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002 歩目

本日二話目


 弥五郎の祖父の祖父の代。

 ちょうど100年ほど前に、この世界は大きな変化を迎えた。

 それは人類規模での“先祖返り”と呼ばれる現象だ。


 始まりは、インドで燃える赤子が生まれたというニュースだった。

 赤ん坊が超能力のように炎を操る動画がメディアで取り上げられ、

 それがネット上で話題になるのと同時に、世界各地で次々と奇妙な力を持った赤子が確認され始めた。

 鱗を翼を持ち、空を飛行する者。

 腕を六本生やした者。

 獣の牙や毛皮を持つ者。


 原因も解らないまま異形・異能を持つ赤子は増え続け、

 気がつけば出生児の8割が異能持ちとして生まれるようになっていた。

 騒いでいた世間も次第にこの事態を受入れ、

 ――同時に彼らの持つ異能を社会に取り込み始めた。


 赤子たちが手にした異能――“遺伝”

 姿形が遥か昔に神話や伝承の中に消えていった存在のものであることから“先祖返り”と呼ばれる彼らの持つ異能は人類に、新しい、大いなる可能性を示していた。


 空を飛び、超常の力を操り、

 人ならざる怪力を備える。

 “遺伝”によって人類の技術は凄まじいほどに進歩した。

 今まで机上の空論であったことが“遺伝”によって、次々に現実になっていく。

 あらゆる分野が“遺伝”によって一段も二段も進化し、

 社会は“遺伝”を中心として作り変えられていった。


 だが……。


「強すぎるチカラは“遺伝至上主義”を産み、なんの能力も持たない俺たちは就活すら出来ない世知辛い世の中になりました、ってな。はぁ……」


 超常の出現が生んだ社会の闇。

 それは、凄まじいほどの格差だった。

 “遺伝”が人々に与えた力は果てしなく、

 同時に、遺伝を持てなかった者に残されたものはあまりにも少なかった。


 身体能力や遺伝による特殊異能はもとより、

 歌、芸術などにおいても、“遺伝”は持つものと持たざる者に残酷なまでの差を与えた。

 人魚の歌声は海を超え、数多の芸術家が目指した美を、神系の先祖返りはその身に宿す。

 人間が積み上げてきた技術や努力は塵芥となり、

 ありとあらゆるモノが“先祖返り”によって塗り替えられていった。

 

 今の世の中、

 配達業や土木業ですら“飛行”や“怪力”系統の能力が要求される。

 弥五郎のように能力が何もない者に割り振られる仕事はほぼ存在しない。

 ――もっとも、学歴も資格もない弥五郎には、能力云々が無くてもあまり状況は変わらないのだが。


「せめて“無遺伝”ならまだ望みでもあったんだろうが、“先祖”が妖怪系じゃなんとも……――あん?」


 路地を抜けた先。

 いつもは薄汚れたスラムの市と、殺伐とした静けさがあるその場所から、

 慌ただしい人の気配とかすかな悲鳴が聞こえてきた。


「……なんだ? 暴動か?」


 今の世界を生き抜くのに十分なだけの“遺伝”を持たなかった者たち。

 また、強力な遺伝を持ちながら、それを犯罪という形で使用するものたちの巣がこの区外地区だ。

 喧嘩や犯罪組織の抗争は日常茶飯事である。


 しかし、今日の様子は今まで見てきたものとは明らかに違った。

 路地の先から逃げてくる住民たちの顔は皆必死の形相で、

 まるで何かに追い立てられているようだ。


「ちょっと待て」

「うげぶっ!?」 


 弥五郎は前から走ってきた男に無造作に腕を突き出し、

ボディーブローを入れる形で引き止めた。


「なぁ、市でなんかあったのか?」

「ヴェッホ!! オエッ!! てめぇなにしやがっ……げっ!? 弥五郎!?」


 全速力で走っていたところを腹に腕を入れられ、もんどりうった男が、

 頭上から降ってきた無礼な声に威勢よく顔を上げ、

 声の主を見て顔をサッと青ざめた。


「おい、大丈夫か? 質問に答えてくれ」

「だ、誰のせいで――ひっ!? な、なんでもないです!

 いや、俺もよくわかんないんですけど、なんか市で爆発があって、そんで、上の奴ら(・・・・)が暴れてるみたいで」

「ぁあ!? ……11区のやつらか? なんであいつらがこんな掃き溜めに来るんだよ」

「い、いや、一般区じゃなくて学園区の人間みたいで」

「はぁ!? 学園区ってことは高級区より()の連中じゃねぇか!」

「し、しらないっすよぉ。――ああ! ほら来たッ ひぃいいいい」

「あ、こら待て」


 先程より大きな爆発音と共に、

 路地の先から閃光が迸る。

 男は這いずるように走り出し、逃げる住民の波に紛れてしまった。


「おいおい、洒落にならねぇだろ。俺もそろそろ逃げ」

「――――!」

「……あ?」


 逃げ惑う住民の波の中、

 弥五郎はふと振り替えって足を止め、

静かに、路地の先を睨んだ。


 住民たちの恐慌した叫び。

 ズゥンという重い衝撃と、時おり響く爆発音。

 ――その中で、消されてしまいそうな、小さな小さな悲鳴があがったのを、弥五郎は聞き逃さなかった。


「ひぐっ、はぁ、はぁ!」


 悲愴な、しかし必死な呼吸の音。

住民が皆逃げ出し、ぽっかりと穴が空いたような路地の先から、

 必死に走る小さな少女が姿を見せた。


 真っ白な肌と煤汚れた髪。

 焼け焦げた服を抑えながら必死に走ってきた少女は、

 路地に立ちふさがる弥五郎に目を大きくして、思わず足を止め……


 ――爆発に飲まれ吹き飛んだ。



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