第9話 黒猫、ゴミを捨てる
「いい逃れはできんだろうからせめてその場の収拾を手伝って心証を良くして来い」
建前はともかく、これはこの脳天に突き刺さるような刺激臭から解放されるチャンスなんじゃないか?
尤もらしく言い包めて追い払おうと画策する僕に、いつものニタニタする笑いを引っ込めて真剣な顔で頷くアレ。
ここはさっさと行かせるに限る。
「そうですよね。ここはオレがちゃんとしてみんなを助けないといけませんよね。
それじゃあ田貫さんよろしくお願いします」
「なんで僕が頼まれなきゃならないんだ?
やらかしたのはお前さんだろう?」
「そうなんですよ。
でもオレ口下手だからみんなにちゃんと説明できないじゃないですか。
ここは年の功で田貫さんに行ってもらってですね「ちょっと待て。
何度も言うがやらかしたのはお前だろうが」ええそうです。
ですから田貫さんの方からですね」
僕はこいつの臭い胸倉を掴んで言った。
「都合のいい事ばっかり言ってんじゃねぇよ。
誰が口下手だ。
調子のよさそうな適当な事ばかりいつも垂れ流してるのはどの口だい!
なぜ僕がお前の代わりに説明しなきゃならないんだ」
「だからですね、オレはこう思うんですよ。
オレは高校中退じゃないですか。田貫さんは大学行ってるじゃないですか。
世間はどっちの言う事を信じるかって事なんですよ」
僕ならお前の言い分は120%嘘だって思うだろうがな。
「例え田貫さんが道端の野良猫と仲良く話してたって寂しいのかなぁで済むじゃないですか。
これがオレなら捕まえてペットショップにでも売りに行くのかそれとも食べるのか見たいな風に周りは見るんですよ」
「猫と喋ってて悪かったな。そんなに美味いのかはよく知らんが、お前が猫をそんな風に見ていたとは知らなかったよ」
先程来の猫又との様子が、アレにはただの猫と話しているみたいに見えてくれてるらしい。
僕の目には黒豹サイズなのに騒がないって事は、普通のサイズに見えているのか?
《ターさん♡!
コレ、さっきの道に捨ててきても構わないかな?》
猫又の鼻にもこの臭いは強烈なんだろう、とっても同感するよ。
でもこのタイミングじゃダメだからな、僕の方に嫌疑が掛かるのは仕方ないだろうからね。
「物の例えですよ田貫さん。
実際に食べるとかは考えてませんから。犬なら隣の国の連中に食わせてもらった事ありますけど、それは今はどうでもいいんです。
それよりも大事なのは、あの場所にいる前にここで猫とじゃれ合う田貫さんを見ていたって事なんです」
あの野郎、猫又の事に気付いてやがったのか?
ここは、もうシラを切り通すしかないな。
「僕が猫を相手にしてて悪いのか。今は休み時間だぞ。
お前みたいに、通行人に挨拶するのに一所懸命で危うく事故を起こさせかけたりなんて事はしていないからな」
「あの時は、車が勝手に突っ込んで行ったからじゃないですか」
「僕の方を通してる時に、よそ見して話し込んでる方が問題なんだけどな。
それに車を止めるのが仕事だろうが。
僕が慌てて自分の方を止めたから事故にはならなかったけどさ、事故になってたらお前とセットでクビになってただろうな」
「結局、あの時だって田貫さんが上手く処理してくれてたから減給1週間で済んだじゃないですか」
「連帯責任背負されて僕まで減給付き合わされたけどな」
口先男に付き合わされるのは、もう金輪際御免蒙りたい。
「そんなぁ、話を逸らさないで下さいよ」
それこそお前の常套手段じゃないか。
「警察が来ても知らんぞ」
「またまたぁ、仕事仲間じゃないですかぁ。庇ってくださいよ」
「減給まで付き合わされた身としては、疫病神がいなくなれば幸せだと思うだけだがな」
「そんなぁ田貫さん!」
鬱陶しくて臭い奴に迫られても身の危険しか感じないからさっさと躱す。
「お前の身代わりになる気は一切ない」
「かわいい後輩が酷い目に会っても構わないって言うんですか?」
「残念だが、お前をかわいいと思った事は、お前がここに来た初日に僕から『借りパク』しようとした瞬間から存在しない」
実際の所、いなくなっても全く以って残念ではない。
「どうしてあんたはオレをそんなに苛め抜くんですか!」
「は?お前に自首を勧めて身代わりを拒否すると虐めた事になるなんて事は無いだろう」
「それじゃオレがどうなってもいいんですか!」
「僕がどうやってお前を救えるというんだ」
「だからオレの代わりに謝りにって適当な事言って説明してきて欲しいって「アホか。僕の人生はお前の為に有る訳じゃない。自分の尻は自分で拭え」そんな無茶だよぅ」
自分に都合のいい様な事ばかり言って身代わりさせようって奴に、指図されたくない。こっちにもこっちの意地があるってもんよ。
そんな言い合いが暫く続き、いい加減喉が痛くなった頃、工事事務所からおばちゃんが走ってきた。どうやら事故の連絡が入ってきたんだろう。
「あんたたち、なんかやらかしたのかい?警察から問い合わせが来てるわよ!」
「実は、田貫さんがやらかしたらしいんですよ!
向こうで大変な事をやったってオロオロしてましたから!」
横目でニヤつきながらタナカが僕に全てを擦り付けてきやがった。
「別にお前が正直者だなんて思った事なんて1秒もないから、お前の嘘なんざ驚きもしないよ。
同じ服着ててもお前の容姿の目立ち具合からしたら僕と見間違ってくれるとか期待するのは無駄じゃないのか、なぁ人の財布からこそこそ千円ずつ抜いていたタナカくんよ」
「えっ?いや、あれは理由が有ってですね。あのですね「言い訳するのなら警官の前でしてくれ。自分でした事なら自分で償ってくれ」あ、はい・・・
でも田貫さん、これだけは言わせてください。
田貫さんが話しかけてたあの猫ですよ。
あいつがじっと田貫さんを見て話してるみたいだったのに途中でオレの方をチラッと見たんですよ、そしたらオレが交差点のど真ん中でトラックの前にいたんです」
ヤバい話になってきやがった、火の粉ぐらい自分一人で被ってろ、この山賊野郎。
「切羽詰まってどんな嘘を並べるかと思ったら、何を言いだすのやら。
お前さんの訳が解らん言い分を信じてくれる奴がいるとするなら僕はここを辞めてやるよ」
せせら笑いながら精一杯の虚勢を張って見せたけど、僕の心中は真冬の雪原の様に凍り付いていた。