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ミルドナ・トネリコの憂鬱

◆魔術師ギルド案内所◆


(空気が…空気が重いよ……)


 兎獣人のミルドナ・トネリコは案内所の受付である。非魔術師であり、簡単な治癒魔法を扱える。

 いま彼女は、冷や汗を流しながら受け付けに佇んでいた。外にいる街の人々や魔術師が「怖…」「なに…?」などと困惑する視線を受けながら、彼女はただただ耐える。


(いくら"無垢"の魔術師が来るからって……!! ギルドマスターがいちいち来なくていいじゃん……!!!)


 グライデンには7つの魔術師ギルドがある。

炎狼の遠吠え(えんろうのとおぼえ)】【泡沫夢幻(ほうまつむげん)】【万象の息吹(ばんしょうのいぶき)】【土崩の歌(どほうのうた)】【悠遠の救済(ゆうえんのきゅうさい)】【混沌の定理(こんとんのていり)】【終らずの時(おわらずのとき)】……

 今日は"無垢"の魔術師が街にやってくる日と事前に聞いたギルドマスターたちは、その魔術師を求め案内所で待ち構えていた。【終らずの時】のギルドマスターを除いて。


 【炎狼の遠吠え】のギルドマスター『オリヴァー・ナクライト』が、煙草の煙を吐き出す。

 案内所全体が煙に包まれ、ミルドナは咳き込んだ。魔草で出来た煙草だ。煙だけでも魔力が濃い。


「しっかし……遅すぎるんじゃねぇか? "無垢"の魔術師サマは……」


 顎髭を撫でながら舌打ちし、足をテーブルの上に叩きつけるかのように乗せる。ミルドナは驚き、思わず声を出してしまった。


「ヒッ……」

「やめなさい、ミスター・ナクライト。ミス・トネリコが嫌がっているではありませんか」

(私を巻き込まないでよ!!)


 【泡沫夢幻】のギルドマスター『ブルーノ・ルトガラッハ』がオリヴァーの煙草の火を消す。煙草の先に水を生成したのだ。

 オリヴァーがブルーノを睨めつけたが、彼は自分の世界に入ってしまったのか独り言をブツブツ漏らしている。


「このオレがこんな長い間待ってやってるんだぜ!? 到着予定時刻から5分36秒遅れてる!! 今世の"無垢"の魔術師サマがナニモンなのか知らねぇが、遅れた理由をキッチリ吐かせてやる……」

「あらあら、そんなに怒らないで。相変わらずせっかちな方。"無垢"の魔術師はわたくしが頂きますので。それでいいでしょう?」

「よくねェ。オレのギルドには回復手が足りねぇんだよ」


 【万象の息吹】ギルドマスター『カトミエル・G(グレコ)R(ロライ二)・ウォレイフス』。盲目だが、エルフの彼女は耳が良いため生活には困っていないらしい。2本目の煙草に火をつけ、怒りのあまり炎を吐き出し始めたオリヴァーがいる方向に顔をむけ、クスクスと笑っている。


「苦い顔をしているのがわかりますわ。荒くれ者ばかりの【炎狼の遠吠え】……"無垢"の魔術師が、果たして貴方に懐いてくれるのかしらね?」

「若い子はねー、やっぱ圧力かけちゃ萎縮しちゃうよねー」


 【土崩の歌】ギルドマスター『ヤオ』は齢300を超える、遠い異国からやってきたと主張している女性だ。見た目こそ狐の獣人の若者によく似ているが、毛色が淡かったり尻尾が2本生えていたりする。


「その子まだ17歳なんでしょー? 変にワシらが期待しちゃったらプレッシャーエグくない? よくわからんけどー、とりあえずご飯でも一緒にいきゃ仲良くなれんじゃなーい? 的な? アハ!」

「しっかりとした情報を提示してから言ってほしいな、そういうことは。1番年上なんだから」


 【悠遠の救済】ギルドマスター『イヴァン=レイ・ダヴィド』は口を開いた。

 儚げな顔立ちだが、見た目だけである。青年は案内所のカウンターの端に腰掛けながら本を読んでいた。誰が咎めることもしない。彼の特等席だからだ。


「年寄りの言うことは聞いとくべきだと思うけどねー。情報? そりゃ経験よー」

「僕は今を生きる人間なので。そういうの大丈夫です。ミルドナちゃんもそう思うよね?」

「え!? ア、チョットヨクワカンナイデス……」


(マジで誰か助けてよ!! なんでこんな時に誰も案内所に来てくれないの!? なんでこんな……上司たちに囲まれなきゃ……)


 この世の全てに絶望したかのような顔で外を見つめる。誰も来てくれない、誰も……


「すいません!! ギルドの方は……って、え? ギルドマスターが沢山いる……なんかあったんですか?」

「いえ別に……ど、どうされました?」

「裏路地で女の子が悪いやつ2人組に絡まれてるんです!」


 ギャンヌが案内所に飛び込んできた。外でなにかが起こっているらしく、青年が指を指した方向にミルドナとイヴァン=レイは目を凝らした。


「あの路地か」

「し、しかし……そういうのは警官の仕事では?」

「それが…金融街で事件があったらしくて警官が近くにいないんですよ! だからここに来たんです! 早くしないと……シャーロットと女の子が……」

「あ、なるほど……」

「ン? シャーロットだと?」

「シャーロットってのはー、確かここに来る子の名前だよねー?」

「これは見過ごす訳にはいかないね、紳士として」

「お願いします!! どなたか来ていただけませんか!?」

「紳士かどうかはわかんないんですけどダヴィドさん行った方がいいんじゃないですか!? 私はここの受け付けの仕事がありますし!!」


 ミルドナはギルドマスターたちに遠回しに外に出るよう促す。絡まれてる女の子はとても気の毒だけどこの状況から脱出できるかもしれない。そんなことを考えながら表向きは心配そうな表情を浮かべた。


「普段こういうのは警官の仕事ですけど、やっぱいなかったらギルドの人間が動かないと!! ね!?」

「そうだね、もし怪我でもしたら許せない。僕が行こう。みんなは留守番でいい」

「あ? 行くに決まってんだろ。お前だけだと男が逆に危ねぇ。それに……新しい魔術師サマを迎えに行かねぇとなぁ」

「ひどいなぁ」

「ぞろぞろ6人も出ていくのはどうかと思いますが、後からなにか文句言われても嫌ですしね♪」

「こ、こっちです! あいつらが……」


 ギルドマスターたちは外に出ていった。ミルドナだけになった魔術師ギルド案内所内は、さっきの剣呑な雰囲気はどこへやら、一気に空気が軽くなった。


「やった…!ゴメン女の子…ありがとう…」


 微かな感嘆が、広い案内所内をこだました。

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