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◯学校──2年1組の教室──夕方
6限目の授業が行われている、2年1組の教室。
教壇には女性の先生が立っていて、教科書片手に日本史の授業をしている。
カメラは、一番後ろの席で机に突っ伏している、学ラン姿の1人の金髪の男子生徒に寄る。
男子生徒──朝霧京介(16)、完全に熟睡している。それに気がついた女性の先生が教壇の位置から京介に声をかけ、起こそうと試みるが、京介は眠り続ける。
そこでチャイムが鳴る。6時限目が終わる。日直の生徒が「起立」と号令をかける。しかし京介、立ち上がらない。
生徒たちが頭を下げる。再びカメラは京介に寄る。どこか幸せそうな寝顔を晒す京介が映る。
◯学校──2年1の教室──30分後
京介以外、誰もいなくなった教室。京介は未だに眠りこけている。
教室の後ろの扉がガラリと開く。ムッとした表情の女子生徒──黒川飛鳥(15)が入ってくる。飛鳥は早足で京介の元まで歩き、彼の耳をつねる。
飛鳥「ちょっと先輩!」「いったいいつまで寝てんですか」「もうとっくに放課後っすよ」
京介が目を覚ます。特に痛がる素振りもなく、上体を起こし、隣にいる飛鳥のことを見る。
金髪ショートカット、セーラー服の上に黒いパーカーを羽織ったボーイッシュな少女がそこにはいる。
飛鳥「今日は一緒に渋谷に行くっていう約束だったでしょ」「早くしないとイベント始まっちゃいますよ」
寝ぼけている京介に飛鳥が言う。京介はあくびをしながら飛鳥に尋ねる。
京介「今何時?」
飛鳥「3時40っす」
京介「あと10分寝かせて……」
と、京介が再び机に突っ伏す。すると飛鳥は嫌がらせのように京介の癖っ毛をくしゃくしゃと触って。
飛鳥「こら」「ダメです、起きてください」「遅刻してもいいんすか?」
京介「車使えば間に合うよ」
言いながら京介は、髪を触ってくる飛鳥の手を払いのける。
京介「別に先に行っててもらっていいんだけど」
飛鳥「はぁ? なに言ってんですか」「いいわけないでしょーが」「一緒に行くんですよ」
と、飛鳥が京介の腕を抱きかかえるようにガッシリと掴み、引っ張る。起き上がらせようとする。
飛鳥「ほら、立って」
京介「えー」「もー」
渋々といった様子で京介は立ち上がる。飛鳥に手を引っ張られ、教室を出ていく。
◯学校──運動場──5分後
サッカー部が練習をしているすぐ横までやってきた飛鳥と京介。
飛鳥「(腕時計を確認して)あぁ、もう、遅刻しちゃう」
と、飛鳥はスカートのポケットの中から、手のひらサイズの小さな軽トラックを取り出し、それを地面に放り投げる。すると次の瞬間、その小さな軽トラックが実物大にまで巨大化する。
飛鳥「さ、乗ってください」
京介「(眠そうに)えー、軽トラなんかで行くの?」
飛鳥「仕方ないでしょ。これじゃなきゃ間に合わないんすよ」
京介「ださい」
飛鳥「うるっさい」「いいからさっさと乗るっ」
飛鳥と京介が軽トラに乗車する。飛鳥が運転席、京介が助手席。
京介「じゃあ着いたら起こして」
そう言って京介はシートを限界まで倒す。
京介「安全運転でね」「遅刻してるからってあんまりスピード出しすぎちゃ駄目だよ」
飛鳥「わかってますよ」「てかいったい誰のせいで遅刻してると思ってるんすか」
京介「…………」
飛鳥「無視するし」
目をつむって再び眠りにつこうとする京介。それを見て溜息を吐く飛鳥──アクセルを踏み、勢いよく軽トラを発進させる。
カメラはやや上空へ。学校の運動場を軽トラが猛スピードで走るという、少しおかしな光景を見下ろすように映す。大量の砂埃が舞っている。
カメラを車内に。飛鳥はハンドルの裏にある『Take off』という文字が書かれた赤いボタンを押す。
飛鳥「飛びますよー」
京介「…………」
カメラを軽トラのタイヤ付近に寄せる。『飛行モード』へと移行した軽トラが、重力を無視して浮き上がっていく。
再びカメラを車内に。飛鳥がハンドルを右に回し、軽トラックを右折させる。その隣の京介はすでに眠りについている。
やがて軽トラは、3階建ての校舎の上を軽々と超え、敷地を取り囲む塀の上を通り、文字通り学校を飛び出していく。
◯渋谷──スクランブル交差点──約10分後
ドーム状に展開された青い電磁ウォールが渋谷の街をすっぽりと包みこんでいる。
その電磁ウォールの中心地──スクランブル交差点。
1台の軽トラックが交差点の真ん中に駐まっている。
カメラを軽トラック内に。
助手席で寝ている京介の体を飛鳥は揺さぶる。
京介「先輩、起きてください」
飛鳥「ん」
びくっと体を震わせ、京介が目を覚ます。薄っすらとまぶたを開き、隣の飛鳥を見る。
飛鳥「渋谷です」「着きましたよ」
京介「んー……」
飛鳥「もうあと1分で始まっちゃうんで早く下りてください」
京介「(眠そうに)うん……」
飛鳥と京介がドアを開けて、軽トラックから下車する。すると次の瞬間、軽トラックが手のひらサイズまで縮小化する。飛鳥はそれを拾い上げ、スカートのポケットにしまう。
飛鳥が腕時計で時刻を確認する。時計の針は3時59分30秒を過ぎたところである。
飛鳥「あと30秒っすね」
京介「…………」
京介、立ったまま眠っている。
飛鳥「こらっ!」
京介「──っ」
京介の耳元で飛鳥が大声を出す。びくっと体を震わせ京介は目を覚ます。
飛鳥「いい加減にしゃきっとしてくださいっ」「あと30秒で始まるって言ってんでしょ」「寝てる場合すか」
京介「……すんません」
京介が小さな声でぼそっと謝罪をする。
カメラはそんな2人を少し離れたところから映す。不自然なほど静まりかえっているスクランブル交差点に、京介と飛鳥がぽつんと立っている。彼ら以外に人は誰もおらず、車も通っていない。閑散としている。
飛鳥「まったく……」「何でそんなに眠そうなのか知んないすけど、お願いですから他のプレイヤーには負けないでくださいよ」「先輩を倒すのは──この私なんですからねっ」
と、飛鳥が京介に向かって勢いよくビシッと指をさす。それに対し京介は、眠そうに無言で親指を立てる。──頑張ってね、の意。
やがて残り時間は10秒を切る。どこからともなく、無機質な女性の声のアナウンスが聴こえてくる。
アナウンス「バトルロイヤルイベント、日本、渋谷ステージ」「開始まで、10秒前──9、8、7、6」
カメラを飛鳥と京介に向ける。真剣な面持ちの飛鳥と、小さくあくびをしている京介が映る。
アナウンス「5秒前──4、3、2、1」「スタートです」
そして飛鳥と京介は、エリア内のランダムな位置に転送させられる。青い光に包みこまれ、一瞬にして2人はスクランブル交差点から姿を消す。
◯渋谷──忠犬ハチ公の銅像前──直後(夕)
渋谷の有名な待ち合わせスポット──忠犬ハチ公の銅像の目の前に飛鳥は転送させられる。先ほどまで飛鳥たちがいたスクランブル交差点から、30メートルほどしか離れていない場所である。
飛鳥の隣に京介の姿はない。2人はチームを組んでいないため、それぞれ別々の場所に転送させられたのだ。
飛鳥「さてと……」
銅像の土台部分の陰に身を隠し、早速飛鳥は準備をし始める。
まずは飛鳥、スカートのポケットの中から、タブレットケースを取り出す。その中身の赤い錠剤を1粒、手のひらの上に出し、口に入れ、ガリガリと噛み砕く。
『身体強化剤 レベル1』──服用者の身体能力を15分間だけ底上げする薬。Cランク。
飛鳥「ふー……」
カメラを飛鳥の口元に向ける。彼女の吐く息が赤くなっている。『身体強化剤』を使用した際に現れる副作用の1つである。
次に飛鳥、スカートのポケットの中から白い革の手袋を取り出し、手にはめる。手を握ったり開いたりして、つけ心地を確かめる。
『サイコキネシスグローブ』──装着者は念力が使えるようになる。Bランク。
続いて飛鳥、スカートのポケットの中からウエストポーチを無理やり引っ張り出し、それを腰につける。ポーチの中には多種多様の爆弾がたくさん入っている。
『ボムセット』──Bランク。
さらに飛鳥、スカートのポケットの中から青い宝石のついたチョーカーを取り出し、首につける。
『障壁のチョーカー』──装着者の周囲にバリアを展開するアイテム。Cランク。
飛鳥「あとは……」
そして最後に飛鳥、スカートのポケットの中から、紙でできた薄っぺらな赤い矢印を取り出す。
『敵発見矢印』──1番近くの敵プレイヤーのいる方向を指し示してくれるアイテム。Dランク。
その紙の矢印を、飛鳥は手のひらの上に乗せる。すると矢印が少し浮かび上がり、その場でくるくると回り始める。──サーチ中。
5秒ほど回り続けて、矢印は斜め上方向を指しぴたり停止する。振り返って、飛鳥が矢印の指し示す方向を見上げる。
彼女の視線の先──高層ビルが建っている。矢印はその高層ビルの屋上付近を指している。
飛鳥「あそこか」
飛鳥の手のひらにカメラをズーム。役目を終えた矢印がぱらぱらと灰になって消えていく。
カメラを飛鳥に戻す。
右手をぐっと握りしめ、飛鳥が自身にサイコキネシスグローブを使用する。紫色の光が飛鳥の体の輪郭をふちどるように包み、彼女の体は重力を無視して浮遊し始める。
飛鳥「よし……」
高層ビルの屋上にちらりと目を向ける飛鳥。握りしめた右手を前に突き出し、勢いよく飛び出す──体を横倒しにし、アスファルトの道路をすれすれに飛行していく。その姿はまるでスーパーヒーローのようである。
瞬く間に飛鳥は高層ビルの足元に辿り着く。一瞬スピードを落とし、向きを変え、今度は上に右手を突き上げる。高層ビルに沿うようにして、飛鳥が高度を上げていく。ビルの薄暗いガラスに彼女の姿が写る。
10秒もしないうちに、飛鳥は高層ビルの屋上に到達する。
◯渋谷──高層ビルの屋上
屋上に到達した飛鳥の目に、SFゲームに出てくるようなごついパワードスーツを着た5人のプレイヤーが映る──手には近未来的なデザインの銃が握られている。
先手必勝、飛鳥が左手を握りしめる。1番近くにいるSFプレイヤーの体が──身に纏っているパワードスーツが、紫色の光に包まれる。
飛鳥が左手を横になぎ払う。その動きに連動して、1人のSFプレイヤーが念力によって吹っ飛ばされ、屋上から投げ出される。
「うわぁぁっ」
カメラは落ちていくSFプレイヤーを追いかけるように映す。フルフェイスのヘルメット越しに、くぐもった絶叫が聴こえてくる。
飛行する手段を持たないらしいSFプレイヤー、なす術なく真っ逆さまに落ちていく。コンクリートの地面にぐしゃりと激突し、死亡する。アーマーが壊れ、隙間から血が漏れ出てくる。
カメラを屋上に戻す。
突然仲間の1人が殺されたことに取り乱しつつも、SFプレイヤーたちは飛鳥に銃口を向ける。水色のエネルギーの弾丸が、飛鳥めがけて一斉に撃ち出される。
飛鳥は握りしめていた右手を開き、自身にかけていた念力を解く。飛鳥の体を包んでいた紫色の光がふっと消えてなくなり、彼女は重力に任せて落下していく。エネルギーの弾丸は全て外れる。
カメラをSFプレイヤーの視点に。落ちていった飛鳥を追撃しようと、1人のSFマンが屋上のふちから身を乗り出し、下を見る。
そのSFプレイヤーの顔面に、飛鳥の膝蹴りが繰り出される。フルフェイスのヘルメットが砕けるようにひしゃげる。
『身体強化剤』によって底上げされたその膝蹴りの威力は、重たいパワードスーツを着たSFプレイヤーを軽々と吹っ飛ばす。宙を舞うSFプレイヤーは、屋上の真ん中あたりに受け身も取れずに落ちる。
自身にかけている念力を再び解き、飛鳥が重力に任せて落下、SFプレイヤーたちの視界から姿を消す。
「集まれ! 周囲を警戒しろ!」
チームリーダーの声が屋上に響き渡る。彼の元へ、残りの2人のSFプレイヤーが急いで駆け寄る。3人お互いに背中を合わせ、銃を構え、飛鳥の追撃を警戒する。
つかの間の静寂が屋上に訪れる。聴こえてくるのは吹きすさぶ風の音と、3人のすぐ横で顔を押さえながら地面に蹲る──飛鳥に膝蹴りを食らわされたSFプレイヤーの呻き声だけ。
「う、うぅ……」
意外にも飛鳥は何の捻りもなく、ごく普通に彼らの前に姿を現す。3つの銃口がすぐさま飛鳥に向けられる。だがその銃口からエネルギー弾が撃ち出されるよりも先に、飛鳥が仕掛けている。
手に持っているオレンジ色の丸い爆弾を、彼女はSFプレイヤーたちの足元に放り投げる。
『空間キリトリボム』──半径1メートル内の空間をごっそりと切り取ってしまう爆弾。Cランク。
地面を跳ね転がっていく爆弾にカメラをズーム。
ピピピピピピという音とともに、爆弾が赤く点滅し始める。
「退避しろっ!」
3人のSFプレイヤーは、それぞれ別方向に力の限り身を投げる。と同時に、爆弾が爆発する。地面に蹲って動くことができなかった例のSFプレイヤーがもろに爆発に巻き込まれる。
カメラをそのSFプレイヤーに向ける。と言っても、くるぶしから下だけを残し、それ以外の部位はコンクリートの地面ごと『空間キリトリボム』によって切り取られてしまっている。──死亡である。
一方で他の3人のSFプレイヤーは、死亡こそ免れたものの、完全には避けられなかったようで、両足を切り取られてしまった者が2名、片足が1名──地面に横たわり、痛みに呻いている。
屋上に降り立った飛鳥が両手を握りしめる。両足を失い呻いている2人のSFプレイヤーを念力で掴み、屋上からぽいっと捨てるように投げる。
カメラは約200メートル下、アスファルトの道路を映す。
1番最初に飛鳥が落としたSFプレイヤーの死体がそこには横たわっている。そこへ、追加でもう2人のSFプレイヤーが悲鳴を上げながら落下してくる。計3つの死体が道路の上に転がる。
カメラを屋上に戻す。
「死ねぇっ!」
最後に残ったのはチームのリーダーであるSFプレイヤーだ。──片膝をつき、飛鳥に銃口を向け、撃つ。水色のエネルギー弾が発射される。
飛鳥が左手を前に突き出す。すると飛鳥の前方に、紫色の半透明の薄い壁──サイキックバリアが展開される。弾丸はそのバリアに阻まれ、飛鳥には届かない。それでもSFプレイヤーは銃を撃ち続ける。
飛鳥は左手を前に突き出したまま──バリアを展開したまま、悠然と足を進める。SFプレイヤーとの距離を詰めにかかる。
エネルギー弾によって、みるみるうちにバリアには無数の傷がついていく。割れるのは時間の問題である。
が、しかしそれよりも先に、SFプレイヤーの銃がオーバーヒートを起こす。ビービーという警告音が銃から発され、エネルギー弾を発射することができなくなる。──再び撃つことができるようになるまで5秒の時間を要する。
その隙を飛鳥は見逃さない。バリアを解き、一歩前に足を踏み出し、SFプレイヤーの頭をがっしり掴み、ちょうどいい高さにあるその顔面に膝蹴りを食らわす。
フルフェイスヘルメットのシールド部分がぱりんと割れ、SFプレイヤーの顔が見えるようになる。──男性だ。鼻が折れ、歯が折れている。
続けて飛鳥はもう1発、露わになった男の顔面に膝蹴りを繰り出す。そして間髪入れずにもう1発──ぐしゃりと頭蓋骨の砕ける音がする。
カメラを男の顔に向ける。潰れていて、原型を留めていない。白目を剥いて、死んでいる。
飛鳥が男の頭から手を離す。男が力なく地面にどさりと倒れる。
飛鳥「ふぅ……」
ひと息つく飛鳥。右手を握りしめ、倒れた男を念力で掴む。右手を横になぎ払い、男を屋上から投げ捨てる。
すでに死んでいて意識のないSFプレイヤーが、声を出すこともなく、じたばたと暴れることもなく落下していき、コンクリートの地面に勢いよく激突する。
カメラを屋上に。約200メートル下で息絶えている4人のSFプレイヤーのことを見下す飛鳥が映る。
飛鳥「いやー、あんまり強くない人たちでよかった」
笑みを浮かべ、飛鳥がそう呟く。──これで屋上の制圧は完了である。