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その名はシャーロット

 それから17年。プレジール王国領北部のクラシィ草原地帯。少女が馬車に揺られながら、地図を眺めていた。

 馬車の揺れでさらりと落ちる深い茶色の髪を耳にかけては微笑みを浮かべている。


「ここにあるのがあの有名なマフィン専門店の『ルイ・エントス』…! あ、『Mr.ダーキング』もある!! ここのゼリーも美味しいんだよねぇ…」


 決して乗り心地が良いという訳では無い馬車の揺れをものともせず、少女はこれから行く大都市を夢見てため息をついた。

 彼女の名前はシャーロット・ノイン。"無垢"の称号を持つ魔術師である。


 魔術師というのは、全ての人々が魔法を使えるこの世界、テウス・ジトラで、ひときわ強い力や一風変わった力を持つ人間のことをいう。

 魔術師にはその力にちなんだ2文字の称号が与えられる。"紅蓮"、"旋風"、"渦巻"、"剛腕"……称号は多岐に渡り、正確な数は判明していないが数万を超えるとも言われている。

 魔術師の中でも最高峰の称号である"無垢"。それは、全てを浄化し癒す力を持っている。有機物、無機物問わず、空間、はたまた概念すらも浄化してみせるその力を持った魔術師は、1000年に1度産まれ、その時代は平和に包まれる……とされている。


「ほんとにあの女の人が、偉大な"無垢"の魔術師なの?」

「ノイン様がいうならそうなんだろうよ」

「うーん……」


 馬車の運転手とその息子が、時折荷台を振り返りながら話をしている。彼らはシャーロットの父親に雇われており、今回シャーロットが独り立ちするにあたって、首都のグライデンへと連れて行ってもらうように依頼されたのである。


 少年は荷台のシャーロットを見つめた。

 名もなき山からこの草原にくるまでの3日間、シャーロットは常に何かを食べている。現に今も、自身の顔よりも大きいパンを鞄から取り出している。


 それさっきも食べてなかった? どんだけ食べてるんだろう。てかあの鞄に入り切る量じゃないでしょ。少年は心の中で独りごちた。


 まん丸の目でパンを見つめながら口の中にそれをおさめ、幸せそうに頬張るその幼顔は、とても伝説の称号持ちの魔術師とは思えない。そして17歳の大人の女性だとも思えない。

 少年、チャーリーは父親の方に向き直った。


「俺ァ実際に見ちゃいねぇが、お嬢さんが産まれた時には既にその力を発揮していたらしい。初産だってのに奥さんは痛みもまるでなし、産まれたすぐ側から走り回れるくらいだったらしくてな。

そして全身が淡く光り輝いて、周りのやつらの切り傷やアザがみるみるうちに治っていった……とか。赤ん坊だったから、魔力が制御できなかったんだな」

「らしいらしいって……信じらんないよぅ」

「へへ、ノイン様は嘘をつく方じゃねぇよ。もう数時間もすりゃグライデンだ。もしなんかあったら、おめぇと俺でしっかりとお嬢さんをお守りするんだ。分かったか?」

「うーん、分かった」


 運転手の息子が荷台へと戻っていく。シャーロットはグライデンにあるおいしい食べ物を想像してヨダレを垂らしていた。


「あ…あの、魔術師様」

「……あ、チャーリーくん。魔術師様だなんて! ギルドにもまだ入ってないし、ちょっと恥ずかしいな。シャーロットでいいのに」

「しゃ、シャーロットさん……その、何見てるの?」

「これ? グライデンの地図! グライデンにはねぇ、おいしいスイーツとかごはんとか、いーっぱいあるんだって! だから、グライデンに着いたら食べに行きたいな〜と思って」


 ほら! と言いながらシャーロットは少年に地図を見せた。傍らにある羽根ペンで所々メモ書きされているそれは、この店のサラダが有名だとか、東の国のメンという食べ物が売っているとか、食べ物に関することばかりだった。

 シャーロットは自身の顔ほどあるパンを鞄から取り出し、ちぎって食べ始める。


「な、何個目なんだろう……」

「ん? 欲しい? はい、どうぞ! 美味しいよ!」

「え? あ…ありがと」


 ちぎったといえど9歳のチャーリーにとっては大きなパン。大きく口を開けて、かぶりつく。


「ん!? 美味しい!」


 ふわりとまるで綿のような食感。しかし柔らかいだけでなくしっかりとした食べごたえを感じられる。バターの香りが鼻をぬけ、普段少年が食べている粗悪な麦で作られた硬いパンとは比べ物にならない。


「美味しい? 良かった!」

「これ、本当にパン? すっごく美味しいよ! どうやって作ったの?」

「ふふーん! それはね、君のお父さんに持ってきてもらった麦を私の魔法で浄化して、水や塩なんかも浄化してから作ったからふわふわなの!」

「魔術師の力をそんなふうに使ってもいいの!?」

「いいのいいの! 本当はたぶん良くないけど……誰かが傷つくわけじゃないし……あ、お父さんには内緒にして?」

「ダメなんじゃん……」

「お嬢さーん、俺はしっかり聞きましたよ! お父さんには内緒ねぇ〜、いいのかな?」

「ちょっ!! お願い内緒にして!!」


 バタバタ派手な音を立てながらシャーロットは運転手に駆け寄った。チャーリーはそれが面白く、思わず笑顔になってしまう。偉大な力をそんなふうに使ってしまうなんて。チャーリーは、魔術師の力のことはよく分からなかったが、パンの美味しさはよく分かった。


 王都、グライデンはすぐそこだ。


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