004
爆散するコンクリート。
薄暗い路地を迸る爆発の中から、
弥五郎は白髪の少女を強引に引っ張り上げた。
「おい、大丈夫かガキ」
「え? あ……うぇ?」
少女は状況が飲み込めないのか、
ルビーのように赤い目をパチクリとさせ、
弥五郎に抱きかかえられたまま呆然と口を開く。
「ちょっとそのまま捕まってろっ!」
「ほぇ? ――きゃああ!?」
少女を助け出したのもつかの間。
爆発が再び少女と弥五郎を襲い、
弥五郎は少女を抱き込んだまま無理やり後ろに跳んで爆発を躱す。
二度、三度。
這いずるように追ってくる爆発。
弥五郎は身体を強引に捻って狭い路地の壁を蹴り、ピンボールのようにそれを躱す。
爆発が止んだ後の路地は空襲でもおこったかのような有様で、
コンクリート粉塵と爆煙が立ち込める中、
弥五郎は爆煙の先を睨みつける。
「ぇ、あっ……ぅえ!?」
弥五郎に抱きかかえられたまま、呆然と固まる少女。
やっと自分が助けられたことを理解し、弥五郎を見上げて何かを発しようと口を開けた時、
路地の奥から、コツ、コツ、と地面を叩く音が少女の耳に届き、
少女はビクリと身体をすくませる。
「ケディさぁん、蛇の丸焼きができましたかねぇ?」
「消し炭になってゴミと見分けられねぇんじゃねぇの? ぎゃははは」
「まったく、こんな掃き溜めにまで私を来させるとは。ゴミの分際で煩わしい。……おや?」
立ち込める煙の奥から現れたのは、高級な白の制服を纏った三人の少年だった。
リーダー格らしき眼鏡に痩せっぽちの少年は、爆発を逃れ無傷な少女と、少女を抱えて睨みを効かせている弥五郎を見つけ、神経質そうに眉をピクリと上げた。
「今のでやっと薄汚い蛇の丸焼きができたと思ったのですが……どちらさまでしょうか? それのお仲間ですか?」
「……ッチ」
少年の胸に光る、黄金の羽のブローチ。
それは学園区の、それも“神族の先祖返り”である証だった。
予想していた以上に厄介な相手の出現に、弥五郎は思わず舌打ちする。
「オイコラ、ケディさんが質問してんだろ! さっさと答えろやァ!!」
「掃き溜めの虫けらは言葉も理解できないんですかぁ?」
反抗的な弥五郎の態度が癪にさわったのか、
子分らしき後ろの二人が挑発的に啖呵を切ってきた。
「……」
「……」
後ろの二人を無視し、眼鏡の少年をじっと睨みつける弥五郎。
眼鏡の少年は、弥五郎が挑発に一切乗らずに自分を警戒しているのをじっと見つめると、ふむ、と顎に手を当て、おもむろに口を開いた。
「まず……自己紹介を。私は学園区に所属するケディ・フィジーです」
「……大人弥五郎だ」
「……私が学園区の者だと知ってもその態度ですか。ふむ、なるほど」
名乗りを聞き、なお態度を変えない弥五郎に、ケディはピクピクッと眉を動かすも、依然として落ち着いた態度で弥五郎に話しかける。
「では、もしかしてご存じないかもしれなせんが、我々が所属する学園区は少々特別な場所でして。あらゆる面で優遇されるのと同時に、他の干渉を受けない権利があります。
端的に言えば学園区で行われることに関して部外者は首を突っ込んではいけないという決まりがあります。
あなたがどのような理由でそれを庇っているのか知りませんが、私たちとそれの関係にあなたが首を突っ込む権限は無いのではないですか?」
ケディの言葉に、弥五郎はピクリと眉を動かす。
腕に抱える少女を見下ろすと、
焼け焦げボロボロになっていて気づかなかったが、
確かに、少女が身につけている服は、少年たちと同じ学園区の物だった。
――実は、これは弥五郎にとって予想外の事実だった。
弥五郎が爆発から少女を助けたのは、
襲われているのがこの区外地区の子どもだと思ったからであり、
だからこそ学園区の人間を敵に回してまで少女を庇った。
だが、少女が上に住む人間であり、
自分たちと全く関係ない理由からこのような目にあっているなら、
もはや弥五郎に少女を助ける理由はなかった。
だが――。
「関係ない……とは言ってもなぁ」
「……っ!」
弥五郎の腕の中でビクリと身体を震わせる少女。
その小さな身体は痛々しく焼け焦げ、
元は綺麗な白であっただろう肌や髪も煤と汚れで黒ずんでいた。
ボロ布に包まれ、痛めつけられた少女を見て、弥五郎は少女を抱く腕に力を込めた。
「さすがにこの状態の女の子を、はいそうですかと渡すわけにはいかねぇだろ。
コイツが痛めつけられてる理由ぐらい教えてくれてもいいんじゃねぇか?」
「おいテメェ! 誰に口聞いてんだ!」
「ちょっと調子に乗りすぎじゃないですかぁ?」
即座にキレてかかる子分二人。
少女は、弥五郎が少年たちに逆らうような態度を見せたことに驚いたように目を見開き、零れそうな赤い瞳で弥五郎を見つめる。
「……ふむ?」
その様子を見た眼鏡の少年は首を傾げて何かを思案した後、
荒ぶる子分たちをなだめて弥五郎に語りかけた。
「もう一度言います。ここの住民のあなたには知らないのでしょうが、私たちは学園区の生徒です」
「ああ、その制服見りゃ分かるよ」
「知っていてっ……まぁいいです。
ならご存知だと思いますが、学園区にはとある絶対のルールがあります。
それは絶対強者制度。強いものこそ全て、弱者は強者にひれ伏すのみという掟です」
「たしかに、聞いたことはあるな」
合格率0.02%。
身体能力、頭脳、気品、そして何より頭抜けた“遺伝”
全国民から選び抜かれた、極一握りの者だけが入ることのできる絶対実力制の英雄育成学校。
そこでは強者こそが絶対であり、全てが実力で決められるらしい……が。
「それにしてもこれは異常だろ。
仮にも“英雄”になろうって野郎がこんなことして許されんのか?」
弥五郎の腕で震える少女は全身に打撲痕と火傷があり、
ほんの少しの間違いで死んでいてもおかしくないような重症であった。
彼女と少年の間に何があったとしても、“学園区の規則だから”で許されるレベルではない。
ギロリと厳しい視線を向ける弥五郎に、しかし少年はやれやれと頭を振って答えた。
「見くびらないでいただきたいですね。
私たちは別に、ただ弱い者をいたぶっている訳ではありませんよ。
私たちがそれを駆除しようとしているのは――それが、“化物”だからです」
「……化物?」
「それの足を見ればわかりませんか? それは異常な化物なのですよ」
少年が指差した先を見ると、さっきの爆発から逃れきれずに黒く焼け焦げた少女の足が、膝からボロッと炭になって崩れ落ちるところだった。
「おい! くっ早く治療を……――え?」
弥五郎が慌てて少女の足に触れようとした時、
それは起きた。
崩れ落ちたはずの足が、逆再生にかけられたように塵となって集まり、
完全な状態に治ってしまったのだ。
少女が慌ててその足を隠すも、
弥五郎の目には、傷の一つも見当たらない、まっさらな状態に治った少女の足が焼き付いていた。
怯えた目で弥五郎を見上げる少女と、
それを蔑んだ目で見る少年たち。
「わかりましたか? それが化物であることが」
目を見開いて少女を見つめる弥五郎に、眼鏡の少年が語りかける。
目の前で行われた、“再生”とも呼ぶべき現象。
それは、先祖返りによって超常化された現代においても、あまりにも異常な出来事であった。
空を駆け、炎や雷を操る力を授ける“遺伝”
それは遥か昔に滅んだ空想伝説の存在たちの力を受け継ぐものであるが、
しかしその“遺伝”を継ぐのはあくまで人間であり、生物である。
再生能力や細胞の活性レベルが上昇して、トカゲのように手足を再生できる者はいる。
“遺伝”によって魔法や呪術を習得し、欠損した身体の部位を治療できる者もいる。
しかし、再生系の遺伝、もしくは“神”や“悪魔”の遺伝を受け継ぎ、なおかつ洗練された技術を持つエキスパートですら、身体の部位をまるまる再生させるとなると、数ヶ月~数年はかかる。
瞬時の再生、それも魔法などを発動した形跡のない、完全な自然再生。
それはもはや先祖返りなどではない、先祖そのもの――神の領域である。
もしくは……。
「……被奪者?」
「――っ!!」
弥五郎の呟きに、少女がビクッ! と身体を震わせる。
先祖返りを受けた者の中には、
極稀にその“血”が濃すぎたり、強力すぎる“遺伝”に飲まれ、人の枠を失い神やモンスターそのものに変貌してしまう者が居る。
人であって人ならざるモノになってしまった彼らは正気を失い、その強力なチカラを振り撒きながら暴れる化物と化す。
被奪者は人であることを辞める代償に、神話や御伽噺の領域に片足を踏みこむ力を使う。
被奪者になれば身体の瞬時再生などもありえなくない、が……。
「いや、違うな。コイツは被奪者じゃねぇ」
「うっ! ……ぇ?」
被奪者は血に飲まれ本能のままに暴れるままとなった化物。
確かに少女は普通よりやや遺伝が強く出た見た目をしているものの、あくまで先祖返りの範囲だ。
なにより、弥五郎には、自分の腕の中で怯え、震える少女が化物になど見えなかった。
「っち……! あなたもですか! どう見てもそいつはただの化物でしょう!? 気色の悪い蛇のような見た目にそのトカゲじみた再生能力。そんなのが万が一にでも“英雄”になることが許されるはずがないでしょう!? この私がわざわざそれを駆除してやろうとしているのに、どいつもこいつも」
「うるせぇよ。第一、お前がコイツをいたぶってんのはそれだけじゃねぇだろ? ただコイツが妖怪系だから、難癖つけて痛めつけてんだろ」
イライラと頭を掻きむしっていたケディが、弥五郎の言葉にピタリと動きを止める。
これも“先祖返り”が起きてから生じた思想、――遺伝差別。
先祖返りによって“神”や“天使”の力を行使できる人間が生まれたことにより、様々な宗教的思想があいまって、自分が天に選ばれた存在だと勘違いした者が、“妖怪”や“怪物”の遺伝を持つものを虐げる思想であった。
「ああ、それにコイツに対する嫉妬もあんのか? “再生”の力は神の象徴だもんな」
「なんだと……!? 私がそれに嫉妬!?」
「神系といえど爆発しか起こせないんじゃただの火竜種の下位互換だもんなぁ。
分かりやすい超越した力が羨ましくて羨ましくてしかたねぇんだろ」
この思想は強い遺伝を持つものほど顕著とされている。
一説には神や天使には本能として闇に所属する種族を嫌悪するものが、それが影響しているのではなどとも言われているが、
どうやらケディもこの例にもれないようで、
さきほどまでの冷静さはどこに行ったのか、弥五郎の言葉に歯を期しませ、顔を激高させて怒りの咆吼を上げた。
「もういいです! どうせ区外地区で起きたことなど誰も気にはしない!! それを庇い、私を侮辱したことを後悔しなさい!!」
ケディの手のひらからバチバチッという破裂音と共に、
弥五郎に向けて爆発が放たれる。
狭い路地で真正面からの爆発。
咄嗟に放り投げられた少女の目の前で、金髪の青年が爆炎に飲まれた。
「い、……いや――!」
「ふん、私に逆らったのが、――ぐべっ!?」
爆炎が弥五郎を消し炭にしたかと思われた直後。
少女の悲鳴を握りつぶすように、
弾ける爆煙の中から伸びた腕がケディを掴み、そのまま殴り飛ばす。
「え、は!? ケディさん!?」
「な、大丈夫っすか!? ケディさん!!」
吹き飛ばされたケディに慌てて駆け寄る子分たち。
ドンッという空気を叩く音と共に、路地に立ち込めていた煙が強引に振り払われる。
そこに立っているのは、爆炎に飲まれたはずの金髪の青年。
呆然とする少女の視線を背に受けながら、爆煙の中から姿を現した弥五郎がケディたちに向かって歩いていく。。
――少女が虐められている理由は理解できた。
腐った思想。
汚れた価値観。
しかし、弥五郎には一切関係のない出来事であり、少女を助ける義理も根性も無かった。
だが――――。
「お前は、俺の嫌いなやつだ。胸クソ悪ぃ。この区外地区で好き勝手やろうってんなら、キッチリと代金は払ってもらうぜ?」
上流階級の住む高級区。学園区、一般区。
そして、“人が住めない地”とされ、世界に捨てられた土地―――区外地区。
そこに住む者は法的には存在せず、そこで起きたことはすべて、積み上げられたゴミと共に闇に葬り去られる。
――だから、上に住む者は知らない。
そこが、ただの何も無い空き地ではないことを。
そこは、被奪者とは違った意味で人の枠から放たれた者たちが住む場所。
魑魅魍魎の住処であることを。
そして、彼らが手を出したのは、怪物の巣でもなお異彩を放つ怪物。
《怪物》と呼ばれる触れてはいけない人物であることを。