イタコ
家に帰った俺は、ボケら〜とTVを見ている。
随分と前になるが、婆ちゃんが言っていた事を思い出していた。
壁を叩く人がいるんだよね。
半信半疑だった俺でさえ、一昨日の夜中に経験した。あのコンビニの制服を着たアフリカ難民が全部の犯人なのか?
エッチなオバちゃんは、中途半端に強い俺に寄ってきたのだと言っていた。俺が強い? どう言うことだろうと考えていた。そう言えば、通夜の受付でもアイツが見えたのは俺だけだった。そんな俺に簡単な「払い」をしてくれたエッチなオバちゃんですら見えなかったようだ。自分の父親ーーー寺の住職なら、見えるし、キッチリ払う事も出来るから、明日、声を掛けるように言われた。
それにしても、ほんとにアイツはアレなのか? しっかり握られた感触まで覚えてるぞ。
エッチなオバちゃんには、アイツが俺の何処を触ったのかが分かったらしい。塩を持った手で揉まれた。参ったな。しっかり反応しちゃったよ。アハハ……。
あのオバちゃん心配してたな。
「お兄さん、まさか縁を造られてないよね?」
「縁?」
「うん、縁。なんか貰ったりしてないかい?」
「まさか、そんなのないよ」
あれ?! そう言えば婆ちゃん、壁を叩かれたって事以外にも何か言ってたな。
隣の奥さんが、屋根の上を飛び回っているの見たんだよね。
婆ちゃんは奥さんと呼んではいるが、80を越えたババーだ。飛べるか! オリンピックに出れるだろ。と俺は笑って聞き流していた。アネキですら、「婆ちゃん呆け掛かってるけどね、隣のお婆さんは完全に頭がパーだから壁を叩いていたのは本当だよ。でもね〜、屋根伝いに飛び回るのは……あははははは」と笑っていた。更に、隣のババーは施設に入っている。屋根を飛ぶのも無理だが、壁を叩くのも出来ないはず。
アイツなら屋根を飛べるのか……
ふっと、エッチなオバちゃんの言葉が蘇る。
縁を造られてないよね……
何か貰ったりしてないかい。
おでん。
突然、凄まじい音が家全体に響き渡り、俺は長椅子から跳ね起きていた。
天井だ。いや、あの音は屋根か……
何かが屋根に落ちて来たような音だった。
ウソだろ……おい……
居間の片隅にバットが立て掛けてあるのが視界の端に映っていた。視線を天井に向けたままで、腰を落として手を伸ばす。横歩きにそうっとバットの方に近づいてゆく。
左手が壁に触れたがバットは何処だ?
慌てて伸ばした手を左右に動かすと、指が僅かに触って床に倒れたバット。絨毯が途切れている場所で床に当たって跳ね上がった。カーーーン、カランカランカランカランと、想像以上の音に顔が熱を持った。
コロコロ音を立てて転がるバットに俺は飛びついていた。
しゃがみ込んでバットを握りしめ、じっと天井を睨みつける。野郎……ふざけやがって……
バットを手にしているせいか、不思議と肝が座った。
じっと待った。次に音がするのを。
しかし、うんともすんとも聞こえて来ない。聞こえて来るのはTVの音だけだった。それともアイツは音を立てないのか?
TVを消せば良かった。今からでもTVを消そうか。だが、自分の方からは動きたくない。歩く音をアイツに聞かれてしまいそうで。
時計が12時を告げ、日付が変わった。俺は居間の隅でしゃがんだまんまでバットを握りしめている。あれっきり屋根は音を立てない。
胸が悪い。
手が僅かに震えているのに気付いた。その震えはだんだんと広がるような気がして、それを意識すると実際にそうなってきた。
叫び出しそうな自分を感じた。
ピーンポーーーン
バットを投げ出し玄関へと転がるように駆け出していた。
もどかしく鍵を外し、ドアを開け放つ。
「サーーーーーーキちゃ〜〜〜ん、怖かったよ〜〜」
「シグ君、どう……」
口づけをしながら、ピッタリしたサキちゃんのジーンズのファスナーを下げて手を潜り込ませていた。我ながら早技だぜぃ。
「んーーーーー! んーーーーーー! ダメ〜〜、イヤ〜〜ん」
不思議とサキちゃんが傍に居ると何も怖くなくなる。なぜなんだろう?
居間で重なり合っている裸のサキちゃんと俺。上になったサキちゃんが天井を睨みつけている。
「失せろ! これは私の男なの! とっとと消えろーーーー!!」
デッカいオッパイをゆっさゆっさしながら怒っているサキちゃん。
次の日の朝、オカズに使ったエロ本がサキちゃんに見つかってしまった。
「こんなにガリガリに痩せた女の人がいいの!! どーなの丞之介!!」
叱られながら葬式に出掛けると、エッチなオバちゃんが寺の前で待っていてくれた。
「あら?…………どうしたの? キレイになってるわ」
俺のサキちゃんは変わった。
とってもエッチでスケベになった。「シグ君のせいなんだからね!」と、エッチな顔で俺を睨む。ひっひっひっひ。
それと、とってもとっても強くなった。あれからだ。
二人で紅葉の季節にドライブに行って、滝でおかしな事になってからだ。
この前なんて、二人で腕を組んで街を歩いていると、見知らぬおばさんに突然声を掛けられた。
「お姉さん、あなた………イタコでしょ?」
『完』