第2幕
正義の味方が力を振るい、悪の組織が世界を自分達の望む姿に変えている際に大切になって来る事と言えば、派手である事だ。正義の味方と言うのはその行為を見せつけるために、派手な爆風を用いる。悪の組織の怪人と言うのは、倒される時に派手な爆風と共に吹き飛ぶ。他にも正義の味方や悪の組織と言うのは、多くの戦闘の際に町を汚してしまう。
そしてそう言った汚れを片付けている者が居る事を多くの人間は知らない。
(まぁ、それが僕なのだけれども)
と、僕は水で濡らしたモップで、怪人が散った際の爆風の汚れを洗い流していた。
私立戦駒学園の方針は、『能力者の優遇』である。
『能力者とは神から力を分け与えられた者達であり、神から選ばれし者達である。そんな者達の助けになるのならば、我々は恵まれているだろう』
それが戦駒学園の前文である。要するに言えば、能力者は神から選ばれし者だからこそ、能力者じゃない人達は能力者のサポートをしろ、と言う事。最も能力者じゃない生徒は、能力者だらけの戦駒学園ではごく少数なのだけれども。
そして、そんな能力者じゃなくて、サポートを命じられた僕が自主的に行っているのが、この清掃活動だ。
(まぁ、最も自主的なサポート精神でしかないんだけれども)
我ながら無駄な事をとは思う。怪人が派手に散るのは自身の顕示欲と逃亡の際の目くらましだし、正義の味方が派手な技を繰り出すのはただのアピールでしかない。実際、その現状と言うのは身の回りで経験済みである。
僕の幼馴染は正義の味方であり、友人は悪の総帥だが、別に殺し合ったりはしておらず、単なる喧嘩が多い奴らだし。
父と母は悪の組織と戦うよりかは、仕事を取るタイプの仕事人間だ。姉と妹に関しては、綺麗さや派手さしか興味が無いし。
正義の味方も、悪の組織も、政府や報道が面白がってやって、彼らもそれにのっかってるだけに過ぎない。本当に悪の組織が悪い物ならば、正義の味方も警察と協力して本格的に潰しにかかるだろう。
子供のごっこ遊びの延長線上にある物。
僕はこの正義と悪の対立をそのように見ていた。
(そして、大体の場合、いつも僕が後片付けをやらされるのだ)
子供の遊びの後始末と言うのは、大人がやる事では無く、子供の間でやる事。そしてその片付け役は、大体の場合、僕なのだ。
「家を早めに出て正解だった」
今日の朝、妹や姉が居なかったし、それに友人と幼馴染の姿が無かった。きっと何かいつものように争いながらやっているんだろうなと思って、早めに出て正解だった。
「まぁ、裏通りとかは流石に知らん。その辺りは清掃業の人に任そう」
僕が掃除するのは、あくまでも表通りなどのわりかし人通りの多い道だけ。今は朝早くて人が少ないけど、この道も後数十分もすれば人が大勢来る。その前に消したかっただけだ。裏通りで戦っている場合もあるが、そこはあまり人も通らないし、大丈夫だろう。
悪いけれども、そんなあるかどうかも分からない汚れを探している内に学校に遅刻するような真似だけは避けたい。
「さて、そろそろ行くか、な」
僕はそう言って、鞄にしまうために折り畳みのモップ(このために買わされた。意外に高い出費だった)の水をきちんと切り、鞄にしまっていると、
『キャ――――――――――!』
向こうの裏道から大きな女性の悲鳴が聞こえて来た。




