第90話 狐、駆け落ちを試みる
《おっきぃのはかたっぽおっきしててかたっぽねてる。いっしょにいるちっちゃいのはねてるよ》
このピュアの分析をどう捉えるか。僕が深夜まで考えて考えぬいた答えは・・・もう一回観察してみよう、だった。
たったこれだけの情報で、冬の凍った湖の底にいる2匹の(多分)妖怪をどうこうできるなんてとても思えないだろ?そこまで自分の力を過信しちゃいないよ。
もし長生きしたかったら、例え臆病と言われようとも調べて調べて調べ倒して万全の布陣で臨むのが理想だからな。ここは、カオルン少年の補助に貸し出しているアンジェを呼び寄せるべきだろうか、それとも前世で因縁深い土地の近くだからと念のために遠慮して貰った葛葉嬢に声を掛けるべきか・・・
アンジェ抜きになると店が心配で担当現場を更地にして帰りかねないカオルン少年は一人にできないし・・・となると、今回休ませてる暴走機関車の一択かぁ・・・ホント僕たちって手ェ広げ過ぎてるよなぁ。少人数なのにな。
誰がどう考えてみたって同時に3ヶ所をたった人間5人と妖怪3人だけでフォローするとかさ、狂気の沙汰だよ・・・でも泣きそうな顔して護摩壇に護摩木をくべながら般若心経を唱えているのが目に浮かぶちんちくりんと補助役の小心者のモブ2号に関しちゃ、僕をここに追いやった原因なんだから少しくらいヤな目に遭ったってバチは当たんないだろう。若手霊能者の第4位なんだそうだから霊だけなら大丈夫さ。
・・・それにしても呼びたくないなぁ・・・吊り上がった眼を血走らせて鼻息荒く迫ってくる葛葉嬢の様子が目に浮かぶようだよ・・・絶対にやるよな、いつもみたいにさ。
豪いもん思い出しちゃったよ・・・今夜寝れるかなぁ・・・宿の温泉にでも浸かって緊張を解せば・・・いやいや途中で寝て溺れ死ぬ絵しか思いつかんわ・・・
翌朝、案の定完全に徹夜状態でボロボロのまま足を引きずるように現場に向かうと雪の降りしきる中、人影が見える。
・・・誰だ?まさか雪女とか・・・
その人物は僕を見つけた途端、怒涛の勢いで駆けてきた。
「旦那さま~!私、来ちゃいました♡」
ゲッ、葛葉嬢じゃねぇか!
確かに呼ばなきゃいけないかな?とは思ったよ。でも呼びたくない気持ちも強かったんだよ、いつも色々あるからね。だから夕べの定期連絡でも応援の『お』の字も口にしてないし、悩んでるとも難航しているとも言って無かったよね、僕。
流石にいつもの烏帽子に狩衣の陰陽師スタイルは寒かったのか、青いスキーウェアの上下にいかにもあったかそうな帽子をかぶった葛葉嬢は、まるで今どきの女子大生かOLかって感じになっている。馬子にも衣裳とでも言えばいいのか、着てるものが変われば例え葛葉嬢でも現代人に見えてくるのか。
「僕、呼びました?」
「はい♡、たまちゃんがきっと旦那さまが私を求めていると私に強いるもので御座いますので、その意を酌んで仕方なくでは御座いますが微力を尽くさせて頂きたいと今朝一番の飛行機で参りました次第で御座います」
・・・圧倒的な破壊力で僕の精神的バリケードを蹂躙して乗り込んで来ましたよ、この人。どこが仕方なくだよ、この確信犯。
「店はどうしたんですか?」
今、びくってしたよね。まさか平常営業している筈の店をほっぽいてきたとか言わないだろうね。今日は、葛葉嬢とちんちくりんと八幡様で回してる筈なんだがね。
「チカさんが担当してた除霊が昨日終わったとの事でセンパイを立てますからどうぞなんて言われてこちらに参りました次第で御座います。
もちろん、店はチカさんと根津さんと八幡様がきちんとやってくれるとの事で御座います」
随分と早口だねぇ・・・アンジェに送り出されて来たって言ってたよな?なんでそこにちんちくりんが絡んでくるんだ?それにあいつの担当は調伏できるまであと1週間は掛かる筈じゃなかったのかな?
連絡を取りたくてもこの辺りは山奥過ぎてスマホも何も役には立たねぇし、どうしたもんか・・・
《おとーさん、だれとおはなししたいの?》
おっと、この手があったか!
「もちろん、最初はピュアとだよ。でもピュアさえよかったら大上さんともお話しができると嬉しいかな」
「や、やだ、こんな山奥からではいくらピュアちゃんでも念話は飛ばせないのでは御座いませんか?」
おや?何を慌ててるのかねぇ葛葉嬢は。あからさまに挙動不審なんですけどね。
《どうしてクーかーさんはピーのこと、しんじてくれないの?
ピーは、もーっとむこうのほうからでもおはなしできるんだよ》
葛葉嬢の顔色がよろしく無いようで・・・育ててる子供の前でウソは吐いちゃダメでしょ?お前さんも親の一人なんだから手本を示さないとね。
「そうか、やっぱりピュアは凄いんだな。生まれてずいぶん経つけど僕にはとてもじゃないけどそんな事は出来ないからね」
《えへっ、おとーさんにほめられちゃったぁ。クーかーさんは?》
「も、もちろん、生まれてまだ1年もならないのにいろんな事が出来るピーちゃんは私たちの誇りで御座いますからね」
だから、目が泳いでるって。僕のマフラーの中から顔だけ出してお前さんの事をじーっと見てる鸚鵡になんかあるかい?
「・・・ごめんなさい、旦那さま。実は我慢できずに飛び出してきてしまったので御座います・・・」
腹芸とか最初からできないんだから素直に言えばよかったのにねぇ・・・職場放棄しやがって。
「看板娘が飛び出しましたじゃ店の事になると鬼になる大上さんがどんな反応をすると思うんだい?」
「あら、看板娘だなんて・・・(ポッ)」
反応して欲しい言葉が違うんですけ怒!
《おとーさん、かおるんとおはなししなくていいの?》
おいそこ、涙目で僕を睨むんじゃない!きっちり幼子に説明せんかい!
「まだ朝早いから、大上さんはまだ起きてないかも知れないからもう少し後でいいかな。
それより水の底のおっきいのはまだ起きてないかな?ピュアならわかるんじゃないかな?」
なんで僕がフォローしなきゃならないのか・・・解せん!