第1話 狸、逆ギレされる
君、そこを右に進むのはお勧めしませんねぇ。その先は嫌な予感がするんですよ。
何故かって?ねぇ、僕の予感を馬鹿にしちゃいけませんよ?
なんてったって、交通事故に巻き込まれずに済んだ事が今まででもう10回はあるんです。宝くじじゃ全敗ですけどね。
皆さんから年齢50を過ぎてて勤め先がブラックとか社畜道の最先端を進んでいるだとか、年齢=独身生活で妙に料理が上手すぎるだとか色々とお褒めの言葉を頂いてますが、僕個人は至って普通の男ですよ、ええ。
仕事が忙しくて家賃を払うのが馬鹿馬鹿しくなる位会社に泊まり込んでいるのだって、徹夜組の為に給湯室のコンロで作る料理を褒めて貰えるチャンスだったりしますし、女性と話すのが苦手な事も仕事場から出なければ問題ないじゃありませんか。
容姿が優れている人にはわからないでしょうけど、ちびデブ禿の三拍子が整った身としては高身長高学歴高収入の方にはどうやっても敵わない事も充分身に染みて分かっていますから、女性の傍にも寄り付かないのは当たり前じゃないですか。
だから、そこを右に行くのは危ないですってさっきから言ってるじゃないですか!
今救急車呼びますからそこにじっとしといてくださいね。
君たち若手が僕の事馬鹿にしてるのは重々承知してますけど、目の前でケガしてるのをほっとく訳無いでしょう。
はいはい、警察も呼びました。保険会社にも一報入れてますよ。
もし僕が咄嗟に引っ張らなかったら、君は今頃ミンチになってましたよ。
相手は荷物満載した大型ダンプで掠めて転んで腕の骨折ぐらいで済むんなら儲けものだと思いますけどね。
えっクビですか?
社長の息子を死なせずに済んだのに・・・何でケガをさせたのか?
もちろん、こっちの言う事聞かなかったからに違いないじゃないですか。
なぜこの道を選んだのか?そんな事、選んだ本人に聞いてくださいよ、社長の息子様にね。
だってここが事故の多発箇所で霊障の疑いがあるって言うのはこの界隈じゃ有名な事じゃないですか。
今もビンビン嫌な気配を感じていますよ、3つほどね。
それに今回の外出だって、僕は社長の息子の引き立て役だったんでしょ?
容姿の点で僕ぐらい相手を引き立てられるのは、この会社にはいませんからね。
付き添いの僕が無事だったから?・・・それって逆恨みじゃないですか!
大体プランナーでも営業でもない技術者を研修明けたばかりの新人に付けて、大手に新規のプロジェクトのプレゼンさせるとかどんだけ無理ゲーなんですか。
行った先であの新人がやらかした事知ってますか?
受付嬢は片っ端からナンパする、先方の常務にはタメ口を聞く、相手の質問に関係のない返事をして煙に巻こうとする、プレゼンするプロジェクトの内容を理解していない、代わりに説明をした僕に逆ギレする・・・ええその場で減俸を言い渡されましたとも新入社員にね、おかげで先方はドン引きもいいトコですよ。
あのプロジェクト、十中八九参加はないと思いますよ、余程のフォローをしない限りはね。
え?僕に?嫌ですよ。
辞めさせられるのに、何の為にあっちに頭下げに行かなきゃならないんですか。
言葉の綾だ?嘘でしょ?さっき書面がちらっと見えましたよ、懲戒解雇。
まさか退職金も無しに投げ出すんじゃないでしょうね。
あ?だからフォローに行け?・・・弁護士探してきますわ、僕が今まで会社で受けてきたあんなコトこんなコト全部ぶちまけてきます。
弁護士はやめろ?遠慮しろとか感心しないとかじゃなくて『やめろ』ですか。
退職金全額出してやるから先方を説得して来い?
それは失敗しても全額頂けるんでしょうね?
成功報酬だ?あれだけやらかしといて成功する確率があると思っているんかい。
じゃなけりゃ払う気が更々無いって事か?
金だけ無駄に毟られたくないだぁ?
こちとら若さも自由な時間も髪の毛も全部会社に毟り取られとるわ!
黙ってたけどさ、会社が僕らが開発した技術をこっちに黙って特許申請出してたんまり儲けているのはよく知ってるんだぞ。
少なくとも、そのうちの3つには僕が絡んでいる事は調べが付いているんだ。
大人しくしてるからって人の事舐め腐るのも大概にせんかい!
結局、最終的に退職金5万で円満解雇になりました。
僕がいなくなるとあの会社がどうなっていくかですか?
歯車が1個抜け落ちたくらいでどうこうなる筈が無い・・・と言ってあげたいんですけど歯止めが無くなって皆辞めちゃうんじゃないですかね?
なんとクビになるの覚悟で有志が送別会を開いてくれるそうです。
って言うか、みんなもう会社を見限っていて決起集会みたいにしようって思ってるんじゃないでしょうかね?
で、なんで会場の選定に僕をかり出すんですか・・・僕が選んだ場所だと間違いがない?
普段、外に出ない人間に酒飲む場所をカタログだけで選ばせるなんて頭おかしいんじゃない?
まあ、このカタログの中じゃこの“冥土茶屋 晴瑠晴良”ってのが一番真面そうですけどね。
でも、冥土茶屋って何なんですかね?
流石にメイド喫茶くらいだったら僕にだって聞いた事ある気もしますけど。
え?僕の送別会だよね?僕も会費払うの?
・・・まぁ、いいけどね。はい、5000円。
おどろおどろしく地獄の門を模ったかのような怪異な店構えで周囲を威圧する“冥土茶屋 晴瑠晴良”。
その前に集うは15人の勇者・・・ではなく揃いも揃って風采の上がらない人生に疲れ果てたような15人の男たちだった。
まぁ、僕もその中の一人だから偉そうな事言えないんだけどね。
あの会社で僕と机を並べて仕事に励んでいた仲間だ。
年齢は下が22、一番上が67だったかな?
判で押したようにシャイで引っ込み思案で女性に免疫がない連中・・・僕も含めてね。
幹事を引き受けてくれてた一ノ瀬クンも、来たのは初めてらしくて呆然と地獄の門を見上げている。
期せずして地味な営業妨害をする僕たちに堪りかねて、地獄の門から獄卒がいや店員さんが声を掛けてきた。
「どうかなさいましたか」
店員さんは木乃伊を意識した包帯だらけの衣装を身に纏った中々の別嬪さんだった。
木乃伊に驚いたのか別嬪さんに舞い上がったのか呻き声をあげる僕たちに営業スマイルを浮かべ(怪訝そうな表情を隠していると思われ)る店員さんに、一ノ瀬クンが声を裏返しながら用件を伝える。
おぉ!おまえは勇者だ!
こうやって僕たち陽炎会(今決まった)の宴会は密やかに始まるのだった。