銀色の幻想とオレンジの過去
男は仰向けで脱色してしまったように灰色の芝生の上に仰向けになって寝ていた。頭上には月が一つ真っ黒な空に浮かんでいる。星は一つもなく、しかしあたりは薄明るかった。
男はその世界が自分自身が作り出した幻想だということに気がついている。
灰色の芝生は月の銀色の光に照らされている。しかし照らされているのは舞台のスポットライトのように男の周りだけだ。せいぜい二、三メートルの光の円の外はグラデーションのように色が暗くなっている。
男は幻想の中で目を閉じる。散漫な意識を芝生の上に放り出している右手に集める。
するとその冷え切った右手に覚えのある左手が触れる。もちろんその左手は男の幻想なのだがその左手の感触に確かに覚えがあった。
俺はまだあの人の幻想を追いかけているのか、男はつぶやく。つぶやいた言葉はすうっとスポットライトの外に蒸散していった。
男は自分の冷えた右手で幻想の左手を優しく握った。
目は閉じたままだ。確かな感触が男には心地よかった。
もうこのまま寝てしまおうと思った、自分の左手を履いているジーンズのポケットに入れるとむき出しの錠剤が二つ入っていた。
眠ろう。錠剤を二つ飲み込んだ。もう眠ろう。
幻想の左手が男の右の頬に触れる。そうだこの手の感じは…
男の目からこめかみまで熱いスジができた。
女は過去の世界に浸っていた。綺麗な過去だ。女は青々とした芝生の上に仰向けになって寝そべっている。太陽のオレンジ色の陽は暖かく、くすぐったい眠気がする。これは女が見る過去、過去の世界で女は目を瞑って左手でその人の右手を探す。
右手はすぐに自分の左手に触れた。そうだ思い出したあの人の手はいつも冷えていた。触れた左手を冷たい右手が優しく握ってきた。女は過去の幸せを思い出す。女もその手をそっと握り返す。
そして薄く目を開けて横をみると男が寝ている。
暖かい風がふっと髪を撫でた。
女は半身起き上がり幸せそうに目を瞑っている男の頬に触れた。
男の目から一筋涙がこぼれた。女には涙の理由はわからなかった。
これは女が見た過去の世界。
また暖かい風が吹いた。
僕は4本の脚で今日も歩く。少しだけ長い尻尾が僕の自慢だ。少しだけ欠けてる右耳が僕の不満だ。今日僕は芝生の上を歩いていた。歩いているとニンゲンが二人仰向けに寝そべっていた。僕の知らないニンゲンだ。ニンゲンはしゃべる生き物なのに二人とも静かだ。
僕は少し離れた場所にお腹から座り込んで少しだけ長い尻尾をくるっと体に巻きつけて光を浴びる。今日も変わらない1日。
今日はいい日だ、鳩を一羽殺して内臓だけ食べた。黒く艶のある羽を広げると両翼は光を浴びて鋭く光った。仲間が上空を何羽か旋回している。俺は二本の脚で枯れかけの木の細い枝につかまっている。
遠くで三毛猫が光を浴びてあくびをしている。
その猫の手前には人間が二人地面に仰向けになっている。
人間のうち一人には影がない。
今日はいい日だ。鳩を食べた。