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犬愛でる彼

「今日は怪異に襲われるかなぁ」

 そんな不穏な独り言を呟きながら、爽太は見慣れた坂道を上っていた。

 住宅街へと伸びる、爽太にとっては高台の公園へと至る坂道。日頃から暇を見ては公園を訪れている爽太であったが、夏休み真っ只中の現在、彼にとって高台の公園へ行くことは日課になっていた。

 真夏の容赦ない日差しを浴びながら、一歩一歩を踏みしめるようにして爽太は足を進める。

 正直なところ、この坂道はきつい。特に体を鍛えているわけでもなく丈夫なわけでもない爽太にとって、直射日光の降り注ぐ真っ昼間にこの上り坂は非常につらい。飲み物は水筒で持参しているが、そんなものは焼け石に水。一歩ごとにどんどん体力を消耗していく。

 家から公園までのこの道のりを考えると、わざわざ足を運ぶ必要なんてないんじゃないかとも思う。歩みを想像しただけで憂鬱にもなる。

 しかし、それに耐える理由があるのだ。

 なぜなら、高台の公園は怪異が現れやすい場所なのである。

 これは爽太調べによる調査結果ではなく、町の多くの人間にとって既知の事実である。基本的に、怪異が姿を現す場所はほぼランダムであり、規則性などというものはないと言われているが、それでも出現の頻度の多い場所、少ない場所というものはやはり存在する。その要因となるのは、土地そのものの持っている力であるとか、その周囲にいる人間、生物が発するエネルギーだとされている。そういったものの影響で怪異の出現が多い場所というのが実際に存在し、そのひとつがこの公園であるということだ。

 公園は住宅地の端に位置しているが、そこで人の姿を見かけることなどまったくと言っていいほどない。好奇心旺盛な子供たちも周囲の大人から厳しく言われ、滅多に近寄ることもない。

 爽太とて、両親から注意をされてはいる。あんなところにひょいひょい近づくものじゃない、と口酸っぱく言われてもいる。

 しかし、そんな両親をどうにか説き伏せて根負けさせた結果、爽太はこうして公園に行くことを日課にできている。それはまさしく熱意の勝利であった。

 ――目的のためには、親ぐらい説得できなきゃね。

 爽太はなんとしてでも怪異に出会う必要があるのだ。

 そして、

「絶対に仲良くなってやる」

 友好関係を築かなければならない。

 それが、爽太が自分に課した使命ともいうべき目的。つい一週間前にもイナシに窘められたばかりだが、そんなことでやめるつもりは毛頭ない。

「今日こそは……」

 ぐぐっと拳を握りしめた。決意もやる気も十分である。

 そうこうしている内に坂も上りきり、公園の入り口が見えてきた。平坦な道を足早に駆ける。

「ふう」

 公園の入口に立ち、ざっと敷地の中を眺める。

 昨日の今日でさしたる変化があるわけでもなく、公園はいつものように錆びつき褪せた色を見せる遊具と、そこを拠点に地面を覆ってしまおうと身を伸ばす雑草、小石交じりのむき出しの地面という見慣れた景観を保っていた。

 爽太は駆け足で公園の奥に向かう。入口側は道路、それに対して奥側は斜面に面しており、転落防止のために柵が並んでいる。その一角が爽太の定位置になっていた。

 爽太は柵の上で腕を交差し、もたれかかる。柵の高さは爽太の胸のあたりなので、身体を預けるには丁度いい。

 その体勢のまま、宙に向かって息を吐き出す。

「ぷはぁーッ」

 真正面から、風が吹き抜けていった。

 じりじりと照りつける日差しは先ほどまでと変わりないが、頬を撫でる風の感触は、爽太の身体に纏わりつく熱気を吹き飛ばしてくれるように思えた。

 ――しんどい。

 肉体的にしんどいのは勿論。ここ数日は精神的にもしんどい。

 この公園は怪異の出現率が高いとはいっても、そう毎日確実に出会えるというわけではないのだ。現に、ここ数日は怪異の姿をまったく目にしていなかった。最後にあったのは一週間前である。

 一週間前の怪異、確か交渉を司る悪魔を自称していた。爽太の頭からは、すでにその悪魔の名前に関する記憶は抜け落ちていたが、その時の出来事自体はよく覚えている。さらに一週間も経てばそれさえも忘れてしまう可能性が高いが……。

 しかしそれも仕方のないこと。爽太にとってあの悪魔とのやり取りは、さして特別なことでも劇的なことでもない。日々過ごしている日常の中に組み込まれてしまう出来事だ。

 そもそも、この町に住む人間であれば、怪異に出くわすことがまず日常茶飯事、ありふれた日常そのものである。出くわしたからといって、驚いたり騒ぎ立てたりすることもない。そんな時には、落ち着いて冷静沈着に持っている骨を出せば良いだけのこと。そうすれば瞬く間に守護犬のイナシが飛んできて、目の前の怪異は視界から消えてなくなる。誠に些末な事象である。

 もっとも爽太がやっているような『交渉』を行っているものは他におらず、その行為はこの町の人間にとっての日常には組み込まれていない。

 が、爽太にとっては最早日常。

 今年で八年。怪異との交渉は、既に爽太の人生の半分以上を占める期間行われてきた。当然のことながら、初めはまともな会話をすることもできなかった。この間のように会話の途中で突然襲われそうになったことなど数えきれないほどある。

 だから、そんな爽太にとって一週間前の出来事はありふれた日常の一瞬でしかなく、記憶として刻まれるほどのものではないのだ。

 しかしその一方で、『交渉』の結果がまたもや望む形にならなかったという事実は、爽太の頭に否応なく残り続ける。

「うまくいかないものだよね」

 誰に言うともなしに呟く。視線は中空を彷徨う。

 これまでに百を超える数の怪異を相手にしてきているが、その大半はひと通り話を聞いたのち最終的に襲いかかってくることを選ぶか、そうでなければ初めから聞く耳持たずに襲いかかってくるか、そのどちらかだった。数は少ないものの、交渉の結果精気を奪うことを諦めて立ち去った者もいたが、しかし、それも爽太が本当に望んでいる結果には程遠い。

「利害は一致しないものだよね」

 妙に悟ったような口調で言ってみる。

 八年という歳月を費やしても、思うような成果は上げられない。さすがに焦りや不安がまったくないわけではない。純粋に自分がやりたいからやっているであるし、別に自分自身の将来や人生を左右することでもないため、いつやめても誰からも文句も非難もでないことではある。とはいえ、やはり成果をあげられないことへの不安感は拭えない。

 爽太は何気なくポケットに手を伸ばす。

 そこには、一本の骨がある。硬く、それでいてどこか脆い。力を込めればどこか欠けてしまいそうなそんな感触。

 爽太は、ゆっくりと骨をポケットから引き抜いた。

 手で包み込むように、外気から守るようにして胸の前に持ってくる。顔の前に持って来たり頭の上に掲げてみたりすれば、すぐさまイナシが探知して駆けつけてしまうからだ。怪異もいないのにそんなことをすれば迷惑千万。町の人間に対して寛容なイナシでもさすがに不機嫌な顔を見せるだろうし、叱責は免れない。

 爽太は骨にそっと指を這わせた。この骨をまじまじと見ていると、八年前、怪異との交渉を決意したときのことが思い起こされる。

 その情景を脳裏に浮かべ、

 ――番犬は、番犬なのかな……。

 爽太は、ひとつため息をこぼす。

 それと同時に、不意に爽太の耳にある音が飛び込んできた。

 ばさりと、大きな鳥の羽音。それは爽太のすぐ側、いや、隣から発せられた。

「――貴様、悩みでもあるのか?」

 突如耳朶を打ったのは、高圧的で張りのある声。

「うわわッ⁉」

 素っ頓狂な声を上げ、柵を突き飛ばすようにして爽太は後ろに飛び退いた。両手は万歳の体勢で、身体は思い切りのけぞってしまっている。

「誰ッ⁉」

 爽太の視界に映ったのは、ひとりの男。

 肩まで伸びる金の髪に、均整のとれた身体つき。身体に纏うのは僅かな純白の布、そして男の背後に見えるのは、逞しく、そして神々しいまでに白く輝く一対の翼だった。

「我は――」

 男が口を開いた次の瞬間、ずん、と地鳴りの音が響く。

 爽太の視界に新たに入ってきたのは、純白の獣の姿。

「――ん?」

 男が疑問の呟きを発する間しか与えず、イナシは一口に彼を呑み込んだ。

 ごくり、とやけに大きな嚥下の音。

 爽太は棒立ちになり、無言でその光景を見ていた。ひらひらと、真っ白な羽が辺りに舞い散る。

 矢継ぎ早に起こった出来事は、一瞬だった。

 ふう、とイナシが息をつく。そしてちらりと爽太に視線をやった。

「大丈夫ですか?」

 気遣いの言葉。

 対し、爽太も口を開いた。

 しかしそれは、

「なんで?」

 イナシへの返事ではなく、なんで来たの? という疑問の言葉。

「呼んだでしょう?」

 なんで、の一言で質問の意図を汲み取ったイナシは、前足で器用に爽太の手元を指差した。そこにあるのは、当然骨である。

「……あー」

 爽太は先ほどの自分の咄嗟の動きを思い出す。驚きのあまり、骨を持った手を高々と上げてしまっていた。

「なるほど」

 意図せず、イナシを呼んでしまった。

 必要のない時は、骨はしっかりとしまっておくのがマナーだ。町の人間は骨の扱いに関して慎重で、子供にも口酸っぱく教えるのが常である。

 守護犬であるイナシの存在がなければ、怪異の多いこの町に住む人間は、常に身の危険に晒されている状態にあると言っても過言ではない。住人たちにとって、イナシはライフラインの一つになっているのである。

 だからこそ、不用意に呼び出すことなどあってはならないのだ。もっとも、今現在爽太が置かれていた状況は、爽太以外の人間にとっては、骨を取り出すことに何の問題もなかった筈ではある。

 爽太はそっと骨をポケットに戻した。

「その顔を見るに、何らかの不手際で私を呼んでしまったようですね」

 心情がありありと表れているであろう爽太の顔を眺めながら、イナシは淡々と言った。

「ただし、怪異は実際にいたようですが」

 一瞬、自分の腹に視線を移し、また爽太へと戻す。

「また交渉をするつもりだったんですか?」

 イナシの呆れたような、それでいて少し困ったような声。

「あはは……」

 爽太は作った笑顔を顔に張り付け、指で頬を掻いた。

「いつも言っている通り別にそれを辞めろとは言いませんが、これからも続けるつもりでいるのなら、単に警戒するだけではなく危機感も持っていてください」

 イナシは爽太の顔をまっすぐに見据える。

「この場で何が起こって、どうなった結果、私が呼び出されたのかはわかりませんが、意図せず骨を掲げたということは、それに気付けないような精神状態だったということ。単純に考えれば、それは驚きか、もしくは動揺ですかね。具体的に何があったのかはともかく、怪異と対面した状態でそうなったという事実は、それだけで十分危険な状況だったと言えます。そんな状況、何度も身を置いていい訳がありませんよね?」

 特段の激しさも冷たさもなく紡がれるイナシの言葉。

 言葉は真剣みを帯びたものであるが、しかし話の中身自体は二人の間で常々交わされているもの。

 だから爽太はあっけらかんと答える。

「警戒はしてるよ。常に怪異の気配に敏感に反応して、迅速に対応してるって」

 うん、と自信を持って自ら大きく頷き、ぐいッと胸まで張ってみる。

「危機感も……まああるよ、うん。というか、警戒心が十分なら危機感はそんなに重要じゃない気も――」

「危機感があればこそ、恐れと不安からさらに警戒心が増すんです。さらに、想定する対処法の数も増える。十分な警戒心のためには、その土台となる危機感が必要だという話です」

「あー、なるほど」

 はいはい、と呆けたように口を開けたまま、数度頷く。そんな爽太の顔を、イナシは疑うような目で見ている。

「ともかく、悪い意味で怪異に慣れることがないよう、心掛けていてください。あなたの目的上、慣れなければ事が始まらないということは分かっていますが」

「善処するよ」

 にっこりと微笑む。

 イナシはそんな爽太の顔をしばし黙って眺め、

「……笑顔はすっかり板につきましたね」

 ため息交じりにそう言った。

「交渉に笑顔は必要不可欠だからね! イナシに昔言われたこと忠実に守ってるでしょ? 大丈夫大丈夫、今言われたこともしっかり守るからさ。こう見えて聞き分けはいいのさー」

「能天気なその言い回しのせいで、にわかには信じがたいですねえ」

 イナシは大きな前足を額に当て、軽く頭を振るった。

 爽太の口調、態度はいつものことで、イナシもそれには十分慣れている。なにせ八年来の付き合いである。表向きではどう言って心の内でどう考えるか、そんなことはお見通しだろう。

 爽太とて、イナシの忠告を完全に無視しているわけでもない。素直に聞き入れることなど滅多にないが、忠告は忠告として有難く聞いている。

「まあ取りあえずありがとね、イナシ」

 言いながら、背伸びをしてイナシの首元に手を伸ばし、軽く撫でる。

「また助けてもらっちゃって」

「それが私の役目ですから、何も構うことはありませんよ」

 僅かに目を細め、イナシは答える。首元を晒すように、頭を心持ち傾かせる。

「また怪異が出たらよろしく」

「その言葉も必要ありませんよ。役目とは、そういうも――」

『――おい!』

 イナシの言葉の途中、不意にそこに割って入ったのは第三者の声。

「――ッ!」

 それは、辺りに響くというほどの大きさも明朗さもなく、何かに覆われたようにくぐもった、そんな声だった。

 爽太とイナシが、ともに周囲に視線を巡らせる。そうしてみても、辺りに人影はない。

 イナシは眉間に皺を寄せ、ピンと耳を立てた。そして鼻をひくつかせる。

 しかし、視覚、聴覚、嗅覚、そのどれにも目ぼしい反応はないようで、油断のない視線を辺りに向け続ける。

「いまのって……」

『ここだ! 我はここにいる!』

 先ほどよりも多少大きくなった謎の声。

 爽太とイナシの視線が、ある一点に集中した。それは、イナシの巨大な身体の一部分。

 腹である。

「…………あー」

 早々に事態を察した爽太の口から力のない声が漏れる。それが聞こえたのか、

『お、やっと気づいたか。 さっきから貴様ら二人で喋るばかりで、完全に放置しおって』

 声のトーンが一段高くなる。

 その声は、つい先ほど爽太が耳にしたものとそっくり同じ、高圧的で張りのある声。腹の中から聞こえてくるため多少こもっているが、確かにそれだ。

 事態は単純である。いましがたイナシが呑み込んだ男が、腹の中で元気に喋っているのである。

 爽太は、イナシの腹から顔へ視線を移す。

「こういうことってよくあるの?」

「……大抵の怪異は、腹の中に収めてしまえば話すことなどできないほどに大人しくなるはずです。動くことは勿論、話すことさえできません。大人しく消滅を待つのみです」

 イナシの声には、珍しく戸惑いの響きがあった。

 基本的に、イナシは怪異を祓う手段として相手を丸呑みにするという手段をとる。怪異を祓うというのは、怪異をただ追い払うのではなく消滅させることを意味するのだが、イナシの場合、ただ爪や牙を使うのでは怪異を痛めつけることはできても祓うことはできない。爪や牙自体に怪異を消滅させる力が備わっていないからである。

 ではそんな力がどこにあるのかというと、腹である。イナシの胃袋はそこに収められた怪異を衰弱させ、消滅させるという力を持っており、呑みこんでから一分も待てば怪異は跡形もなく消え去る。よって、イナシは怪異と対峙した際、とにかく相手を丸呑みすることを狙うのが常である。

 だからいましがた、イナシは爽太の呼びかけに応じて登場すると同時、目の前の怪異を問答無用で呑み込んだのである。

『待て、貴様ら! 先ほどから怪異という単語を連呼しているが、我は物ノ怪や悪魔の類ではないぞ!』

 ひときわ大きな声が腹から響いた。

『我は天使! 邪を払い人を導き、幸福を与える存在、天使エルテスラである!』

「天使?」

『そうだ! そうであるのに、我はいま犬の腹の中にいる。これはどういうことだ!』

 自称天使が声を張り上げる。腹の中にいる以上、張り上げたところでくぐもっていることに変わりはないのだが、それでもお構いなしに張り上げる。

「天使ねえ……」

 爽太はつい先ほど目にした、自称天使の姿を思い返した。

 肩まで伸びる金の髪、均整のとれた身体つき、身体に纏うのは僅かな純白の布。そしてその背後に見える逞しく、神々しいまでに白く輝く一対の翼。

 ――こりゃ天使だ。

 爽太はひとり頷いた。

 外見の特徴から推測する限り、自称天使は他称天使たる資格を持っている。この太陽が照りつける真っ昼間でもわかるぐらい、やけに身体から光を発していたこととて。

「――爽太」

 ひとり思考を巡らす爽太に、イナシが声をかける。

「この者の言葉、真実でしょうか?」

 真偽を、爽太に問うてくる。

 イナシも、天使を丸呑みにする前にその姿を目にはしているはずである。骨で呼び出された以上悠長に眺めることなどありはしないが、当然対象となる怪異の姿形ぐらいは確認し、その上で丸呑みにしている。

 だからイナシも天使の言葉を即座に否定し、突っぱねることができないのである。そうなると、判断材料とするべきものは天使の言動。そしてイナシにとっては、それを知っているのは天使との交渉を試みたであろう爽太しかいない。

 実際には会話を交わす間もなかったのだが。

『我はなんら悪事を働いていない! 何故、我が貴様に喰われなければならないのだ! これは何の陰謀だ! それとも罠か⁉』

「どうですか?」

 天使の言葉を無視し、イナシは爽太に向かって繰り返し訊ねる。

「本当だよ」

 爽太は極めてあっさり答えた。

「天使だね。エルテスラさんは天使。うん」

「適当に答えてはいませんよね?」

「そんなことないよー。だって、どこからどう見ても天使だったでしょ」

『貴様、それならば何故、我は喰われなければならないのだ!』

 天使――エルテスラの、当たり前な抗議の声。

 爽太とイナシは、ともに腹に視線を移した。

「それはあれだよ、事故だよ。不運な事故だよ」

 爽太は淡々と言ってのける。

「驚いた拍子に思わず骨を掲げちゃったからね。そうしたら勿論イナシが来る。イナシが来たら一瞬の間の内に食べられる。この連鎖はどうしようもない。事故だよ。どう考えてみてもさ。――まあ、とはいえ…………すみませんでした」

 爽太と同時に、イナシもぺこりと頭を下げた。

「これは全く以て不慮の事故ですね」

「不慮だね」

『事故とはなんだ事故とは! 貴様らのミスではないかッ!』

「なんだよー、元はといえば、音も立てず気配も消して人の傍に現れて声をかける、なんて怪しい行動をとったそっちに非があるじゃんかよー」

「なるほど、それで驚いて骨を……」

『ぐ……た、確かにそれは――』

「それに、そんな不審がられるようなことをしたってことは、エルテスラさんはやっぱり怪しいよね」

『何を言う! 我は正真正銘天使。それは貴様らも納得していただろうが!』

「でも堕天使っていうのもいるよね。ぱっと見ただけじゃわからなかったりして」

『い、いや待て! そんなことはない。我は聖なる存在だ!』

 エルテスラは必死に否定の声を上げる。

「そこは心配無用でしょう」

 不意の助け舟を出したのはイナシだった。エルテスラとは対照的な落ち着いた声でさらに続ける。

「私の腹の中にいながら、消滅するどころか威勢よく会話をできる状態でいる。それだけで、この者が悪しきものではないということは証明できます」

『そうだ! 我は人間の味方! 怪異などとは対極に位置するもの!』

「そうだろうね。なんか神々しいオーラを放ってたもんね」

 一転、爽太はあっさりとエルテスラの言葉を受け入れた。

『やっと……やっとわかってくれたか』

 嬉しさに打ち震えているのか、エルテスラの声は若干の震えを帯びていた。

 これ以上爽太たちの非を追及してくる様子はなくなったので、これ幸いと爽太は安心して話を変える。

「でも天使を食べちゃうとはねー。びっくりだね」

「私も初めての経験です」

 毒にも薬にもならない雑談。

 エルテスラの方もこれまでとは打って変わって、

『わかったのなら、もう何も問題はないな。早く我をここから出してくれ』

 尊大な口調はそのままだが、落ち着いた声でそう言った。

 しかし、その声に返ってきた反応は、

「「…………」」

 沈黙だった。

『……は?』

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