089 王国筆頭学者
「おい、そこの御者をしている近衛騎士、この者からカードを奪い私に渡せ」
「無理です」
「さ、早くするの……はぁ?! 今、断ったか?!」
「はい。無理です」
「無理とは何だ、無理とは!」
「物理的にも精神的にも無理です。不可能です。
例え目の前でカードを差し出されていたとしても取れません」
「何を言っている! 私の言う事が聞けないのか?!」
「貴方の命令を無視しても死にませんからね」
俺からカードを奪う行為は、アイザックさんからすると死と直結しているのか。
恐ろしい事だが、今回に限っては助かる。
謎の人物は、今はアイザックさんに食って掛かっている。
今の内に他人のふりをしている王族に話を聞く事にしよう。
「おい、そこの今日は良い天気だな~って顔してる王族二人。どうなってるか教えろよ。
そして助けろよ!」
「「……」」
「無視すんな! こうなったら悪魔を呼び出して解決するぞ! 良いんだな?!」
「…………ちっ、しょうがない。ファー、教えてやれ」
「私が?! ちっ、しょうがないわね」
二人揃って舌打ちとか。そんなにイヤなのかよ。
「あれは、アレが言った通り『王国筆頭学者』なのよ』
「……それで説明終わりかよっ! もっと詳しく!」
「王国筆頭学者ってのはね、王国で一番優秀と認められている学者のみに贈られる称号なの!
その称号を持っている者は、研究時に限り王族にも命令する事が出来る権限を持っているの!」
そりゃすげぇ。
めちゃくちゃ頭が良いって事だな。
「つまり私達にも命令出来るの! 普段は外出しないから、出てきているって事は研究の為なんでしょ!
って事は命令可能なの!」
「命令されるのがイヤなのか?」
「常識内な命令なら良いわよ。常識外だからイヤなの!
多分、貴方のカードの事を聞きつけて調べに来たんでしょうね。この人、魔法の研究してるから。
だからって、貴方からカードを奪う?! バカとしか言いようが無いわ。そんなの死と同義よ」
姫様からも死と同じと言われてしまった。
俺の命綱なんだけどなぁ。少しだけ悲しくなった。
「さっき『逆らっても何も良い事は無い』と脅されたけど、そんなのアリなの?」
「相手次第よ。相手が法外な見返りを要求しているなら、そう言った所で問題無いわ」
「今回は?」
「完全にアウト。流石に陛下にまで命令が出せる訳じゃ無いもの。
貴方は陛下が認めている“聖人様”なの。しかも創生の神のね。人間ごときが好きにして良い人物じゃ無いわ」
「人外扱いは止めて欲しい」
「悪魔を使役してる時点で、十分人外よ」
ただの異世界人だっつーの!
王太子をチラリと見たら、目を逸らされた。お前もそう思ってるのか……。
「で、どうすりゃ良い? 悪魔を呼べば良いのか?」
「それだけは止めて! 確実に死人が出るから!」
「じゃあ、魔法カードか罠カードを使って撃退する?」
「そのカードに興味を持って、今よりしつこくなるわね。確実に」
マジかよっ! チェックメイトじゃねーか!
将棋で言うなら詰みの状態じゃねーか。
RPGで言うならHP1MP0で逃げられない敵に遭遇した感じじゃねーか!
競馬で言うなら……もう例えは良いか。現実逃避してる場合じゃない。
「じゃあ、どーすりゃいいんだよっ!」
「あの手の人間に対する手段は一つだけ」
「ほう! 何か手段があるのか! 何だ?!」
「言いくるめなさい」
「……はい?」
「どんな理論でもムチャクチャな話でも良いから、言いくるめなさい。
それしか逃げる手立ては無いわ。がんばれ~」
学者を口で負かせろと?!
無茶でしょ、それ。
自慢じゃ無いけど、こっちはただのサラリーマンだぞ。
異世界に行く主人公は謎の理論武装してるけど、俺には無理だぞ。
あ~、こんな事なら営業職にでも就いてれば良かったかなぁ……。
どうしようか。
とりあえず、悪魔の危険性について話すか?
……制御出来るとか言いそうだなぁ。
じゃあ、神の命令が優先って言うか?
……神とか信じてなさそうだ。神を証明しろとか言われたら困るし。
…………説得は無理かな?
俺の脳みそじゃあ解決方法なんか浮かばないわ。
あっ! 一つだけ有効かもしれないのがあるね。
でもなぁ……大丈夫かなぁ。