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感情のぶつかるところ

 エルテスラは、敵である。

 爽太が目にした事実はそれだ。自分たちに敵対し、害なす存在。状況を正しく理解し、得られた結論がそれである。

 爽太は拝殿の側面に腰をおろし、板壁に背をもたれさせ、その裏の方へと視線を向けた。視界には入らないが、そちちらにはイナシが身を隠している。天使と悪魔の前から、爽太を咥えて逃げ出したイナシはここに辿りつくと同時、半ば倒れ込むようにして身を伏せた。本人の弁に依れば、命に別状はないようだが傷を癒す時間が必要らしく、傷を癒そうとしているところだ。

 爽太たちはいま、神社にいた。

 傷を負ったイナシが、流れ落ちる血を気にも留めずに疾走した末、隠れ場所として選んだのがここだった。エルテスラと悪魔が追撃をかけてくる可能性は高く、その場合、他の人間を巻き込む危険性は限りなくゼロに近づけなければならない。イナシはそれを最優先事項として考えたのだろう。

 神社に参拝者が訪れることなど皆無と言っていいほどで、幸い遠見も早々に撤収しており、現在ほかの人間の姿はまったくない。

 これならば、戦闘が行われようと他者に危害が及ぶことはない。

「戦うのか……」

 ほとんど無意識に呟いた。

 エルテスラは、突如牙を剥いた。ヘルベルといったあの悪魔の登場を引き金にして、それまでとは百八十度異なる、明確な敵意を持った視線を向けてきた。

 爽太の脳裏に、血濡れのエルテスラの姿が浮かび上がる。

 前後の出来事も含め、その光景は衝撃的で忘れようにも忘れられないものになりそうだが、その中の一点に、爽太の脳裏に特に焼きついたものがあった。

 それは、灰色の翼。天使ではありえないはずの翼。

 爽太とて、実際に存在する天使の生態に詳しくはないので、確かなことは言えないが、一般的に天使の翼といえば純白であると相場が決まっている。あんなくすんだものが天使の翼であるとは思えない。

 つまり、

「堕天使の証」

 ヘルベルが口にしていたように、エルテスラは堕天使になった。イナシの腹から出ると同時にだ。

 何故かはわからない。種々の疑問は尽きないが、ともかくエルテスラは堕天使になり、現在爽太とイナシに対し敵意、いや、殺意を持っているだろう。それは事実である。

「急に機嫌が悪くなった、とか、堪忍袋の緒が切れた、とかじゃあないよね…………」

 そんなことで天使が堕天使になるわけもない。堕ちるのにはそれ相応の要因があるはずだ。

 それはなにか。

 そんなことは、いくら頭を捻って考えてみても仕方がない。

「本人に訊くか……」

 爽太は、よっ、と腰を上げた。

 軽く伸びをし、ひとつ息を吐き、そっとズボンのポケットに右手を這わせる。硬くて脆い感触を、指先に感じる。

 もう一度小さく息を吐きだし、爽太は拝殿の正面へと足を進めた。

 

 

「よくここがわかったね」

 空を仰ぎ開口一番、爽太は率直な感想を投げつける。

 対するエルテスラは境内の上空。空中に制止し、腕を組んだ状態で爽太を見下ろしている。

 その口元が笑みで歪んだ。

「我にも何故かはわからんのだが、まるで導かれるようにここまで来ることができた。――まあ、我には元々怪異の探知能力があるからな。それがより強力になり、人間や守護精霊の位置までも探知、把握できる能力に進化したのかもしれん。なにせ我は天使。そこに不可能なことなどなく、その力に底も果てもなきものだからな」

「どうせ鍋の残り香にでも吸い寄せられてきたんじゃないの?」

 エルテスラの片眉がぴくりと上がる。

「だってもう天使じゃなくて堕天使でしょ。怪異ホイホイに釣られだけのことだよ、きっと」

「ほう」

 エルテスラの眉間に、皺が寄る。組んでいた手が解かれ、その手をだらりと下げた。

「貴様の言うことは概ね正しいな。――――ならば、我も堕天使らしい振る舞いをしてみるか」

 言い終える前に、エルテスラの右手が動く。それはただ、爽太に向かって突き出すだけの小さな動き。

 しかし、同時に右手は光を帯び、次の瞬間、

「――――ッ!」

 光矢が放たれる。

 爽太は息を飲み、即座に手を前に、防御の姿勢を取った。

 ――――!

 辺りに光が散乱する。

「加減はしておいたから死にはせん。のた打ち回るには十分な痛みを感じるだろうがな。べらべらと喋ることなく、貴様はそこで大人しくしていろ」

 エルテスラの声が、爽太の耳に届く。それは、高慢で自信に満ちた、これまでに幾度も聞いてきたエルテスラの声。

 そんな声を聞いて、黙って従ってしまうようではいけない。軽口を返すのが、爽太の流儀。

「わざわざ気を利かせての手加減はありがたいけど、ご期待には添えないかな」

 瞬間的に境内を照らした光が、急速に消えていく中、爽太はエルテスラに視線を飛ばし、言った。

 その声には不安も恐れもない。虚勢を張っているわけでもなく、はっきりと澄んだ声だった。

 そして、

「なに……ッ!」

 爽太の身には、傷ひとつついていなかった。

「どういうことだ……?」

「これのおかげ」

 爽太は、光矢を防ぐように身体の前に突き出していた手を軽く掲げた。そこにあるのは、一本の骨。

「これは、ただイナシを呼ぶためだけの道具じゃない。怪異から物理的に守ってくれる特別な力を持ってる物なんだ。町の人たちが使う機会なんてほとんどないけど」

 エルテスラの光矢を防いだのは、骨である。

 怪異と遭遇した際、この町の人間は問答無用で骨を取り出す。イナシを呼び出し、怪異を祓ってもらうためである。それをしないのは、爽太や遠見のような変わり者しかいない。

 しかし、いくら神速のイナシであっても、場合によっては一瞬で到着とはいかないこともある。そうなった時、怪異への対抗手段を持たない普通の人間が無抵抗で怪異に襲われないため、骨には持ち主の身を守る力が備わっているのだ。

「ちなみに、守るだけじゃなくて武器にもなる。その威力がどんなものかは、身に染みてわかってると思うけど」

 イナシの腹越しにではあるが、爽太は今朝方エルテスラを骨で思い切り殴りつけている。その時点では堕天使、つまり怪異として認識される状態ではなかったのだろうが、あの時骨の力は確かに働いていた。爽太の細腕で殴りつけただけでエルテスラがあれほど痛みを訴えたのは、骨の力のせいである。

「それがあの時の……」

 エルテスラは額に手をあてた。そこに打撃の痕跡は皆無であるが、痛みの記憶がありありと蘇っているのだろう。

「しかし、だからといってそんな骨一本で我の光矢を防ぐことができるだと?」

 エルテスラの声に先んじて、その手にはすでに光が灯っていた。

「馬鹿なッ!」

 威力を上げた光矢。

 爽太はそれを一瞬で判断した。一目瞭然。先ほどとは、向かい来る光の持っている厚みが違う。

 爽太は骨を握る手に力を込めた。

 ――――!

 光矢は、爽太の指に触れる寸前、何かに弾かれるように明後日の方向に流れていく。爽太を中心としたそこに、まるで半球状の透明な膜でもあるかのように。叩きつけるように注がれる光は、すべて空中へと流れ、散っていく。

 そして、爽太の身には一切触れることなく、霧散した。

「出力上げても無駄」

 ふう、と息を吐く。

 骨の持つ力を使っても爽太自身は気力も体力も消費することはないが、迫る光の奔流を正面から受け止めるのは、さすがの爽太でも緊張を否めない。

「我の全力の光矢さえ防いでみせるだと……。その骨、一体何でできている。どれだけの加護を受けているというのだ」

 エルテスラの疑問には答えることなく、爽太は改めて相手の姿を見やった。

 視線がいく先は、翼。やはりそこに白はなく、日の光を淡く吸い込む灰色があるのみだ。

 堕天使。なぜそんなものになろうとしているのか、それを知るには、本人に問いただすほかない。

 爽太は、無言で骨を注視しているエルテスラに向かい、口を開いた。

「ちょっと質問。さっきの悪魔のことなんだけど。あの悪魔とは元々知り合いなの?」

 まずはそこからだ。天使と悪魔となれば、いがみ合うのが常のはず。エルテスラとヘルベルの関係は明らかにおかしい。そこがまずもって怪しいのだ。

「知り合い?」

 エルテスラの顔が険しくなった。

「そんなものではない。奴とは三日前に出会ったばかり。親しい間柄でもない。相手は悪魔なのだから当然であるがな」

「でもいまは仲良くしてるんじゃ――」

「仲良く?」

 あからさまに不快を表す顔。エルテスラの眉間に再度皺が寄る。

「だって、ふたりで裏でこそこそ計画を立ててたんじゃないの? 手を組んで、イナシを殺すために協力を――」

「協力などせぬ」

 断言する。

「悪魔などと手を組むわけがない。せいぜい、我が利用させてもらっただけだ。――それに、我の目的は守護犬の死ではない。それはあくまで手段だ」

「手段?」

「我にとって、あんな犬が死んだところで何の損得もない。どうでもいいことだ。我にとって重要なのは、あの犬っころを殺すことにより、我が堕天使になること。人間や守護精霊を手にかければ、我は確実に堕天できる。その事実のみだ」

「……なるほど」

 隠す素振りもせず堂々と話すその内容を、鵜呑みにするべきか。

 整合性は取れている。堕天を望む天使が、悪魔と接触した。それ以上の関係ではないということだ。

「利用しただけ……ね」

「奴からは情報を得たからな。この町と守護犬。そして、堕天使になるための方法」

 ヘルベルは一週間前、爽太から森江町とイナシについての情報を得ている。エルテスラとヘルベルがどういった出会い方をしたのかは不明だが、その際にそれをそのまま教えたのだろう。

「奴にとっては守護犬が目障りで仕方がなかった。一方、我は堕天使になることを望んでいた。両者の利害は一致したというわけだ」

 端的に言えば、堕天使になる方法を餌に、イナシを殺すよう吹き込まれたということだ。

 合点はいく。

 ヘルベルという怪異は、交渉を司る悪魔だと名乗っていた。口八丁で上手く立ち回るのを得意とするタイプだろう。大方、爽太の前から逃げだしたあとで奴は策を練っていたのだろう。この町の人間から精気を奪うにはどうすればよいか。町の守護精霊を排除するいい方法はないか。そんなことを考えていた筈である。

 その折、ヘルベルはエルテスラに出会い、言葉巧みにかどわかした。

 そして今日のこの日、エルテスラは行動に出た。

「奴の計画では、貴様を捕え人質として守護犬を殺すはずだったのだが、よもやこのような事態になってしまうとはな。計画に乗らず、正面から打ちのめすべきだった。いらん回り道をしてしまったわ」

 エルテスラは苦々しげに呟いた。

 これで経緯はわかった。爽太に気配を消して近づいてきた理由も含め、今日のこの事態の背景にあったものが見えた。

 残る謎は、堕天使に堕ちる理由。

 天使としての矜持にまみれていると言っても過言ではないエルテスラが、何故堕天を望むのか。

 爽太は口を開く。言うことは簡潔に、回り道は一切ない。

「なぜ、堕天使になりたいの?」

「貴様ら人間が愚かだからだ」

 瞬時の答え。

 問いの後に多少の逡巡を予想していた爽太にとって、それは思いがけないことだった。

 僅かな戸惑いを持った爽太のことなど気にも留めず、エルテスラは言葉を続ける。

「天使としての行いに価値を見出せん。人間を怪異の間の手から守り、また、その生を補助するという天使としての役割が、ひどく無意味なものに思えた」

 語り口は淡々としたものだが、爽太を見下ろすその目からは強固な意志が感じ取れる。

「そうするだけの価値が人間にないってこと?」

「そうだ。人間は愚かである」

 言って、不意にエルテスラは大きく息を吸った。

 そして、

「守護犬よ、聞こえるか! どこに潜んでいるか知らんが、貴様も聞いておけ!」

 声を一段張り上げ、イナシに呼びかける。

 それに対する返答は当然なく、エルテスラは声量を戻し、言葉を続けた。

「そもそも、我ら守護精霊は何のために存在しているのか、それは明確だ。怪異の精神的、肉体的脅威から、人間を初めとする生物を守るため。それが我らの生まれた理由だ。我らは生物の生を全うさせるためにその力を行使することになる」

 エルテスラの視線は爽太ではなく拝殿に向けられている。そこにイナシの姿を描いているのか、じっと視線を送っている。

「貴様が言うように守護精霊にとっての役目とは、つまりは他の生物における本能にあたるもの。生殖行為と同種のものであり、その役目を忠実に遂行することは当然である。だが、それは正しい行いと言えるのか?」

 問いかけ。答えは無論ない。

「生得的なもの、本能を無批判で正しいものであるとする考えには問題がある。そんな証拠などどこにもないのだからな。貴様は役目に従うことを至上命題にしているが、その正しさの証明はなんらされていないのだ。そして我はこう考える。人間を守ることに、正当性などない」

 エルテスラの声はさらに熱を帯びていく。

「守護精霊が守らなければ、人間は怪異の手によって滅びてしまう? それで良い。滅びてしまえば良いのだ、そんな脆弱な種族など。天敵に対する自衛の手段を持たぬのであれば、淘汰されて然るべきだ!」

 まるで演説でもしているようなエルテスラの声が、境内に響き渡る。

「人間など、種として維持する価値のないものどもだ! 我ら天使の存在を不確かながらに知覚しておきながら、数百年の時を経過しても正確な把握さえできずにいる。その存在を己の都合の良いように解釈し、改変し、形式だけ崇めるのみ。あまつさえ、それすらしない者も大勢いる! 我ら天使の力の恩恵を受けておきながら、己が力のみで生きていると思いあがり、感謝の念ひとつ持ちもせぬ!」

 声を荒げ、言葉を並べる。

「守護犬よ、貴様は理解できるはずだ。この町の人間はそうだろう? 貴様に日々助けられておきながら、しかもその存在を明確に知っておきながら、それでも素知らぬ顔で自分自身の日々を過ごす。貴様に意識を向けることなどなくな!」

 いつの間にやら、両の拳は固く握り締められている。

「そんな扱いを受けながら、貴様はまだ守護精霊として役目を全うすべきだと思うか? そんな役目から解放され、怪異の側に身を費やす方が良いとは思わんか⁉」

 半ば叫ぶように発せられた最後の言葉。

 しんと静まり返った境内に響いたその問いに、

「なるほど」

 答えは返ってきた。

「主張は理解できましたが、如何せん共感はできない」

 柔らかな、落ち着いた声。

「あなたの感覚は、わかりません」

 拝殿の裏から、イナシが姿を現した。



「特に、結果としてなぜ怪異に身を落とすのかは理解するのも難しかったですが」

 表に歩み出てきたイナシの腹は赤く染まっており、その足取りも普段よりはゆっくりとしたものに見える。

「結論、あなたの考えには賛同できません」

 爽太に身を寄せるように、その傍に座る。

「よく出てこられたものだ」

「おかげさまで丈夫な身体をしているものですから」

 イナシは前足をぴたりと揃えて行儀よく座った姿勢のまま、真っ直ぐに空に浮かぶエルテスラを見据える。

「しかし、我の考えを理解できんのであれば、すぐにまた動けないように――いや、命を落とすことになるな」

「血気盛んなのは構いませんが、会話を交わす努力はしてもらいたいですね。理解はした、と言いました。あなたの理屈はわかる。これ以上懇切丁寧な説明が不要なほどに理解はしています。しかし、その上で言いましょう。――それがどうかしましたか?」

 イナシの言葉に、エルテスラの表情が再び険しくなる。

「何が言いたい?」

 発せられる声には、早くも怒気が含まれている。

「あなたが主張する正しさを基準とした判断など、どうでもいいと言っているのです。守護精霊に与えられた役目は、人間を守ることを是としている。ならば、それを全うするのみ。私にとってはそれで十分。他に理由も、価値も、意味も、いりません」

「――所詮は犬の知性か」

 その言葉は苦々しげに、吐き捨てるように発せられた。伴うのは、侮蔑の感情。

 エルテスラの瞳に浮かぶのは、哀れみと失望の色だった。

「貴様は、現状を理解しているのか? この町の人間にいいように扱われているこの現状を。町を維持するための装置程度にしか認識されていない現状を」

「その程度の自覚は当然ありますよ」

「ならばなぜそれを受け入れる。貴様には人間に対する不満はないのか? 力も持たぬ分際で怪異を祓うと嘯き、不要な危険を作り出す。怪異と交渉してみせると言い、つけ込まれる隙を見せる。無関心というだけではない。貴様にとって害悪としか言いようがない人間さえいるのだぞ」

 エルテスラは爽太を指差していた。

 促されるように、イナシの視線がちらりと向いて、

「その言葉――」

 すぐにエルテスラの方に戻る。

「否定はしませんが、それでも私は役目に当たります。私はそのために生まれた、守護精霊ですから」

 揺らぐことのない言葉。

 イナシの頑として意見を変えない態度に、エルテスラの顔には最早呆れたような表情が浮かんでいた。

「……我は、貴様を人間らしいと評したと思うが、それは思い違いだった。貴様は人間には程遠い。まるで機械だ。人間の思うまま、望むままに生み出され、消費され、消えていく。貴様は機械だ」

 言いながら、エルテスラの手が動く。そっと前へ、手の平をイナシに向ける。

 その手が輝きを放ち始めると同時、爽太は半ば反射的に骨を突き出す。

「またそれか……」

 輝きが、僅かに鈍った。

「我の光矢を防ぎうる力。そんなものがあるのならば、そもそも貴様の存在など不要だろう。小僧も、あの馬鹿も構ってやる必要はない。好き勝手に振る舞わせれば、それを傍観していればいい。何の問題もないだろう?」

「そうでもありませんよ」

「今度はなんだ? 何が違うと言う?」

「好き勝手ではない、ということです。傍から見ればそうとしか見えませんし、本人たちもそれを認めるかもしれませんが、少なくとも私はそうは思いません。そして、だからこそ感謝している」

「感謝?」

 漏れ出たのは、戸惑いの声。

「貴様、何を言っている? 支離滅裂だ。唐突に何を言い出――」

「折角ですから教えてあげましょうか? 骨のことと、ついでに彼らのことを」

 言葉を遮り発せられたのは、突然の提案だった。

 脈絡のない話の転換に、エルテスラの表情が訝しげなものに変わった。その発言に隠れた心の内を透かしてみようとでもいうように、イナシに鋭い視線を向ける。

「まあ、聞く気がなくとも話すつもりですがね。先ほどあなたの主張を黙って聞いていた分、今度はこちらの話を、ということで」

 険しい顔のエルテスラとは対照的に、イナシは落ち着いていた。

 戦闘に移行できるだけの警戒の色はあるが、それ以外に余計な感情はなく、淡々と言葉を紡ぐ。

「まず、この骨ですが――」

 イナシはちらりと爽太の手元に目をやった。

「これは、かつてこの町の人間を守っていた〝番犬〟の骨です」

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