一つの願い
どこかの喫茶店
雑音 有線とか 会話とか 外の雑踏・騒音とか うるさい
テーブル 椅子があり
(数人の客がいてもいい
ウェイトレスも動き回っていてもいい
普通に会話しててもいい)
中央に女が一人 座っている
じっとコーヒーカップをのぞいている
女 寂しいのは嫌いだ
一人は嫌だ
でもなぜか私は一人だ
寂しいくせに一人でいたい
一人でいたいくせにお店に入り
嫌いなコーヒーを頼む
誰かの周りに会話があって
誰かが動いていることで
私は一人ではないことに安心している
そしてコーヒーを飲むことで孤独を味わう
私の指はカップのふちをゆっくりなぞる
高校のときに はやったおまじない
コーヒーカップのふちを3回
指でなぞり息を吹きかけると願い事がかなうという
今ではみんなそんなこと卒業と同時に
校舎に置いてきてしまったけど
時折思い出しては
カップのふちをなぞってみたりする
馬鹿げたことだがそんなことを信じていた
自分がいとおしいのかもしれない
今ではそんなことなどあるわけないと知っているのに
今日も私の指はカップのふちをゆっくりなぞっている
なぞり終わるとカップに息を吹きかける
と いきなり テーブルの下からカップの精が現れる
精 こんにちは
世界は止まる 音も無い
(先程まで会話していた客もウェイトレスも止まる)
女 (一瞬 間)きゃあああああ
精 驚かないで下さい
女 だ 誰? あなた なんなんです どこから現れたんです
精 どこからって ここからですが何か(コーヒーカップをさす)
女 ここから?
精 はい ここから
女 …誰か! 変な人がいきなり変なとこから変こと…
女 周りの状況が何か変だと感じる
女 かばんから携帯を出す
女 通じない…
精 無駄ですよ 今 この世界で動いているのは
私とあなただけなんですよ
女 ど どういうこと
精 私たちを除く全ての世界は今止まっています
女 止まってる?
女 ばたばたと走り回り
世界が止まっていることを確認する
パントマイム
例えば 扉が開かない
例えば 人を揺さぶってみる
例えば 変身ポーズをとって変身できないとか
精 納得できましたか
女 なんで…
精 私が呼び出された時点で止まるようになっているんです
女 呼び出された? 誰に
精 女をさす
女 え 私
精 ええ
女 呼び出してない 呼び出してない 私あなたなんか呼んでない
精 でも あなた このカップのふち3回くるくるってしたでしょ
女 …ええ
精 そして息を吹きかけましたよね
女 まさか
精 そう それが私を呼び出すおまじないです
女 嘘
精 嘘じゃあ ありません あなたが私を呼び出して
そして 世界は止まったんです
女 じゃあ 今 動いてるのは 私とあなただけ
精 ええ
女 それって戻るんですか ずっと止まったままなんですか
精 動かすこともできますし 止まったままがよければこのままで
女 そうですか 止まったまま…そうか
だから 音がしない
精 ええ 何も動いてませんから
女 …動かない世界はこんなに静かなんだ
無い音を聞く
女 ああ このままずっと止まったままならそれでもいいかな
精 え
女 なんかいい感じに寂しいじゃないですか
精 え
女 あ なんでもないです 止まってたら困りますね
見たいテレビも見れなくなりますもん
精 私はどうでもいいんですが
女 ドラマの続き 気にならないタイプなんですか?
精 私 テレビ見ませんから まあ コーヒーでも どうぞ
女 ああ ありがとうございます 私のですね
精 ええ 私が出てきたカップです
女 … (飲みかけるのをやめる)
精 それでは あらためて 自己紹介を
実は私はコーヒーカップの精です
女 コーヒーカップの精?この?
精 ええ 世の中にはいろんな物があります
その全てのものには精が宿っています
お皿の精 スプーンの精 フォークの精
机 椅子 鉛筆 クリップ 便器
女 便器の精は嫌だなあ…
精トイレットペーパーの精というのもいますが
女トイレいけなくなりそう
精 で 私 コーヒーカップの精 山倉と申します
名刺入れをだし 名刺を取り出す
精 はじめまして
女 はじめまして… やまくら かなめ やまくらさん
精 かなめでいいです
女 かなめ
精 ええ
女 じゃあ かなめ
精 いきなり呼び捨ては嫌かな
女 かなめさん
コーヒーカップの精っていうと
アラジンと魔法のランプのランプの精の種類なんですか
精 アラジン ああ ランプの精 大西のことですね
女 大西…さん?
精 ええ大西 保 まあ 知名度ということでは
彼が私たちの中で一番有名でしょうね
女 大西…保さん…
精 お知り合いですか?
女 いえ 知らないですけど お話は伺ってます
その人は日本の方ですか
精 え 何言ってるんですか アラジンですよ アラジン
女 ですよね 日本人なわけないですよね
でもなんていうか 大西って名前が
ちょっと 日本人ぽいっていうか
精 変ですか
女 そういうわけじゃないけど 普通ですけど
あ でも ちょっと違和感あるかな
精 じゃあ 今度会ったら本人に伝えておきます
女 ああ伝えなくていいです 気にされたら困りますし
精 そうですか
女 ええ
精 わかりました
女 でも こんなことになるんですね
精 え なにがですか
女 あの おまじないです
卒業した学校に昔から伝わる おまじないっていうか
精 ああ
女 今まで いろんなとこでやってますよ 私
でも精なんて一度も現れたことなかった
精 いろいろ精によってやりかたが違うんですよ
角度とか 持ち方も微妙に影響するし
女 そうなんだ
精 私たちがでるのは 確率的にはかなりのものです
宝くじにあたるより難しいですから
そして 今回 あなたのやり方がこの私のカップに合ってたんです
女 じゃあ 私運がいいのかな
なんか宝くじにあたるより難しいって凄そうですもん
精 そうかもしれませんね で これからのことですけど
女 どうなるんです これから この止まった世界で 私
精 願い事を言ってください
女 願い事?
精 ええ 私に願い事を言ってください
私の仕事はあなたの願いを叶えることです
女 ええ?
精 ええ
女 ええ?
精 ええ
女 ええ? じゃあ願いをかなえるコーヒーカップの精
精 はい
女 じゃあ 願い事が叶うって本当だったんだ
精 もちろん
女 ええ 一瞬 宝くじあたるより難しいって聞いて
宝くじの方がよかったかな って思ってしまいました
精 宝くじのほうがよかったですか?
女 いえいえいえいえ こちらのほうがいいです
精 よかったです
女 願い事はいくつまでですか?
精 一つです
女 一つ
精 ええ
女じゃあ 叶える願い事を二つにしてくれというのは
精無しです
女 あ やっぱり
精 ええ
女 …少し時間もらっていいですか
一つだけなら慎重に決めたいんです
精 いいですよ 時間はたっぷりありますから
女 (少し考えて)あの どんな願いでもいいんですか?
精 ええ 便秘を直したいとかでも
女 いたって快便です
精 それはいいですね
女 便秘なんですか
精 まあ ちょっとだけ
女 野菜食べたほうがいいですよ
精 あ ありがとうございます
女 なんでもいいんですよね
精 お金がほしいとか 地位とか 名誉がほしいとか
女 私 お金とか 地位とかはいいです
まあ あったら あったでいいとは思いますけど
例えば 社会的に悪いこととか
そういうのってダメですよね
精 人間社会のルールにおける善悪は私には関係ありません
私のルールはあなたの願いを叶えるだけです
世界征服でも大丈夫です
ご心配なく
女 世界征服?
面白そうですね
世界の王様になれるってことですよね?
精 女王様かな
女 そう 女王様 そうか 世界征服か
精 しますか?
女 え うーん やめときます
面白そうだけど 権力は身を滅ぼすって言うじゃないですか?
それに政治ごとって苦手です
私 同時に10人の人の話聞けませんし
なんか政策 失敗したらニュースでがんがん報道されそうだし
それみたら両親泣くかもしれないし
精 別に一国の総理大臣になるわけじゃありませんよ
女 え 違うんですか
精 ええ 多分
女 そうか
(少し考えて)守秘義務って守られるんですか?
精 守秘義務?
女 なんか今はやりじゃないですか
みんな言ってますもん
守秘義務を守るって
守秘義務を守るってなんか変だけど
例えば仮にかなめさんにお金がほしいって
お願いするじゃないですか
それでいっぱいお金もらって
大金持ちになったとするじゃないですか
そしたら なんか 親戚が急に集ってきて
今まで見たことない人も親戚だってきたりして
「よう」なんて言われて
「お前 願い事でお金もらったらしいじゃないか」
とか言われたりして
「誰だっけ?」って考えてる間に
「株でも買っとくか」って言われたりして
それがきっかけで
なんか変なものあれやこれや
いっぱい買わされたりしたら
なんか嫌じゃないですか
精 変なもの?
女 きゅうりのキムチとか アロアナとか
私 キムチは白菜しか受け付けないんです
精 アロアナは?
女 大きい魚じゃなかったかな?なんか1mくらいの
飼うにしても大きな水槽がいるし
うち狭いから そんな水槽置く場所ないし
だから どんなお願い事を言ったかって もれると
精 もちろん 心配ありません 誰にも言いません
そもそもそんなに誰かの願い事もらすほど
私 人付き合いありませんし
女 そうなんですか
精 私ほとんどその中ですから
女 コーヒーカップ?
精 その白いコーヒーカップにコーヒーを入ってるでしょう
ほら 上から見ると コーヒーの黒い部分が穴に見えません?
精 立ち上がって上からコーヒーカップを見る
女 立ち上がって上からコーヒーカップを見る
女 はあ 見えるような 見えないような
精 そこが私の出入り口なんです
女 え このコーヒーカップのコーヒーの穴が
…あ 白い饅頭の断面に見える
精 …
女 かなめさん ここに一人でいるんですか?
精 ええ
女 寂しくないですか?
精 え
女 寂しくないのかなって
この中に一人でずっといるんですよね
例えば誰かがおまじないをして
かなめさんが出てくるまで
ずーとこの中で
一人なんですよね
誰かとお話したいなとか
手をつなぎたいなとかって思いません?
精 え 思ったこともないです
寂しい? うーん その感覚がよくわかりませんね
女 そうなんですか?
精 ええ
女 それも寂しいですね
精 寂しいがわからないから寂しい…?
女 かなって わかんないですけど
でも わかんないほうがいいか
寂しいって
…あの もう少し考えていいですか
精 ああ いいですよ
女 考える
女 止まっている世界だ
音の無い世界だ
静かな世界だ
寂しい世界だ
音も無く
人も動いてない
寂しいのは嫌だ
一人も嫌だ
でも私は一人だ
いつも一人だ
世界は止まっていて
動いているのは実は私ただ一人
精 どうしました
女 え
精 独り言
女 ああ 孤独に酔ってみました
精 孤独に酔う
女 一人遊びみたいなもんです
孤独ごっこっていえばいいのかな
精 孤独ごっこ?
女 よくやるんです
私は一人だ
この世界に私は一人だって思って
寂しくなるんです
そしてその寂しさに酔うんです
あ でも かなめさん
寂しいってわからないんですよね
精 ええ
女 ごめんなさい そうだ かなめさん 私 決めました
私を好きになってもらいたいです
精 え
女 願い事です
精 ああ
女 変ですかね
精 私があなたを好きになるんですか
女 え かなめさんが 私を? 違いますよ
精 ですよね 恋人がほしいのでしたら すぐにでも大丈夫です
女 いや 恋人って いきなりこの人彼氏ですって紹介されても
私 好きになるかわからないですし
それに 相手も 私のことを好きになってくれるかどうか
精 私は あなたの願いを叶える為に出てきたんです
あなたの気に入らない人を
無理矢理 恋人にする訳ないじゃないですか
当然 あなたの気に入るような人で
あなたのことを 一番好きになる人を恋人にしますよ
女 本当ですか
精 ええ いざとなれば 魔法で理想の人を
作ってしまえばいいんですから
女 あの 現実の人がいいんです
精 え
女 魔法とかで人がぼーんって出てくるんじゃなくて
今 実際に現実に生きてる人がいいんです
精 現実の?つまり 誰か意中の人がいるんですね
女 ええ 元彼です
精 そうなんですか
女 去年別れたんです
コーヒーが好きな人で
私 その人と付き合うまで
コーヒー飲めなかったんです
黒くて 苦くって
嫌いなんです コーヒー
でも 美味しそうに飲む姿を見て
美味しそうだなあって
飲んでみようかなあって
でもやっぱり苦くって
彼に合わせたかったんですね
それでもがんばって飲んでました
精 そうなんですか
女 ええ
女 でも 私 捨てられたんです あっさりと
好きな人が出来たそうです
後でわかったんですけど 私の友達でした
苦しかったなあ
すごく好きだったんだって
もうどうしようないんだって思って
でも なんか一人ぼっちになったみたいで
つまり その人があのときの私の全てだったから
その人がいなくなったら 周りに人がいるんだけど
自分しかいないみたいな
だからそれに慣れようって訳じゃないけど
人がいることを確認してちょっと安心して
その中で一人しかいないことを寂しがるんです
最近はおかげで大分 平気になってきたんですけど
それでもね なんかがんばって
コーヒー飲もうとする私がいるんです
苦くて美味しくなくて嫌いなのに
精 そうですか
女 ええ
精 その彼があなたのことを好きになればいいんですね
できますよ あなたを世界で一番好きに
女 そうですか
精 一応願いを叶えるコーヒーカップの精ですから
女 今 その人に彼女がいるんですよ
精 ええ 今の彼女より必ず あなたのことが好きになります
ですが あなたは大丈夫ですか
その彼女はあなたの友達でしょう
女 彼女とは 彼が私の前からいなくなって 連絡なくなりました
精 そうですか
女 ええ
(少し考え 覚悟を決め)じゃあ お願いします
私の願いは その人が私のことを一番好きになることです
精 わかりました それでは
精は指を鳴らす
動き始める世界
女 あ
精 世界は元に戻りました あなたの願いはもうすぐ叶います
もうすぐ 彼は現れるでしょう
女 ここにくるんですか
精 はい サービスです
女 そうですか
精 ええ いけませんでしたか
女 いえ かまいません
精 よかった 出過ぎた真似をしたかと
女 …やっぱりうるさいですね
精 え
女 世界
女はコーヒーカップを見る
女 高校のときに はやったおまじない
コーヒーカップのふちを3回
指でなぞり息を吹きかけると願い事がかなうという
ほんとに願いが叶うとすれば
みんなは何を願うのだろう
私はこれでよかったのだろうか
多分よかったのだと思う
そして これが私の望んだことなのだ
男 現れる
男 (女を見つけ)あ
女 (男をじっと見る)
男 え あ ひさしぶり
女 ひさしぶり どうしたの
こんなところで 偶然?
男 いや あの 君を探してた
女 私を
男 ああ なぜかここにいるような気がして
女 そう
男 なぜだろう どうしても
今 君に会いたかったんだ
女 私に
男 うん
女 何?
男 君のことが突然 頭に浮かんで
女 私のことが
男 うん
女 どうして
男 どうしてだろう あのときはどうかしてたんだ
女 そう
…私が好きなんだ?
男 え ああ
女 あなたが私を好き… ほんとに
男 ああ
女 …彼女は
男 え
女 彼女はどうするの
男 彼女は… 彼女にはすまないって思う
でも 本当に好きなのは
やっぱり君だということに気がついたんだ
女 そう
男 ああ
女 私のこと本当に好きなんだ
女 微笑む
男 手を差し伸べる
女 その手をじっとみる
叩くように振り払う
女 さわるな
男 え
女 私にさわるな
男 え…
精 指を鳴らす
世界 止まる
女 あ 静かになった
精 どういうことですか
女 え あ やっぱりうるさいなって
精 いや そうじゃなくて 彼
女 ああ
精 よりを戻したかったんじゃないんですか
女 私 そんなこといいました?
精 いや 違うんですか
女 私の願いは
この人が私のことを一番好きになることです
この人とよりを戻したいっていう願いじゃないんです
精 え うーん よくわからない
女 わかりません?
私はこれからこの人以外の人を 好きになることはあっても
この人は 私以外に人を好きになることはないんです
簡単なことですよ
精 ああ
女 ずっと苦しむんです 私のこと思って
寂しくて 寂しくって
胸が重くなるほど 寂しくって 苦しむんです
精 それがあなたの願いなんですか
女 願い どうなんだろう
よくわかんなくなってきた
これが望んだことなのか
でも 彼女にすまないって言ったとき
なんかさめたような気がしたんです
私のときもそう思ってたんだろうか
それなら これから ずっとずっとずっと
私のことを思っていろって
(男を見て)そして 私は あなたから消える
女 コーヒーカップをもって コーヒーを男にかける
精 あ
女 私もうコーヒー飲むことないと思います
あのおまじないもしない
孤独ごっこもしない
精 そうですか
女 かなめさんは またコーヒーカップの底に戻るんですか
精 ええ
女 ああ そうだ 寂しいってね
かなめさんが見えるっていった
このコーヒーカップの底に残ったコーヒーの
穴みたいなものかもしれません
それがこのあたり(胸)にあって
私はそれをコーヒーで満たそうとしてた
精 寂しさをコーヒーで満たす?
女 説明しようと思ったけど
やっぱよくわかんや うまく説明できない
精 別にいいですよ
多分 私にはわかりそうもないですから
女 … じゃあ 私帰ります
かなめさん 願い事聞いてくれて ありがとうございました
精 あ はい
女 … やっぱり 止まってる世界は
音がなくていいですね
なんか 寂しいって感じで
精 あの
女 はい
精 あなたの願いはこれでよかったんですか
女 …どうなんですかね
本当は世界中が 寂しくなればよかったのかもしれない
そうすれば 私の寂しいのも その中で埋もれてしまうし…
それじゃあ
女 去る
精 寂しいか…
精 指を鳴らす
世界が動き出す
うるさい世界
精も消える
男はなぜ自分がぬれているのかわからない
暗転