。それは情報の漏洩になるぞ。証拠を隠滅されたらどうする!」
「熊井さん、それは心配しなくてもよさそうですよ。ほら」
事務所の入り口には、段ボール箱を小脇に抱えた背広姿の集団が佇んでいた。
するとこっちは、労基局の家宅捜索なんだな。
どうやら幸か不幸か『クドウコーポレーション』の祝福された一日に、僕は居合わせられたらしい。
ただそれは、始まりを眺めただけで終わったんだけどね。
僕は、猫田巡査部長と熊井刑事(役職不明)に挟まれながら喧騒に包まれた事務所を後にした。
署への道すがら、走って僕を追いかけてくる猫又をバックミラー越しに見ながらふと考えた。
『あいつはあいつなりに僕に気に入ってもらいたくて一生懸命なんだろうな。
僕があいつに報いてあげられる事って何だろう』と。
車内では猫田巡査部長の饒舌なおしゃべりと熊井刑事のほぼ無言の圧力に小さく溜息を吐くしかなかった。
それにしてもよくしゃべるなこのおまわりは。
「タナカさんは貴方に目の敵にされていたと言ってましてね。
悪意であそこに追いやられたって主張しているんですよ」
まさにその通りだが、このおまわりはなぜこんなに口が軽いんだろう。
捜査上の重要情報じゃないのか?こっちにバラしていいもんじゃないだろう。
「そんな事、僕に教えて構わないんですか?
確かに僕が彼に対して好感情を持っていなかった事は、あの会社で知らない奴はいない筈ですけどそれが動機で犯行に及んだとか何とかシナリオでも出来上がっているんですか?」
「おい、猫田君。
いえ、貴方は被疑者ではないんですよ、田貫さん。
あのタナカって野郎には、どうも虚言壁があるらしくて話の辻褄が合わんのですよ。それで、改めて証言を頂きたいと思いましてね」
僕の頭越しに猫田巡査部長をけん制しながら、重低音で熊井刑事が話しかけてきた。
本当か嘘か表情のない熊井から探る事ができないまま車は警察署に入って行く。
遠くで猫がニャアニャアと煩く鳴いている。猫又が僕に勇気づけようとしてくれてるんだろうかな?
でもなぜ鳴き声なんだ?
いつものウザい程の声が懐かしいほどになるな。
警察署の中に入ると、何とも言えない異臭が微かに漂ってくる。どこかのホームレスでも尋問しているんだろうか?
「いやぁ、御足労をお掛けしてすいませんでしたね。
さぁ、こちらでお話をお伺いさせて頂けますかな?」
全く目が笑っていない痩せた中年の男に勧められて席に着く。
窓の反対に鏡が置いてあるな、ドラマだったらマジックミラーになってて誰かが様子を窺っている事だろうな。
この男は確か刑事の・・・忘れちまってるぞ?まぁいいか。
「実はですね。わたしゃアナタの事を疑ってんですよ」
それはまさかのカミングアウトだった。