プロローグ
満天の星が輝く夜だった。雲ひとつなく、きらびやかな星々がまるで、生まれてきた彼女を祝福しているかのように思える。
「長老! 長老様!! 起きてください、起きて!」
「―――なんじゃあ、騒がしいのお……」
名もなき山の麓に位置しているチバナ村。夜中だというのに大いに盛り上がっている。祭りや行事があるわけでもなく、長老は娘婿に叩き起されその騒ぎを耳にした。眠い眼をこすりつつ窓から覗いてみると、ある家を取り囲んで村人達が集まっていることがわかる。
「……どうした」
「生まれたのです! イノンの娘が!」
「そうか、それならばそっとしておいてやりなさい。子供が生まれたばかりで押しかけては……」
「いえ、それが……お義父さん、とにかくいらっしゃってください!神託の力を持ってらっしゃるのは、この村では貴方だけなのですから!」
「これ、引っ張るでない!」
半ば引き摺られるようにして、長老は学者のイノン氏の家へやってきた。
イノン氏は、10年前に体の弱い妻のために、空気の澄んだこの村に引っ越してきた考古学者だ。ここの家は奥さんが妊娠していて、3日ほど前にもうすぐ産まれそうという話をしていたのを耳にしていた。
子供が産まれるのはこの辺鄙な村では珍しいが、普段は真夜中に取り囲んでさわぎたてるような非常識な者ばかりではない。尋常ではない騒ぎだ。
「長老! あぁ、よかった……申し訳ございません、こんな夜中に……」
「気にせんでよい。して、何があった」
「俺……私の、娘がですね。普通の赤ん坊と様子が違いまして」
扉を開けると、淡い光が長老と娘婿の顔を照らした。
「ふむ……これは……!!」
母に抱かれたその赤ん坊は、全身が光り輝いていた。元気な泣き声が響く中、辺りの者が騒ぎ始める。傷が治っただの、アザが消えただの……長老は力を使わずとも、この赤ん坊が何者であるか気づいていた。世界中に伝わる魔術師の伝説……その中で、ひときわ強い力を持っていたとされる、その称号。
「長老……」
「──間違いなかろう。この子は……」
彼女が生まれた日。それは、大いなる"無垢"の魔術師が、この世に再び現れた日であった。