第10話 狸、後始末で対立する
「お前さんの言い分を信じてくれる奴がいるなら僕はここを辞めてやるよ」
この捨て台詞を吐いた時の自分に、僕は蹴りを入れてあげたい。
はぁ・・・勢いと状況判断の甘さからくる油断が身に沁みる。
霊障が取り沙汰され霊媒師や除霊師が世に認知されるようになって早10年。
首輪の無い黒猫と眼が合って数百メートル飛ばされて死にかけるような羽目にあった・・・などという話、10年前では歯牙にも掛けられなかった事だけど霊障が社会問題になっている今、くそ山賊野郎の言い分を警察が取り上げ、普通の猫の振りをするしかなかった猫又は保健所に連れて行かれてしまった。
きっと猫又の能力がバレると、僕が殺人教唆で捕まる可能性がある事を理解して能力を発揮できなかったんだろうな。
ホントか嘘か、僕の眷属になっていると自己申告をしていた猫又をすぐに助けてあげたいところだったけど、アイツの能力が発覚したなら僕も罪に問われてしまう事だろう。
普通の猫だと主張して、容疑が晴れたら貰い受ける約束を保健所に取り付けた。
猫嫌いとは言え、係わりのあった生き物が(例え妖怪でも)無為に殺されるのは忍びないからな。
無茶無駄無理はみっともないが信条の僕ですからいつまで養えるかはわからないけどね。
とにかく大見え切った僕は道路工事の現場から離れる事になった。
結構きつい仕事だから後が埋まるまでは継続してやるけどそんなに先の話じゃない筈だ。
出ないと僕が悲しいし、恥ずかしいじゃない。
ただアレが警察に行った後、現金のトラブルが無くなった事から事務所も改めて被害届を出し、そっち方面からも追及を受ける事になったらしいからざまぁな感はある。
漏れ聞く所によると案の定アレには窃盗と詐欺の前科があったらしいな。
無警戒に親しく付き合っていた連中は、相当ショックだったらしい。
その反動で、ずっとアレに警戒していた僕を再評価してくれているらしいがそんな事はどうでもいい。
実はここ数日、妙な視線を感じるんだ。
猫又の時よりもずっとねっとりとした・・・警察だろうか?
もしかして猫又の正体がバレたとか?
でもあの後の事情聴取では、体調の変化とかについては色々と尋ねられたけどそれ以外ではアレとの確執について聞かれたくらいで、警察に出向いてまでの同行聴取は受けていない。
疑心暗鬼のまま更に数日が過ぎ、猫又の演技が実を結んだのか無罪放免で僕の所へと戻ってき、新聞の片隅にアレの逮捕起訴が報じられた。
それでも例の監視の視線は、僕に向いたままだ。
「前々からの約束通り、ここを辞めさせてもらいます」
「そうは言ってもだな、まだ次の奴が決まっていないんだよね」
工事を請け負う土建屋の事務所で社長のクドウが眉を顰めている。
人の好さそうな顔してるけど、結構なタヌキだ。
「でも、アレの件にはケリがつきましたし、猫も戻ってきましたからもうここのお世話になる訳には行かないでしょう」
「しかしだな、次の奴の手配が付かない今の状況で抜けられるとウチが立ちいかなくなるんだよね、解るだろ?」
得意技の泣き落としか、情に訴えられるとこっちも弱いからなぁ。
「僕としては、僕に掛けられていたタナカへの虐めに関する嫌疑が晴れて気が済みましたから次の職場を探したいだけなんですが」
「そうは言っても君の歳で次の仕事なんてそう簡単に見つかる訳じゃないだろう?
ここは大人になってだなウチの窮状を救っちゃくれないか?」
タナカは、僕に苛められていると周囲に大々的に相談していて社内で僕は孤立していた。
今度の件で陰でアレがこそこそやっていた数々の悪事が露見して起訴された事で僕の正当性が認められた結果になったのは、僕としては溜飲が下がる思いだった。
抑々ここで働き続けた事もタナカに負けたくない一心からだったから、もうここに縛られる必要はない。
「その言葉は、ありもしない嫌疑で痛くもない僕の腹を探り続けていたアナタから聞いても全く響きませんね」
「それは儂も深く反省しているよ。
どうしても積極的に発信してくるタナカくんの大きい声の方が、大人しいキミの声を打ち消しちまうもんだから仕方ないじゃないか」
「財布から金が抜き取られていた件も僕の話を聞かずに僕の財布とロッカーを最初に探しましたよね」
「アレは本当に済まなかった。
改めて謝罪するよ、この通りだ」
頭頂部が日焼けしている禿げた頭を僕の方に晒して頭を下げて見せるクドウ。
多分に周りにいる事務所の社員に対するパフォーマンスに違いない。
「今回、ああいう風に警察が介入してこなかったら、僕は犯罪者としてここから追い出されてそのレッテルを背負いながら生きていく羽目になったでしょうね」
「儂の不明さをそんなに詰らないでくれよ。
そうだ、タナカに関しての最新情報があるんだ。聞きたいだろ?」
あからさまな話のすげ替えに憤然としながらも先を促す。
猫又のやらかした件についての情報だったら対処の仕方に係わるからな。
「あいつは、警察にお前の猫と眼が合って飛ばされたと言っている」
「それは本人から聞きましたが?」
「ところが、警察は霊能者を呼んで調べた挙句の見解として、猫と眼が合ったくらいで飛ばされる事は無いと判断した」
猫又の事を知らなければ当たり前だと言いたいところだが・・・その霊能者はヘボだな。
猫又が正体を隠し抜けたとしても現場には猫又が使った“魔力”の痕跡が残っている筈だ。
それが見抜けないのならそいつは三流か詐欺師だ。
実際、僕には猫又が残した痕跡を追って現場まで辿り着くことができたし、その現場自体が事故の多発箇所で霊障が現れている事を確認できた。
そこで商売でもする気で見逃しているのだとしたらかなり悪質な業者だろう。
まぁ、警察に関しては一安心だが霊能者に関しては、かなりグレイというよりも黒だな。
「まぁ僕はあそこでは猫の方を向いてて、アレには背を向けていたし、他に誰も見ているヤツがいなかったんだからあいつの証言を証明できる可能性はありませんからね」
「ただ、あそこで儂が不思議だったのは、いつもタナカくんを警戒しているキミがあの時だけタナカくんに無警戒だった事なんだ」
ほほう、最後まで信じていないから保険として働き続けて証明して見せろか?
「財布は、アレと仕事の時は必ず携帯している様にしていましたし、スマホは持ってませんし。
アレも普段から口煩く注意をしてきて打ち解けてこない僕に対して中々手を出してきませんでしたから。
財布の被害も僕だけ無かった事からもそれは分かるでしょ?」
財布の抜き取りの件にしてもアレを警戒して隙を見せなかった事から僕だけが被害に会わなかった。だからこそ僕が犯人なんじゃないかとアレが主導して僕を弾劾してきた事は絶対に忘れない。
アレは3番目ぐらいに被害者を偽装していたから最後まで疑われなかった。
競馬通いの事は誰の頭にもなかったようだ、僕以外は。
「それでもだよ、今のウチにはキミに抜けられると困るんだよ。
職なんてすぐには見つからないよ?」
「ここだって正社員じゃないんですから別に気にしていません。
それに、ここに来る前もブラックなトコにいましたから」
「それじゃまるでウチがブラックみたいな言い回しじゃないか!」
「ブラックには違いないでしょう。
だって僕はここに来てまだ1日も休みは貰っていませんから」
致命的な一言をぶつけて僕はクドウと睨み合った。




