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二日目の午後

「あれ……タバコが切れた」


 喋る相手が居ないと不思議と独り言が増える。掛け時計が3時を告げた。

 灰皿の中で捻り潰されている吸い殻を覗き込んで、比較的長いやつを探し出して咥えてみると、灰の臭いが鼻につく。止せばいいのにライターの火を近づけた。


「あっちぃ!」


 唇が焼けそうになったが、なんとか火はついた。1〜2度、大きく吸い込むと、もう咥えていられない。指でつまむのも無理だ。


「あちち……」


 絨毯にボトっと唇から落ちた火のついたタバコ。



「やべっ!」



 熱いのもかまわず掴み上げて灰皿へと戻し、灰が付着した絨毯に顔を寄せて指で擦る。



「お〜〜良かった〜、焦げてない。…………シケモクには爪楊枝が必要だな」



 タバコを買いに出掛ける事とした。

 下駄箱の上に置いてある鍵を手に取り外に出てみると秋晴れだった。秋の空は高さが違う。雲が浮かんでいる位置が相当に遠い。

 そんな空を見上げていると気分も洗われ、自分が鬱々としてたのだと気付く。


 家の中に居ると比較的背の高い俺は、妙な圧迫を感じる時がある。昔の家は天井が低く、ドアのサイズも小さい。各部屋に行き来する都度、一日に何度も頭をぶつけ、そに度に、「ぐっ……」と呻いては蹲った。不用意に歩いている時の勢いが、結構なものなのだと嫌と言うほど思い知らされていた。


 玄関前で大きく伸びをする。秋のひんやりとした空気が気持ちいい。


「歩いて行くか。あれ……鍵が渋いな」


 ドアの鍵穴にしっかりと鍵が入っていないのか、とにかく回らない。


「どうなってんだよ?……あれ……今度は抜けねぇぇ」


 道路に背を向け、腰を落として下から上に押し上げてみたり、逆に、上から体重を掛けたりしているが動かない鍵。

 後ろから見るとドアとHしているように思われるかも。などとバカな考えが頭に浮かび、一人でニヤニヤしながらヘンテコな格好を続けていると、車のエンジン音が聞こえてきた。何の気なしに振り返ると、ダークグレーの4枚ドアで、見るからにファミリーカーが向こうからゆっくりと近づいて来る。

 狭い道だ。スピードを落として走るのは当たり前だろうが、その車は異様に遅い。


 秋の陽は真上には来ない。東南から上がった太陽が南寄りから日差しを向ける。そのせいでダークグレーの車のフロントガラスが酷く反射していた。


 乗ってる奴が見えない。


 ちょっと恥ずかしいような動きを止めた俺は、普通に立って振り返る。

 目の前を通り過ぎようとする車。白髪の初老と思える女が助手席から俺を見てる。速度を上げない車。


 なんだ?


 運転してるのは男だ。その男も俺を見ていた。助手席の女が視界の妨げとなるのか、ハンドルに身を寄せ不自然な姿勢までして俺を見てる。男の頭がかなり薄いのが分かるほど、ゆっくりとゆっくりと移動してゆく1台の車。


 知り合いだったか?


 だが、その車は停まる事もせず、窓を開けて声を掛けてくる事も無く、相変わらずの速度で目の前を過ぎてゆく。


 数メートルは通り過ぎた。しかし、目を離せない。助手席の女が身体を捻ってまで俺を見ているからだ。アネキの声が再び思い出された。



「パーなの、パー。年寄りだけじゃなく、みんなパー」



 ようやっと鍵が掛かり、俺はコンビニへと向かう。秋空が気分を良くしてくれたのだが、どんよりとした気分になっていた。


 誰よ? 婆ちゃんの知り合いか?……そうだよ! そうに決まってる! 俺が変な格好で玄関と格闘してたもんだから、空き巣か何かと勘違いしたんだ。いや〜、こそこそしなくて良かったわ。下手すりゃ警察に通報されてたかも。


「あはははは……」


 声に出して笑ったものの、あいつらの目を思い出し、その笑はフェードアウトしていく。

 あれは不審者を見掛けた時のような怯えた目じゃない。驚いてもいなかった。あの目は……

 意味の無いことを考えるのは止めよう。アネキの説に一票だ。パーなんだ、きっと。



 家から10分も歩けばこの町の大通りへと出る。改めて目の前の商店街を見渡すが誰も歩いていない。色々な商店が軒を連ねてはいるが、シャッターが下りているのも目立つ。テーラーと書かれた看板が目につき子供の頃が思い出された。

 おふくろに連れられて、ここで服やズボンを買ったな。あの頃はこの町も栄えていたが、今では見る影も無い。この洋服屋にしても開いてはいるが客が来るのだろうか。


 俺の成長と共に年老いたような町。ガキの頃は同年代が大勢居た。当然、その親兄弟もこの町と共存していた。40〜50km離れた街が急激に大きくなっていったのが俺が中学生の頃だ。駅前開発が急ピッチで行われ、モール型の大型ショッピングセンターが何店も出来、近代的な映画館や巨大なパチンコ屋など娯楽施設もタケノコのように生まれたが、それは近隣自治体の人口減少を意味した。



 気味が悪いほど人が居ない商店街を歩いていると、ある日突然人々が消えてしまったSF映画を思い出していた。人の笑い声が聞こえて来ない。高校生の頃は気が付かなかったが、いつの間にこんな町に変わってしまったんだ?

 片側1車線ではあるが駐停車スペースを考慮した車道と、5m以上はあるだろう幅広の歩道。だが人影が見えない。そんな道路に一丁毎に設置されている信号機が無意味に色を変える。歩行者信号まで付いているが、赤信号を猫が悠々と歩いている。


 遠くから乗用車がこっちに向かって来る。おお、居たよ、生きてる人間だ。奇妙な安堵を覚えた。

 その車は斜め向こうの停止線で停まった。見上げると信号は赤だ。それにしても随分とつんのめるように停めたもんだな。俺が渡ろうとしている歩行者信号も赤だが、何も通りはしない。躊躇う事も無く横断歩道を渡ってゆくと視線を感じた。見てる。車の中からこっちを見てる。

 向こう側の車線のため、あまり目の良くない俺には乗ってる人の性別や表情までは分からないが、視線だけはハッキリと感じた。


 今度こそ知り合いか?


 横断歩道を渡り終えて立ち止まり、その車に視線を返す。

 運転席の隣とその後ろにも人が乗っているようだ。3人か? 暫く見ていると僅かに焦点が合ってきて、4人乗って居るのが分かった。

 助手席の奴が、運転者とハンドルとの間に身体を割り込ませるようにこっちを見てる。後部座席も同じだ。

 顔だけを向けて見ていた俺だが、ゆっくりとその車に向き直る。信号が青に変わっても動かない車。これで間違い無い。俺を見てる。



 なんだ?

 信号無視が気に入らないのか?



 俺は、停まっている車の方に伸びる横断歩道を渡り始めていた。

 ガキじゃあるまいし、ガン飛ばしなどには興味が無いが、あいつら、いくらなんでも無遠慮過ぎだろ。言いたい事があるから見てんだよな。聞いてやるよ。場合によっては車から引きづり出してやる。

 あと数歩の所まで行って思わず足が止まった。全部が年寄りだ。全く感情の読めない目をただ向けてく来る。


 ジジババが雁首揃えてなんなんだ?


 俺が寄って来たのを当然知ってるはずが、バツの悪そうな素振りを見せる訳でも無く、視線を変えずじっと見ている。

 親しみを込めた目じゃない。かと言って憎悪も感じない。無表情の4人の視線が俺に注がれ続けている。


 構わねぇぇ。何のつもりか問い質してやる。


 クラクションが鳴った。改造された汽笛のようなクラクション。右を見ると砂利を積んだダンプが数メートル先に停まり、運転手が窓から顔を出している。


「何やってんだ! とっとと渡れや、ボケ! 邪魔くせーーんだよ!」


 言い方が癇に障った。

 だからどうしたって態度でダンプに向き直る。

 車道の真ん中で動こうとしない俺をかすめて、そのダンプは通り過ぎて行く。凄い顔で睨みながら。


 視線を戻すと、ゆっくりと発進していった4人の年寄りが乗った乗用車。さすがに気味が悪いと言うか、どうしようも無く不気味だ。この町の住人はどうしちまったんだ? さっきのダンプの運ちゃんの方が、はるかに人間味があるように思える。

 走り去る乗用車が見えなくなるまで、俺は道路の中央に立っていた。



 気が付くとコンビニの前だ。具合が悪くなるほど腹が立ったままで歩いていた。タバコが無性に吸いたい。

 ガラスドアを押し開けると、レジの中からの、じっとりとした視線とぶつかった。さっきの4人組の事など忘れてしまうほどの、絡みつくような湿った視線。



 なに……



 寒気を覚えた。



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