大崩壊とその後の世界
本日、2話目
『さ~て、みんな元気かぁ?人も魔物も風が吹きゃぁ、一発で
お陀仏なこのご時世。今日も元気にやっているかぁ。俺? 俺、ちょ~元気。職場に向かう途中によ。ワイバーンの群に襲われてよぉ。俺は大丈夫だったが、スタッフの一人が怪我して、しばらく現場は火の車よ。ま、零細ラジオ局らしく今日も大忙しだ!!』
朝っぱらからラジオからやかましい声が聞こえる。
「・・・・・・う~」
それに混じる僅かなうめき声が聞こえる。
そこは、アパートの一室だ。
『大崩壊』時、廃墟となったそこは、リホームし何とか人が住める環境へと作り替えている。
部屋にあるのは、PCとベット、トイレ、風呂、そして小型のラジオ。
飾りのような物はいっさい無い無個性の部屋だが、PCの前には、本の束、その一番上にある本のタイトルが『オークでも出来る。合コン、お持ち帰り必勝法』。
しかも、念入りに読んだせいか、本の端が、手垢で黒く変色しているという始末。
そんな部屋の隅に、タオルケットを身体に巻き呻いている影がある。
『つぅわけで、今日のニュースだっ!鳥取県の砂丘でワームが大量発生したらしいぜぇ。周辺の村に被害が出たらしいが、そんな鳥取県民に朗報だっ。鳥取県の冴島国王が部隊の派遣を決定っ。って、おいおいちょーっと遅いんじゃねぇか!もう発生から三日だぜ!なーにちんたらやっているんだか』
「・・・・・・う、るさい」
やたらテンションの高いキンキン声。二日酔いのこの状況、ただでさえやかましい声が三割り増しにやかましく聞こえる。
タオルケットの中にいた人物がゆっくりと起きあがる。
それは一人の男だ。
年は、二十代半ばくらい。可でも不可でもない平凡な顔立ちのその男。
あまり個性というものが感じられない男だが、顔色が真っ青なのと、無駄に気合いの入った服が目に付く。
目覚まし代わりに使っていたラジオをオフにし、呻きながら何もない場所に手を伸ばす。
「・・・・・・オーダー。ミネラルウォーター」
『オーダー確認。アイテムボックスからミネラルウォーターを取り出します』
すると彼の手に現れるのは水の入ったペットボトル。
それの蓋を開け、ゴクゴクと飲み干す。
「あ~、生き返る」
全体的に身体が気怠いが動けない程ではない。
しかし、何故、ここまで身体がきついのか、確か昨日は・・・・・・
「そうだ・・・・・・俺は」
そして、思い出す。
昨日、追った心の傷。夜、希望が絶望に変わった瞬間を・・・・・・
ポロポロと涙がこぼれる。
「くそっ」
ドン、とベットを叩く。
「先生・・・・・・、先生」
彼が先生と仰ぐ、机の上の本の束に手を伸ばす。
何かを求めるように、何かをすがるように・・・・・・
ただ、彼は、自身の思いを口にする。
「先生、彼女が欲しいですっ!!」
朽野伸也(25歳)
先日、合コンでボロボロになった彼の望みはただ一つ。
彼女が欲しい、それだけだった。
◆◇◆◇
『大崩壊』。
そう呼ばれる出来事から8年の月日が経過した。
誰もが知っているあの大惨事。
しかし、あの日のことについて説明出来ることは少ない。
あの日のことを端的に言うとその名の通り日本の崩壊だ。
それは、日本政府の崩壊であり、インフラの崩壊であり、物理法則の崩壊であり、そして平和の崩壊でもあった。
あの後の声明から『運営』と名乗る者の行為の結果であるのでテロの一種とされている。
しかし、何故あのようなことを起こしたのか、そして何より『どのようにあのようなテロ』を起こすことが出来たのか未だ不明だ。
だから、『大崩壊』について答えられるとしたら、ただ一つ。
世界はMMO化しました。
VRMMOと現実の融合。それが、今の日本の現状である。
◇◆◇◆
アパートから一歩出ると、そこはファンタジーの世界が広がっていた。
狭い路地に立ち並ぶ石作りの家々。
石畳で出来た道には、昨日降った雨が水たまりを作っている。
道行く人達も様々、しかし共通しているのは何らかの武装をしているということだ。
黒い鎧を着込んだ騎士。
杖を持った魔術師風の女性。
自分の背より大きな斧を担ぐ蛮族風の男もいれば、近未来的なボディーラインが分かる銀色のボディースーツを着込んだ者もいる。
この通りは、軍人と一握りの冒険者が住むエリアだ。
つまりは力を飯の種にしている人種が住むエリアで当然暴力を日々の糧にする者達が集まる以上、どうしてももめ事も多い。
夜になると酔っぱらいが喧嘩し、死者が出ることも珍しくない。
そんな荒っぽい町だが、日が上っているうちは割と平和だ。
「おばちゃん、サンドイッチ一つ」
毎朝決まった場所で露店を開いているおばちゃんに声をかける。
「はいはい、お兄さん、今日は遅いねぇ。また振られたの?」
「・・・・・・はははっ、俺が振られるはずないだろ」
(その段階までたどり着けなかっただけだ)
心の中で、そう呟く。
「はははっ、まぁ、元気だしな。ロックリザードのサンドイッチしかないけどいいかい?」
なんだかんだでつきあいの長いおばちゃんは伸也の心境を理解しているらしい。
小銭を渡し、サンドイッチを受け取る。
サンドイッチにかぶりつきながら慣れた道を抜ける。
レタスは取れたてでシャキシャキしていて肉も悪くは無いが、調味料の味はいまいち。
おばちゃんがケチった訳ではない。
どうしても大崩壊前に比べると調味料の類は高価で種類も少ない。
最近、生産量が増えてきて、量も質も増えつつあるが一般庶民がおいそれと手を出せるものではない。
味気の無いサンドイッチを噛みしめながらメイン通りへ。
かつて、駅のあった場所は石作りの堅牢な要塞が建っている。
ただ、大崩壊前の名残で、幾つかのビルと、若い兄ちゃんが何かを引っ張っている銅像だけは変わらずその姿を残している。
コンクリートだった道は石畳に代わり、その道を走るのは車ではなく馬車や馬、騎乗用の魔物。そして、二足歩行の人型兵器だ。
道の先にあるのは城壁。
ここからは分からないが西側の城壁が厚く、逆に東側の城壁は薄いとされている。
ここは本厚木。
神奈川県のほぼ中央に位置し、かつて厚木市の中でもっとも栄えていた町だ。
都市化において海老名に遅れをとっていたがそれでも交通の要所として、そこそこ栄えていた街だ。
道行く人たちの多くが剣や杖などで武装している。
ここは本厚木とかつて呼ばれた街。
現在、この街は役割を換え、しかし神奈川にとって要所と言える街へと変わっている。
『円卓の国 神奈川領 要塞都市 本厚木』
神奈川県のほぼ中央に位置するこの街は現在、魔境とされる西側と人が多く住む東側を隔てる壁としての役割を担っている。
8年前、自分の住んでいる県の特徴をあげろ、と言われ答えられる人はどれだけいただろうか?
北海道なら海産物がうまい、とか
東京なら世界有数の大都市だ、とか
京都なら歴史的な建造物と上げるかもしれない。
しかし、日本という文化圏にある以上、田舎、都会の差はあれどどうしても似通ってしまう。
多少の地方文化の差はあれど、根本的な部分で自らのアイデンティティーを日本人であることに定めている以上、どうしてもそこに根付く文化は日本的なものとなってしまうのは致し方ない。
それが良いことだったのか、悪いことだったのか。
最近になってそういったことが話題になることが多い。
理由は簡単だ。
大崩壊後、各都道府県の個性が割り振られてしまったからだ。
それも強制的に
大崩壊前、稼働していたVRMMOは、47種類。
都道府県と同じ数あったそれらのゲームは各都道府県にその特徴が割り振られることとなり、町並み、特産品。さらには物理法則まで書き換えることとなった。
神奈川県の特徴として上げられるのが、中世ヨーロッパ的な町並。
しかし、そこはリアル指向というよりファンタジー指向というべきか。
実際のヨーロッパの風景ではなく、日本人のイメージするヨーロッパのイメージだ。
空を見上げれば、たまに空飛ぶ城や、野生のワイバーンが飛んでいるのがみることが出来る。
神奈川は、アーサー王の伝説をモチーフにした『ナイツオブラウンドオンライン』をベースにしたゲームの風景を元としている。
大崩壊前の人気タイトルの一つで、所謂剣と魔法の世界のゲームだ。
歴史のあるタイトルでプレイヤー人口の多さと生産職と戦闘職の幅広さが売りとなっている。
問題点として、真新しいシステムが無いということか。
ただ、『大崩壊』後の混乱と戦乱の五年。そして、その後、神奈川が国という形になって約三年。
東日本において発達している国の一つとして数えられている。
ともあれ、駅前の大きな本屋であった建物の前に朽野は立つ。
かつて使われていたアクリル板の看板は取り外され、代わりに木で出来た看板が掲げられている。
そこには、狼の顔と、それを封じるようにその顔の前にクロスされた剣と銃のエンブレム。
狼は魔物、剣はファンタジーの武力、銃はSFと現代物の武力を表している。
新時代の武力を持って、この世界の魔物を封じる。
このエンブレムにはそういった意味が込められている。
冒険者ギルド 本厚木支店
この場所はそう呼ばれている。