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狸なおじさんと霊的な事情  作者: BANG☆
双頭の鮭と迷える狸編

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第93話 人魚、引き分ける

 何やかやと気忙きぜわしいカオルン少年との交信を気もそぞろのままに終わらせると目の前の現状に集中する。


 バケツが転がり海坊主が顕現している。半冬眠中の人魚(ディーテ)形態では無いんだな。


 そしてその向こう、湖の中からは分厚い氷を破って湖の“鮭妖怪”が()()もたげて姿を現し海坊主と対峙していた。


 海坊主ことディーテが鮭妖怪のエサになっていなくてホッとしたのと同時に、僕を始めとして地元の依頼人たちの認識が間違っていた事に今気が付いた。


 こいつは鮭じゃない。ウツボだ。


 山中に海の魚ウツボがいるとは思わず頭の形と鮭の遡上を連想させる時期に活動してたことで鮭と思い込んで発信してしまったのだろう。


 ウツボは南方の海に生息している海魚で鰻やはも泥鰌どじょうみたいな細長い体をしている魚だ。蛇みたいに細長い胴をしていない鮭じゃ鎌()は擡げられないからね。そしてその性格は極めて凶暴な肉食で生きたモノしか食べない所から“海のギャング”なんて綽名すらある魚だ。


 番頭よりはずっとかっこいい名前だけどね。


 南方系の海の魚が妖怪化して冬の東北の湖にいるなんて誰も予想していないだろうから『妖怪は鮭だった』って情報が出てくるのは仕方が無い事だよね。それを鵜呑みにしないで自分で分析してなんぼなのに今までここに来ていた除霊屋たちは無策のまま大敗走を重ねて“シリウス案件”にして逃げ出してくれてたって事だな。


 僕にしても妖気が湖底に固まっている事は判ってもピュアみたいに2体いるなんて事は判らなかったんだから、妖怪退治の危険度の高さは除霊の比じゃないよ。


 いや待て・・・遡上する魚と言えば鮭だけじゃないよな。鮎には見えないけど?・・・鰻は遡上するんだ、それも雨上がりみたいな時は陸に上がってくる事すらあるらしい。


 じゃあこいつはウツボみたいに怖い顔した鰻なのか?鰻だったら猫から首チョンパされて一件落着になりそうなのに・・・アンジェを呼ぶか?向こうから呼ぶにはちょいと遠いからその暇は無いか?


 僕が今こんなちんちくりんかモブ2号(根津)にしか通じ無い様な長考をする事ができているのは、なぜかさっきから事態が膠着状態にあるからだ。


 僕たち九州人からすると吹雪としか言えない様な雪が横から吹き付ける中、微動だにしない海坊主ディーテと鮭妖怪(仮)、そしてそれを見守る僕とマフラーの中の鸚鵡ピュア


 更に時間が過ぎてその場全員が雪像になりかけてそろそろ退却を考えなくちゃいけなくなった頃、ディーテから念話が飛んできた。


《我が君、そこにおられますか?》


 元恵比寿様の手下だっただけあってディーテの口ぶりは大時代だったりする。


「ずっと後ろで控えていたよ。ディーテ、僕に何かできる事はあるのかい?」


《それではお言葉に甘えさせていただきます。

 それがしを回収して撤収しては頂けませんでしょうか?》


「相手の術にでも縛られたのかい?」


 呪詛返しとか僕にできるとか思わないでくれよ。それは葛葉嬢の専門分野だからな。


《いえ、某、恥ずかしながら寒さにやられて動けなくなっているのであります》


 半身魚だしずっとバケツの中で半冬眠状態だったからな、凍傷だ何だとか思わない事も無かったよ。


 ただ、妖怪になってんだからそれを克服できてるんだと思っていたよ。


 あの(妖怪)使いの荒い恵比寿様に何の配慮もされずに季節を問わずに出動させられていた筈だから、対処する方法があるんだと思ってたんだよね。


「君は任務として極寒の冬の海で蟹を密漁する半島からの船を沈めるとか極寒のオホーツク海で日本の漁船を追い回す某国の国境警備隊の船を沈めるだとかやってたんじゃないの?」


《我が君、先主(恵比寿様)は根っからの無精者でありましたので、某はそのような場所への出動はした事が無いのであります》


 ・・・そんなんだから豊漁の神の座を追われちまうんだよ、恵比寿様は・・・


「そうなんだ・・・でも退却するとして相手は追ってこないのかい?」


《それはご安心を。向こうも某と同様寒さに負けて冬眠に落ちた模様でありますから動く事は叶わぬかと》


 要するに、突然の対決となって決め手に欠けるままお互いの様子を探ってたら、体力の限界が先に来て千日手の引き分けになったってトコか。 


「今の内に相手を叩くとか言わないのかい?」


 無理無駄無茶はみっともないの観点から相手が十分動けるときに仕留めようとか打つ手が見つからない時には無理なんですけど、どすか?


《彼の者も武人の誇りがある様子でありますので、無用な刺激は避けて日を改められることを、某はお勧めするものであります》


 対峙した本人からの進言は重いよな。無茶はするなって事よね。それにディーテに心ならずも置いてきぼりをかましてしまった手前、無下に扱えない気持ちが僕の中にある。


「君の意見を採用しよう、退却だ」


 まるで雪だるまが雪の球を転がしているかのように、僕が元の色が解らない程雪がこびりついた海坊主を押して現場から撤収していく間、湖から伸びた鎌首は微動だにしなかった。


 やっぱり凍り付いていたのか?それとも追い打ちを掛けずにこちらの出方を探っていたのか。


 全ては情報が足りない、やっぱり無用な刺激は避けるべきって言うディーテの意見は正しかったのだろうね。


 寒さと筋肉疲労でバキバキになりながら坂を上り切り葛葉嬢を降ろした所まで来てみると、そこは戦場だった。


 来ないからどうしたのかって思ってたんだけどさぁ・・・


「寒いから帰るよ」


 それだけ言い捨てて通り過ぎる。血の気が多いのか寒さ対策なのか解んないけどあんまり地形は変えないようにね。

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